『精神科医療の課題、社会課題について、もっと地域の人達や家族、社会に向けて発信したい』
1977年に茨城県大子町で開設された「袋田病院」。1979年には医療法人化し、通常の精神医療にとどまらず自然セラピー、自然や動物と触れ合うことで自立を促すプログラムなどさまざまなユニークな取り組みを行っています。中でも力を入れているのが病棟やデイケアでの造形活動。今回は袋田病院のアートスタッフとして活動している現代美術作家の上原耕生さんに、袋田病院のアートサポ―ト活動を中心にお話を伺いました。
まず、袋田病院について教えていただけないでしょうか?
(上原)
当院は、1977年に個人病院として病床129床の精神病院として開設、1979年には、当院を中心として医療法人直志会が開設されました。その後、精神障害者社会復帰施設援護療アミーゴ荘、地域生活支援センター メンタルサポートステーションきらり、就労継続支援B型MINA AMIGOなど多くの関連施設を新設し、2011年には袋田病院の新棟が完成し、現在に至ります。現在(2024年1月時点)の精神科病床は120床です。
当院の理念は、「新しい時代に要請される精神医療を創造的に実践していくこと」です。この理念のとおり、既存の精神科医療にとどまらず、「森林セラピー」や「オーソモレキュラー栄養療法」を取り入れたり、自然・動物に癒されながら自立に向けた生活を送ることを目指す「宿泊型自立訓練施設 アミーゴ荘」、施設利用者が地域の畜産農家にヘルパーとして働く「就労支援事業所 MINA AMIGO」などを準備しています。そして、当院の一番の特徴は、病棟の内外で20年以上造形活動を継続して行なっていることです。病院に隣接するデイケアはアトリエホロスと呼ばれ、主に通所される利用者さんが絵を描いたり、ステンドグラスを創作したり、それぞれが自由な活動を行なっています。
造形活動はどのような経緯ではじめられたのですか?
(上原)
私は袋田病院に勤めて10年ほどたちます。さらにその10年前、つまり約20年以上前から医療法人直志会では病棟やデイケアでの造形活動を行っています。それは、2代目の理事長/院長に就任した的場政樹の提案によるものでした。当時、東京の八王子市の精神科病棟で造形活動を取り入れている安彦講平氏という方がいらっしゃいました。その方は治療でも教育でもない自己表現としての造形活動をモットーに病棟の中でされていたわけですね。
そして、的場が安彦氏主催の展覧会を見に行き、大きな感銘を受け、大いに触発されたそうです。そこで、当院でもアート活動のサポートを取り入れようとなったのです。安彦氏はその後、講師として当院に関わることになります。
上原さんはどのような立場で関わっていらっしゃるのでしょうか?
(上原)
私はアート事業全般、造形活動全般に広く関わっていますが、その中で大きなものは、アートフェスタの実行委員長としての役割です。これまでアートフェスタを年に1回、法人の恒例行事イベントとして企画や実行・運営を担当してきました。(※今後は隔年予定)
私は沖縄県出身で、東京藝術大学大学院美術研究科を修了しました。その後、美術館や画廊といった既成の場所や制度にとらわれない、全国各地のアートプロジェクトに参加してきました。しかし、何か自分の活動がしっくりこない、本当に自分のやりやいことは何かと模索する時期がありました。その時に、知り合いの声がけで精神科病院の関係者が主催する展覧会情報を教えてもらい、観に行ったのです。その一つに袋田病院の展示があり、そこで今のスタッフと知り合いになり、心が動きました。その時、たまたま私も茨城県に住んでおり、場所的にも最適だったため、袋田病院のスタッフから声をかけてもらったというわけです。
最初に、利用者さんが描いた作品を観てどのような印象をうけましたか?
(上原)
最初に観たのは、東京の展覧会においてでした。私がそれまでに美大、芸大で接してきた作品内容とは全然違っており、とても印象に残るものでした。まず、作者それぞれの多様な人生と背景があり、その中で時間をかけ、精一杯作っていることが手に取るようにわかる。まるで、生きていることの証のような「生命力」ともいうようなものが凄く伝わってくる。それが、非常に印象的でした。
一口に通院されている方と言っても、皆さんそれぞれ生きている背景が違います。いろんな悩みや生きていく上での課題、そして家族との関係などそれぞれさまざまなものを背負っている。こういったことが、技巧的なものではない「生きる姿」がなんとなく印象に残ったのです。
上原さんが担当されているアートフェスタは、どのようなコンセプトで、どのように進めているのでしょうか?
(上原)
私は入職してすぐ、的場院長からスタッフや患者さん、利用者さんと一緒にアートフェスタを担当、ディレクションしてほしいと提案されました。それまでは、院内の夏祭りやクリスマス会といった部署ごとの定例行事が行われていたようでした。法人としてはそれを、各部署が一緒になった、アートを用いた大きなプロジェクトに拡大したいという意向でした。これは、初めての試みだったので私としても戸惑ったのですが、院内での展示会やプログラムにとどまるものではなく、もっとオープンにした地域の方々が参加できるものにしたいと、院長や他の職員へ逆提案させて頂いた経緯があります。
そのために、DMを作り、地域の皆さんに配布してお知らせしました。その意図は、一つはアート作品を創ったらやはり多くの人に観てもらいたいということ。そして、もう一つは精神科医療の課題、社会課題について、もっと地域の人達や家族、社会に向けて発信したいということです。発信することで、皆で課題をシェアして、一緒に考えたり、一緒に作品を創りながらコミュニケーションを取り、共有のテーマとして取り組んでいきたいという想いがありました。
実際にアートフェスタの手ごたえはいかがですか?
(上原)
一人一人がそれぞれの想いや意味を持って作品を創るわけです。そのさまざまな想いが込められた作品群が、病院の内外で多くの人たちの前で発表されることで、お互いが触発し合い、そしてそれぞれの作者同士が予想も出来ない刺激や影響を与え合う。それは、足し算ではなく、10人参加したら10×10といった掛け算のような形で作用し合い、「お互いに良い影響を与え合っているな」という手ごたえがありました。
まったく接点のない患者さん同士もいますし、顔は知っているけど、どういう人かは良く知らないという人たちも多いのですが、アートフェスタの中で初めて知り合いコミュニケーションを持てたりする。それはスタッフ側も同じで、職員も患者さんについて初めて知る「普段とは違う別の顔」があったりするのですね。つまり、患者さんにとってもアートフェスタに参加することで自分自身の知らなかった新たな一面を知ることは多いと思います。
更に海外ともコラボレーションを実施されていますが、どのようなものでしょうか?
(上原)
2017年からオランダのFifth Seasonという団体と提携しています。この提携により、オランダ在住の芸術家を一定期間当院に招へいし、オランダと日本、医療とアートという異文化の交流を試みています。滞在期間中、オランダのアーティストは大子町にあるアトリエ兼滞在施設“大子アーティスト・イン・レジデンス(DAIR)”に宿泊し、病院内にあるアトリエで制作活動を行います。そして、入院患者さんとの交流や制作過程も含めてアートフェスタなどで公開展示しています。
大子町の施設。アーティスト・イン・レジデンスでの写真(2019年)
これは、オランダのアーティストが滞在しながら制作することで、地域の人達や患者さん、施設利用者さん、スタッフという属性を超えて交流することが目的です。そうすることが、さまざま良い影響をもたらせるのではないかと期待しています。この取り組みは、オランダのある精神病院の取り組みを当院に応用したものです。その団体からアーティストを紹介、派遣していただいて、このコラボが実現しました。病院の中でアーティスト・イン・レジデンスを行うことで、新しい風やスパイスを取り入れたいということです。私たちがまったく知らない考え方や視点を、この法人に吹き込んでほしいと期待しています。この事業は大子町さんからのご協力もとても大きいと思います。
今後の展望について教えていただけますか?
(上原)
今後もこれまで培ってきた土壌を更に充実させていきたいという気持ちがありますね。たとえ失敗しても前向きになり、今の目標を達成したい。精神科医療というのは、やはりネガティブなイメージを抱かれがちです。そういう偏見やイメージをアートを通じて払拭したいです。
当院の理念は「新しい時代に要請される精神医療を創造的に実践していくこと」です。この理念のもと、精神病院を一方通行的な場所ではなくて、いろんな人たちが行き来できる場所にしたいですね。
画像提供:袋田病院
【現代美術作家 上原耕生さんプロフィール】
1982年沖縄生まれ。2010年東京芸術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修了。路上や商店街、廃校になった小学校、不法投棄地、団地等、いわゆる美術館やギャラリーという「制度」から離れた現場で、長期間のリサーチを行いながら現地での壁画制作やアートプロジェクトを行っている。2011年より茨城県北部にある、袋田病院にて非常勤職員として勤務。袋田病院(精神科)では法人内にあるアトリエホロスを拠点に、通院する患者さんの制作サポートや、病院をあげて行うアートフェスタの企画運営も行っている。
医療法人直志会 袋田病院
https://www.fukuroda-hp.jp/aboutus/
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