国は障害者が障害のない人と同様に能力を発揮して職場の戦力となれるよう、様々な施策を講じています。障害者雇用枠はそうした施策の1つ。ここでは障害者雇用枠で働く場合のメリット・デメリットについて具体的に解説しています。
障害者雇用枠で働く人は定着率が高いことが調査結果から明らかになっています。仕事が長続きせず転職を何度も繰り返している人は、この記事を参考に障害者雇用枠で働くことを検討してみましょう。
障害者の働き方には2通りある
障害のある人が公的機関や民間企業に就職する方法には、「一般雇用枠」と「障害者雇用枠」の2つの選択肢があります。
- 一般雇用枠
- 一般の求職者と同じ労働条件で就職する方法です。求人を探すときもハローワークの一般求人や転職エージェント、求人サイトなどを利用します。
外見から障害があるとはわからない内部障害や精神障害、発達障害の人などは、障害があることを会社に開示しない「クローズ就労」と、開示する「オープン就労」のどちらかを選ぶことができます。クローズ就労とオープン就労では職場環境が大きく変わり、働きやすさが違ってきますから慎重に判断する必要があります(後章参照)。
- 障害者雇用枠
- 国は障害のある人が就労の機会を十分に得られるように、「障害者雇用率制度」を設け、公的機関や民間企業に一定の割合で障害者を雇用することを義務付けています。一定の割合を「法定雇用率」といい、下表のように定められています。この法定雇用率を満たすために一般雇用枠とは別に用意された特別枠が障害者雇用枠です。
障害者雇用枠で就職する場合は、障害者手帳を保有していることが原則です。したがって、応募の段階から障害があることをオープンにして臨むことになります。
事業主区分 | 法定雇用率(2020年4月時点) |
---|---|
民間企業 | 2.2%(全従業員数が45.5人以上の企業) |
国、地方公共団体 | 2.5%(全職員数が40人以上の機関) |
都道府県の教育委員会 | 2.4%(全職員数が41.5人以上の機関) |
※民間企業の2.2%とは、全従業員が45.5人以上いる企業は障害者を1人以上雇用する義務があることを示します。
※法定雇用率は2021年3月までに民間企業では2.3%(43.5人)に引き上げられることが確定しています。
求人を探すときは、ハローワークの障害者専門窓口、地域障害者職業センター、就労移行支援事業所などのほか、障害者に特化した転職エージェントや求人サイトを利用します。
障害者雇用枠で働くメリット
障害者雇用枠を設けている企業は受け入れ態勢が整っているので、次のような配慮やサポートを得ることが可能です。
●体力や能力に応じた業務を割り当てられるため、無理をせずに自分のペースで取り組むことができる
●下肢障害があって車椅子を使用している人や、人より疲れやすい精神障害の人は、出退勤時間はラッシュ時を避けてフレックスタイム制にしてもらえる
●視覚障害のある人には、画面読み上げソフトや拡大読書器が導入される
●聴覚障害の人には、手話通訳や筆談用ボード、音声認識ソフトが導入される
●一度に複数の指示を出されると混乱してしまう発達障害や知的障害のある人には、作業手順をイラストなどを使ってわかりやすく説明したマニュアルが用いられる
●勤務時間中に服薬や通院が必要な人には時間を調整してくれるので、医師の指示通りに治療を続けることが可能
●パニック障害やてんかんがあって発作を起こしたときは、周囲が適切に対応してくれる
そのほか、職場で障害者に付き添って指導するジョブコーチ(職場適応援助者)を派遣してもらえるなど、各種の障害者雇用支援制度を活用できるというメリットがあります。
障害者雇用枠にはどんなデメリットがある?
以上のように障害者雇用枠はメリットが多いのですが、どの企業にも設けられているわけではないので次のようなデメリットもあることを知っておきましょう。
●障害者雇用枠の求人数は一般雇用枠より少ないため選択の幅が狭く、やりたい仕事を見つけにくい
●補助的な作業や単純作業を割り当てられることが多く、他社でも通用するほどのスキルアップやキャリアアップを図ることが難しい
●一般雇用枠より給料や賞与が安くなる傾向がある
賃金については、厚生労働省が5年ごとに実施している「障害者雇用実態調査」によると下表のような結果が出ています。
調査対象:常用労働者5人以上を雇用する民営事業所のうち、無作為に抽出した約9,200事業所
障害種別 | 1か月の平均賃金 |
---|---|
身体障害者 | 215,000円 |
知的障害者 | 117,000円 |
精神障害者 | 125,000円 |
発達障害者 | 127,000円 |
【出典】平成30年度障害者雇用実態調査の結果(2018年6月実施)
ちなみに、一般雇用の正社員の賃金は、25歳~29歳の男性で1か月平均245,700円という結果になっています(厚生労働省「平成30年賃金構造基本統計調査の概況:第6-1表」より)。
障害者雇用枠のほうが定着率は高い
障害者を雇用する企業が着実に増えています。その一方、雇用されても障害者は定着しにくいというのが実情です。一般雇用枠(オープン就労とクローズ就労)と障害者雇用枠における1年後の定着状況を見ると下表のようになっています。
障害種別 (サンプル数) |
オープン就労 (一般雇用枠) |
クローズ就労 (一般雇用枠) |
障害者雇用枠 |
---|---|---|---|
身体障害(1328人) | 36.5% | 11.1% | 52.4% |
知的障害(497人) | 10.5% | 7.2% | 82.3% |
精神障害(1206人) | 16.2% | 32.6% | 51.2% |
発達障害(242人) | 6.2% | 11.2% | 82.6% |
【出典】障害者の就業状況等に関する調査研究|障害者職業総合センター NIVR(JEED)
この結果からわかるように、一般雇用枠にクローズ就労するケースが定着率は低くなり、障害者雇用枠のほうが高くなります。
一般雇用でクローズ就労を選ぶ場合は、自分のやりたい仕事を見つけやすい、給料が高いといったメリットがありますが、障害に対する配慮が受けられず、ほかの社員と同じ業務を任され、同等の成果を上げることが求められます。残業も業務命令であれば断ることはできませんし、体調が悪くなっても障害を理由に休んだりすることができません。
また、障害者とわからないようにしなければという精神的負担も重なります。そうしたことが過剰ストレスとなって離職を余儀なくされるケースが多く見られます。
離職自体は悪いことではありません。新たなキャリア形成や収入アップが期待できるからです。しかし、転職の回数が増えるほど再就職には不利になります。履歴書に過去の勤務先がいくつも連なっていると、採用担当者に「長続きしない人」と判断され、ほとんどはそこでふるい落とされてしまいます。つまり、転職が多い人は”市場価値”が下がってしまうのです。
その結果、応募者の少ないブラック企業のようなところにしか再就職できないということになりがちです。それに、転職を繰り返すことは精神的疲労をきたしやすく、症状にも影響することがありますから、できれば転職は避けたいもの。就職する際は自分の障害特性をよく把握し、無理なく働けるところを探すことが大切です。
一般雇用枠と障害者雇用枠のどちらを選ぶか迷うという人は、「同じ会社で長く働き続けるための手段」として障害者雇用枠を活用することをおすすめします。障害者雇用枠についてもっと詳しく知りたいときは市区町村の福祉課に相談しましょう。最寄りの地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター、就労移行支援事業所などの中から適切な支援機関を紹介してもらえます。
執筆者プロフィール
医療ライター
編集プロダクションに勤務し、主に健康書の企画・執筆・編集業務に従事。専門医や大学教授の著作に執筆協力として長年携わったのち独立。現在はフリーの医療ライターとして書籍やWeb媒体で記事を執筆中。