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福島県郡山市で「障がいのある人もない人も、互いに尊重し支え合うまちづくり」の理念のもと、保健福祉部を中心に市民に寄り添う行政が進められています。その取り組みを率いるのが、郡山市保健福祉部長の門澤康成(かどさわ やすなり)さんです。
長年、行政の現場でさまざまな部署を経験しながら、いつも“人”を中心に物事を考えてきた門澤さん。その穏やかな語り口の中には、市民一人ひとりに寄り添いながら、安心して暮らせる「共生のまち」の実現を目指す姿勢が感じられます。
キャリアの原点にある「人を育てる」視点
1991年に郡山市役所へ入庁し、教育委員会総務課を皮切りに、議会事務局総務課、総務部職員課、商工労働部商工振興課、財務部財政課などを経験してきた門澤さん。キャリアの中でも特に印象に残っているのは、総務部職員課で人材育成の方針づくりに携わった時期だといいます。
「制度を整えるだけでは人は育ちません。大切なのは、職員が前向きに仕事に取り組める“風土”をつくることだと感じました」と話します。
この考え方は、今も組織運営の根底にあります。また、2011年の東日本大震災では財政課で土木費を担当し、道路や公共施設などの災害復旧予算の調整に奔走しました。
「とても苦労しましたが、当時一緒に悩み、助け合った職員とのつながりは、今でも自分の大きな財産です」と穏やかに振り返ります。
現在は保健福祉部の部長として、障がい福祉、子育て支援、医療的ケア児支援など、幅広い分野を統括しています。どの業務でも“人を中心に”という姿勢を変えることなく、市民の生活を支える施策を進めています。
「誰ひとり取り残さない共生社会」へ

郡山市では、2024年度から3年間の「第6期郡山市障がい者福祉プラン」を実施しています。その基本理念は“障がいのある人もない人も、互いに尊重し支え合い、地域で安心して暮らすことができる誰ひとり取り残されない共生社会の実現”というものです。
門澤さんはこの理念を「現場で息づくものにしたい」と語ります。そのために、障がい者が自分のライフスタイルに応じて選択し、自立して社会参加できるよう支援体制を充実させています。
支援ニーズに応じたサービスの整備や発達障害・医療的ケア児への支援、バリアフリーの推進に加え、障がいの有無にかかわらず誰もが当たり前に暮らせる社会を目指す“ノーマライゼーション”の考え方にも基づき、さまざまな取り組みを進めています。

特に、2015年に東北で初めて制定された「郡山市手話言語条例」は、郡山市の特徴的な施策のひとつです。遠隔手話通訳サービスの導入やSNSでの手話動画配信など、ICTを活用した情報保障にも力を入れています。
「手話が“特別なもの”ではなく、誰もが自然に使える文化として広がっていくことを目指しています」と語ります。
第6期郡山市障がい者福祉プラン [PDFファイル]郡山市手話テキスト「一緒に手話を学びましょう」 [PDFファイル]
“授産支援”で広がる地域のつながり

郡山市では、障がいのある人の就労支援にも積極的に取り組んでいます。その中核を担っているのが授産支援事業です。授産事業所(障がいのある人が働くための訓練や仕事の場を提供する施設)と企業をつなぎ、障がい者がつくる製品やサービスの販路を広げることで、働く意欲の向上と経済的自立を後押ししています。
郡山市障害者福祉センターを拠点に、2000年から技術指導や相談支援を行っており、行政・企業・事業所が協力しながら就労支援を続けています。
「郡山市授産事業ガイドブック」もその一環です。パンや焼き菓子、オリジナル雑貨、農作物など、さまざまな製品を紹介しており、市民や企業が気軽に購入・発注できるよう工夫されています。
「“行政の資料っぽくない、おしゃれなデザインですね”という声をよくいただきます。障がいのある方々の作品そのものが、地域の魅力を伝えてくれています」と門澤さんは話します。

さらに、授産製品をふるさと納税の返礼品として活用する新しいプロジェクトも始動しています。2024年8月には市内の事業所を対象に説明会が行われ、現在1事業所の製品がふるさと納税の返礼品としての登録が完了しました。(就労継続支援事業所 しんせい)
「ネット販売は難しいと感じる事業所も多いですが、ふるさと納税の仕組みを活用すれば、フォロー体制の中で販路を広げることができます。最初の一例が地域の希望になると思います」と語ります。
災害時もICTで支える「つながる福祉」
東日本大震災の経験を経て、郡山市では災害時の情報保障にも力を入れています。すべての避難所にコミュニケーションボードや障がい者対応マニュアルを配置し、メールやFAXで災害情報を届ける「ふれあいネットワーク事業」(障がいのある人などへの情報伝達を支援する仕組み)も活用しています。
2019年には遠隔手話通訳サービスを開始し、2023年からは救急車に搭載されたスマートフォンと市役所のタブレットをつないで、救急現場でも手話通訳が可能になりました。
「スマートフォンを持っていない方でも手話通訳者とつながれるようになり、誰もが安心して救急対応を受けられる体制を整えました」と門澤さん。
テクノロジーを通じて“見えない壁”をなくす。その姿勢が郡山市の福祉行政の根幹にあります。
「手話歌でつながろう」郡山発、思いを結ぶプロジェクト
2020年にスタートした「手話歌でつながろうプロジェクト」は、郡山市の福祉を象徴する活動です。第1弾では、郡山市の魅力を全国に発信するフロンティア大使GReeeeN(現GRe4N BOYZ)の「星影のエール」を手話で表現しました。コロナ禍と震災10年が重なった時期に、市内8校・約360名の小学生が参加し、手話で“エール”を届けました。
その後も、「SDGsのうた」や、GRe4N BOYZが歌う「羽ばたけ!がくとくん」、同じくGRe4N BOYZの楽曲である「ゼロ年目からのバインダー」と続き、毎回楽曲を変えて展開されています。2025年には、郡山市出身の俳優・歌手・箭内夢菜さんのデビュー曲「つないで」に合わせた新たなプロジェクトも予定されています。
「手話をきっかけに人と人がつながり、温かい輪が広がっていく。手話は“福祉の道具”ではなく、“心をつなぐ言葉”なんです」と語る門澤さん。
学校や企業、消防、観光団体など、幅広い団体が参加し、郡山らしい“音楽と共生”のまちづくりが進んでいます。
対話を重ねることで、まちが変わっていく
「制度や仕組みは大事ですが、それだけでは動かないものがたくさんあります」と門澤さんは語ります。
「一番大切なのは“対話”です。現場の職員、市民、福祉事業所、障がい当事者。それぞれが話をする中で、“じゃあこうしてみようか”と前に進んでいく。そこからまちは変わっていきます。」
その言葉どおり、門澤さんは日常的に現場を訪れ、担当職員や支援スタッフと直接言葉を交わしています。ときには制度の限界に直面することもありますが、現場の声をもとに小さな改善を積み重ねてきました。
「話してみると、“これならできるかもしれない”という方法が見つかる。机の上で決まることより、現場で生まれるアイデアの方がずっと力を持っています」と語ります。
こうした姿勢は、郡山市の福祉全体に“風通しのよさ”をもたらしています。市役所の中だけで完結しない、「現場と行政が共に動く福祉」。それが門澤さんのスタイルです。
「制度の先に、人がいる」

最後に、今後の展望について伺うと、門澤さんは静かに語りました。
「障がい者の生活課題やニーズはどんどん多様化しています。その一つひとつを丁寧に拾い上げて、市の実情に合わせた施策を進めていくことが、私たちの使命だと思っています。」
数字や制度の先にいるのは、一人の生活者。その視点を忘れずに、市民と共に歩む郡山市の福祉行政。“誰ひとり取り残さないまち”の実現は、こうした地道な取り組みの積み重ねによって進んでいます。
おわりに
忙しい日々の中でも、門澤さんが大切にしているのは、温泉でのひと時です。
「温泉に入っていると、不思議と“あの課題はこうすればいいかもしれない”と浮かんでくるんです。仕事を離れているようでいて、実は一番、仕事の根っこの部分に戻っている時間かもしれません」と門澤さん。
郡山で暮らす人たちの笑顔や、現場職員の声、福祉の最前線で奮闘する仲間の姿。それらを思い浮かべながら湯けむりの中で思索を重ねる時間が、次の一歩の原動力になっているそうです。
どんな質問にも穏やかに、言葉を選びながら答えてくれた門澤さん。「制度」や「仕組み」を語る中にも、常に“人”へのまなざしがありました。静かであたたかく、そして芯のある光を放っていたのが印象的です。
そのまなざしが、郡山の福祉を支え、未来を照らしているのだと感じます。
Rethink PROJECTについての詳しい情報は「https://www.rethink-pjt.jp」にてご確認いただけます。
撮影:福祉.tv編集部
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