日本で「うつ病」と診断された人がどの位いるかご存知でしょうか。
厚生労働省行っている患者調査によると、うつ病と躁うつ病(双極性障害)の患者数は以下のようになっています。
調査年 | 患者数 |
---|---|
1996年 | 43.3万人 |
1999年 | 44.1万人 |
2002年 | 71.1万人 |
2005年 | 92.4万人 |
2008年 | 104.1万人 |
2011年 | 95.8万人 |
2014年 | 111.6万人 |
2017年 | 127.6万人 |
【出典】厚生労働省「患者調査」
驚くことに、22年前に比べて約3倍にも増加しています。
これは福祉制度や医療の発達、うつ病の認知が広まったことも1つの要因ですが、患者数が増えているという事実に変わりありません。
では、もし社員がうつ病で求職することになった場合、会社側はどんな対応をすべきでしょうか。
この記事では、社員がうつ病と診断されてから休職に至るまで、退職や解雇についてどう考えるべきかを解説します。
労働基準法にも関わることですので、この機会にしっかり把握しておきましょう。
有給休暇の確認と休職
うつ病が発覚したということになると、会社側はまず、その社員を休ませなければいけません。
そもそも労働契約法の第5条には以下が規定されています。
≪労働契約法 第5条 労働者の安全への配慮≫
第五条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。【出典】e-Gov労働契約法
うつ病だろうが風邪だろうが、体調不良が明らかな時に会社が社員を休ませないことは上記の規定に違反することになり、場合によっては損害賠償請求という事態になりかねません。
半ば強制的にでも休ませる、場合によっては休職命令を出すことが会社の責務とも言えます。
なお、休みを有給休暇とするか欠勤とするかは本人の選択が原則となりますので、休むと連絡があった場合は確認が必須なことに注意しましょう。
社内規則と制度の説明
休職命令と言っても、そもそも強制的に会社を休ませることに違法性はないのか、もし本人が「給与に関わるので無理にでも出勤したい」と言った場合はどうなるのでしょうか。
結論から言うと、会社側のスタンスとしてはやはり休むように促すことが賢明です。
なぜなら、先ほどの労働契約法の規定を含めた以下3つの理由があるためです。
- 労働安全衛生法第69条による「安全配慮義務」
- 同法二項による「自己保険義務」
- そもそも会社の就業規則により休職の規定がある
つまり、会社側には社員の健康について配慮する義務があり、社員も会社の配慮に従って休むべきと労働安全衛生法により定められているのです。
ただ、法律云々で決めては社員と会社との間に溝ができ、不要なトラブルの元になりかねません。
そのため、社員にうつ病が発覚した場合はその完治までに時間がかかることを考慮し、まず医師の診断を受けることを促します。
さらに、就業規則に休職命令の規定がある場合はそれを伝えることが会社の取るべき対応となります。
病院への同行と診断書の必要性
こんな話を聞いたことはないでしょうか。
「会社に風邪で休むと連絡したら、上司から病院に行けと強制された。」
「病院に行くかどうかは自分で決めるから会社にとやかく言われたくない。」
確かに病院に行くかどうかは本人次第ですから会社側が強制はできません。
しかし、長期療養が必要なうつ病の場合、症状を悪化させないためにも医師の診断を受けさせるのが企業の務めとも言えます。
病院に行くよう促すのは会社の対応として必ずしも間違いとは言えず、可能であれば診察に同行させてもらうよう本人の了承を得た方がが良いでしょう。理由は以下の4つです。
- 傷病手当のために診断書が必要
- 本人の健康状態を把握する義務の遂行
- 休職させるべきか医師の判断を仰げる
- 診断書をもらうことで休職命令の根拠となる
医師が「〇か月は療養したほうが良い」と診断しているにもかかわらず出勤を命じれば使用者責任を問われることにもなりかねません。
かといって何の根拠もなく休職命令を出せば、不当な強制と判断される可能性があります。
社員本人のためにも使用者である会社の責務としても、病院への同行と診断書の入手は重要であることを覚えておいた方が良いでしょう。
業務の引継ぎにおける注意点
うつ病を患った社員と話し合いの末、休職が決まったら業務の引継ぎが必要になりますが、この際に気を付けるべきポイントがあります。
- 業務引継ぎが可能かどうかは医師の診断結果により慎重に判断する
- 引継ぎは必ず休職に入る前に実施する
- 引継ぎ方法は本人の意思を尊重する
- うつ病であることを他の社員に話してはいけない
前提にすべきなのは「早く休んでもらう」ことです。
医師から「一刻も早く休むべき」と診断が出ているのに、引継ぎを理由に出社させるのは会社として適切な対応ではありません。
また、本人の病歴等はセンシティブな情報にあたるため、むやみに他の社員に周知することはプライバシーの侵害により損害賠償を請求される可能性があります。
よって、医師の診断と本人の意思の下に、業務引継ぎ方法やそもそも引継ぎが可能かどうかを慎重に判断し、引継ぎが終われば早めに帰宅させることが会社側に求められる配慮となります。
休職後の退職勧奨(退職勧告)の考え方
うつ病は投薬や数日の療養で完治することは少なく、多くの場合、長期療養が必要になります。
しかし、休職中でも社会保険料の支払いは義務となる上、休職期間が満了して医師から復職は難しいと判断された場合、退職勧奨(退職勧告)を検討しなければなりません。
会社がいくらその社員を必要としていても、本人が仕事をすることができない状況なら致し方ないことです。
ただし、退職勧奨も慎重に行う必要があります。具体的には以下の通りです。
- 業務量の削減や部署異動などにより出社できないか話し合う
- 復職可能かどうかは医師の判断を仰ぐ
- 休職に関する社内規則がない場合、本人に退職を勧奨する
説明するまでもなく、医師が復職可能と判断しているのに会社都合で復職させずに退職を勧めるのは、不当解雇にあたります。
また、そもそも復職できるかどうかは当事者間の話し合いだけでなく、必ず医師の判断を仰ぐ必要があります。
結局のところ、うつ病の社員本人と会社側のために医師の判断は重要と考えましょう。
退職勧奨自体はいつでも可能なのが一般的な認識ですが、「休職期間後に出社しないなら解雇する」といった強要にあたる伝え方をしたのでは不当解雇と判断される可能性があります。
実際、裁判で会社の不当解雇と判断されたケースは多く、一度訴えられると会社側が不利になりがちです。
そのため、社員本人の働く意思や会社側の業務上の都合、法的根拠や医師の診断など、総合的な判断の下で、うつ病となった社員と真摯に話をすることが会社側の適切な対応と言えるでしょう。
まとめ
ときどき会社を悪として「解雇や休職を求められたら戦え!」といったニュアンスのブログを目にすることがあります。
会社側も慈善事業ではないため、法や合理的判断に基づいて自社で行うべき適切な対応を考えなければなりません。
その前提として重要なのが、就業規則の把握と周知です。
就業規則にない対応は労働基準法に反しており、就業規則を社員に周知していない場合、罰則の対象となります。
特に総務の担当者や部下のいる立場の管理職の場合、会社の就業規則を確認し、理解しておく必要があります。
うつ病に限らず、何らかのケースで社員が出社できなくなった場合、初動対応をスムーズにできるよう準備しておきたいものです。
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