発達障害や精神障害をもつ方の中には、「就労するためにどんな力が必要なのかよく分からない」という悩みをもっている方が少なくありません。この疑問に答えるのが「職業準備性(就労準備性)ピラミッド」です。この記事では、厚生労働省や高齢・障害・求職者雇用支援機構|障害者職業総合センターの資料をもとに、「職業準備性ピラミッド」について解説します。
最後までお読みいただくことで、以下のことがわかります。
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- 職業準備性ピラミッドとは何か
- 職業準備性にはどんなものがあるのか
- 職業準備性を高めるにはどうしたら良いか
就労移行支援事業所や学校でのポイントも解説していますので、ぜひ最後までお読みください。
職業準備性ピラミッドとは?
継続した就労のためには、いろいろなスキルが必要です。それらのスキルを段階別に整理したものが、職業準備性ピラミッドです。この「職業準備性ピラミッド」、土台に近い部分ほど、安定して長く働き続けるために重要だといわれています。下から積み上げていくことで、就労に向けての準備が整っていくのです。
職業準備性ピラミッドでわかる、就労に必要な5つのスキル
職業準備性ピラミッドは、「健康管理」「日常生活管理」「対人技能」「基本的労働習慣」「職業適性」という5つの段階に分かれています。(4段階のものもありますが、ここでは厚生労働省から出ている5段階で解説します。)それぞれの段階ごとにチェックしていくと、ついている力とこれからつけていくべき力がわかります。一番土台に近い「健康管理」からみていきましょう。
1.健康管理
職業準備性ピラミッドのもっとも土台となる部分が「健康管理」です。
ここがしっかりしていないと、元気で働き続けることは難しいでしょう。
具体的には、次のような事柄が挙げられます。
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- 必要に応じて、通院や服薬ができる
- 食生活が整っており、必要な栄養がとれる
- 入浴や洗顔ができ、衛生的な生活が送れる
- 不調時には周囲に伝えたり、休んだりできる
- 自分の障害や特性をある程度理解できている
- 睡眠リズムが一定で、定刻に起床・就寝ができる
ポイントは、「自己理解と健康管理ができているかどうか」ということです。自分の特性や過敏さについての理解ができていると、周囲の人に助けを求めやすくなり、職場で合理的配慮をお願いするのに役立ちます。また、健康管理はすべてのベースであり、長く働き続けるためには欠かせないことです。一時的にがんばって成果を上げたとしても、疲れから体調を崩してしまったり、朝起きられず遅刻・欠勤をしてしまったりしては元も子もないでしょう。心と体の調子が安定し、休まず出勤できるということは、それだけで大きな強みになります。
2.日常生活管理
次に、日常管理について解説します。
具体的には、次のような健康・生活面の管理が挙げられます。
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- ひげをそる、適切な衣服を着るなど身だしなみが整っている
- 規則正しい生活を送り、遅刻や欠勤をせずに仕事ができる
- ある程度の金銭管理ができ、浪費や借金をしない
- 生活に必要な書類や物の管理ができる
- 余暇を楽しく過ごせる
ポイントは、「規則正しく、自分を律して生活できるかどうか」ということになります。発達障害や精神障害を抱えている方によく見られるのが、睡眠障害や極端な夜型です。これが続くと、毎日決まった時刻に出勤することが難しくなってしまいます。また、金銭や書類、物の管理も社会人として大切なスキルです。せっかく稼いだお金を散財してしまったり、職務上の重要書類を紛失してしまったりということのないようにしていきたいものです。
3.対人技能
職業準備性ピラミッドのちょうど真ん中に位置するのが、「対人技能」です。
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- 感情をコントロールし、爆発せず過ごせる
- 他者とかかわり、やりとりをすることができる
- 失敗したり、注意されたりした時に謝罪ができる
- 分からないことや不安なことは、質問・相談して解決しようとできる
- 苦手な人に対してもあいさつなど最低限のコミュニケーションがとれる
ポイントは、「自分の感情をコントロールし、他者とコミュニケーションをとれるか」ということです。感情のコントロールに課題があると、注意されただけで怒りを抑えきれなくなったり、同僚とトラブルになってしまったりすることがあります。 一方、ちょっとしたことで過度に自分を責め、回復できないほど落ち込んでしまうような思考のクセがあっても、安定して働き続けるのは難しくなります。ネガティブな出来事に対し自分がどのような反応をしがちなのかを知り、複数の対処法をもっておくことが大切です。
また、他者とのコミュニケーションに苦手さを感じる方も多いことでしょう。「コミュニケーション力を身につけるのは難しい」と考えがちですが、トレーニングによって職場でのコミュニケーションを改善することは可能です。
4.基本的労働習慣
職場で必要なルールやマナーに関係するのが、「基本的労働習慣」です。
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- 報告・連絡・相談ができる
- 適切な言葉づかいで話せる
- 職場の規則を守ることができる
- TPOに合ったあいさつや返事ができる
- TPOに合った服装ができ、身だしなみが整っている
- 勤務時間の間、仕事に取り組み続けることができる
ポイントは、「基本的なビジネスマナーが身についており、決められた一定の時間働くことができるか」ということです。
ビジネスマナーには、敬語や規則の遵守など、社会人として当たり前のことが含まれます。これらはどこの職場でも必要とされる力です。それに加え、業種によっては、名刺交換の仕方や顧客との関わり方、職場で求められる服装の整え方なども身につけていかなければなりません。また、一定の時間集中して仕事に取り組むことも大切なスキルです。集中できる時間の長さは個人によって異なりますので、自分の集中スタイルに合った職場を選ぶことが大切です。
5.職業適性
職業準備性ピラミッドの最上段に位置するのが、「職業適性」です。「就労に必要なスキル」というと、この部分をイメージする方が多いかもしれません。
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- 職務への適性がある
- 自分の作業能力の適正量が分かる
- 正確性と処理スピードを両立できている
- 職務遂行に必要な知識・技能をもっている
ここでのポイントは、「それぞれの仕事に必要とされるスキルをもっているか」ということです。業務内容によって、要求されるスキルは異なります。たとえば事務職では、PCスキルや正確性、根気強さが必要とされます。それに対し、接客の現場では、笑顔で明るく人と接することが求められます。これらの「求められるスキル」を持っているかどうかが、この「職業適性」です。
職業準備性を高めるために
職業準備性を高めるためには、何をすればよいのでしょうか。ここでは、
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- 家庭
- 障害者就労移行支援事業所
の2つに分けて、職業準備性を高めるためにできることを解説します。
1.家庭で取り組む
家庭では、土台に近い部分を中心に、継続的な取り組みをしていくことが大切です。「健康管理」の部分では、生活リズムをととのえ、規則正しい毎日が送れるようにしていきましょう。自己理解も重要な要素です。
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- 得意なこと
- 苦手なこと
- 過敏さがあること
- 落ち着くポイント
- ストレスを感じやすいこと
これらのことについて自分で理解し、言語化して周囲に伝えられるとベストです。
「日常生活管理」の部分では、身だしなみの整え方を年齢に合わせて教えていきます。おしゃれである必要はありません。社会では、周囲の人に不快感を与えない程度のこざっぱりした外見が求められます。お金の管理も大事です。入ってきたお金の使い方、管理の仕方を伝えていきましょう。
「対人技能」の部分では、あいさつや敬語を小さいうちから教え、自然にできるようにしていきます。感情のコントロールができるためには、自分の気持ちを知り、対処できるよう、場面をとらえてトレーニングできるとよいでしょう。
「基本的労働習慣」の部分では、言葉づかいや身だしなみについて、「日常生活管理」の段階よりもひとつ上のレベルが求められます。「働くこと」とはどういうことなのかイメージできるように伝えていくことが必要です。
「職業適性」の部分では、本人が望む職種とのマッチングが必要となります。家庭では小さい頃からいろいろな職業に触れつつ、得意なことや好きなことを見きわめていきましょう。職業準備性は、家庭でも高めていくことができます。小さい頃から継続的に、日々の生活にトレーニングを組み込んでいけるのが家庭の強みなのです。
2.就労移行支援事業所を利用する
「家庭での取り組みが大事と分かっていても、難しい……。」そんなお悩みが多く聞かれます。
そこで心強い味方となるのが、就労移行支援事業所です。厚生労働省によれば、就労移行支援事業所を利用できるのは、「一般就労等を希望し、知識・能力の向上、実習、職場探し等を通じ、適性に合った職場への就労等が見込まれる者」と定義づけられています。企業等への就労を希望する方はもちろん、 技術を習得し、在宅で就労・起業を希望する方も対象となります。原則は通所によるサービスですが、職場訪問によるサービスを組み合わせたサポートを受けられる場合もあります。就職に向けて就労移行支援事業所で受けられるサポートは以下のようなものです。
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- 就職に役立つ知識や必要なスキルを学ぶ
- 就労支援員に就職や体調に関する相談をする
- 履歴書の書き方・面接などのアドバイスや練習をする
- 就職してから、定着のための支援を受ける
職業準備性を高めるためのプログラムやトレーニングを受け、必要な力をバランスよく身につけていくことができるのです。
就労を成功させるためには、職業準備性が大事
安定して働き続けるためには、職業準備性を身につけることが大事です。そのためには、職業準備性ピラミッドを参考にして、以下のことに取り組んでいきましょう。
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- 現状身についている力とこれから身につけるべき力を棚卸しする
- 段階ごとに、ひとつひとつ身につけていく
そうはいっても、人間誰しも、すべての力を完璧に身につけることは不可能です。どうしても苦手な部分に関しては、
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- 他の人に頼る
- 服薬や診察など、医療の助けを借りる
- 苦手であることを伝え、合理的配慮を求める
などの方法を上手に使っていくことで、無理なく就労していくことができます。
周囲のサポートも受けながら、職業準備性を高めていくことが大切です。
【参考】
厚生労働省「就労系障害福祉サービスにおける職業的アセスメントハンドブック」
https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/000822240.pdf
厚生労働省 スライド資料
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/12/dl/s1226-7c05.pdf
厚生労働省「就労移行支援事業」
https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/shingikai01/pdf/5-2i.pdf
高齢・障害・求職者雇用支援機構「職業準備性ピラミッド」
https://www.jeed.go.jp/location/chiiki/yamanashi/q2k4vk00000360vz-att/q2k4vk000003b0yc.pdf
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