大学が発達障害の支援を始めたワケ。取り組み内容と事例を紹介

大学が発達障害の支援を始めたワケ。取り組み内容と事例を紹介

「大人になるまで発達障害に気づかなかった…」
「発達障害グレーゾーンかも…」

そんな他人事とは思えない大人の発達障害を扱うメディアを多く見かける中、ここ数年の間に大学における障害者の割合も増加の一途を辿っており、大学側も障害者支援の施策を次々と打ち出しています。

果たして日本の大学は障害者に対してどのような姿勢なのでしょうか。

この記事では障害者に対する大学の支援状況や発達障害の支援を始めた背景、実際の取り組み事例などをご紹介いたします。

100人に1人と言われる障害学生数が増加する理由

日本学生支援機構が調査した2018年のデータによると、大学と短期大学を合わせた障害学生の数は「3万2110人」となっています。

同資料では大学と短期大学の全学生数は315万5324人ですので、大学生の100人に1人の割合で障害者がいるという計算になります。

なお、障害種別による学生数の内訳は以下の通りです。

視覚障害 824人(2.6%)
聴覚・言語障害 1912人(6.0%)
肢体不自由 2440人(7.6%)
病弱・虚弱 1万608人(33.0%)
重複 478人(1.5%)
発達障害 5291人(16.5%)
精神障害 8616人(26.8%)
その他の障害 1941人(6.0%)

【出典】日本学生支援機構:平成30年度(2018年度)障害のある学生の修学支援に関する実態調査より筆者独自に算出

このデータから発達障害者や精神障害者の全体に占める割合が多いことが分かりますが、障害者手帳の区分で分けると、発達障害者は精神障害にあたりますので、障害を持つ大学生の約4割が精神障害者ということになります。

また、下記ページでも報告されているように障害学生の数は年々増加傾向にあります。

【参考】日本学生支援機構:障害のある学生の修学支援に関する実態調査

障害学生が増加した理由は明らかにされていませんが、「障害者差別解消法の制定」と「精神障害者の認知の広まり」が主な要因と言えるのではないでしょうか。

つまり、医学的な観点での障害者数というより、障害者と認定される学生が増えたことが障害学生増加の一因と考えられるのです。

近年、精神障害や発達障害のメディア露出度が徐々に増えており、これまで障害と認知されていなかった、あるいは自分の障害を認識していなかった発達障害者の存在が注目されるようになりました。それに伴い、精神障害者への社会福祉制度等も少しずつ充実してきています。

障害者差別解消法による大学の義務

それでは、障害者差別解消法の施行により、大学に何が義務付けられたのかを見てみましょう。

「障害者差別解消法」とは、障害の有無にかかわらず、障害を持つ人が普通の人と同じ生活を送れるように、行政や事業者が障害を理由に差別をしないよう義務付ける法律です。

正式名称が「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」という長い名称のため、一般的には障害者差別法という略称が使われます。

この障害者差別解消法ですが、実は国立大学か私立大学かによって条文が微妙に異なります。

以下、障害者差別の禁止について障害者差別解消法に記載された条文です。

第7条
行政機関等は、その事務又は事業を行うに当たり、障害を理由として障害者でない者と不当な差別的取扱いをすることにより、障害者の権利利益を侵害してはならない。

第8条2項
事業者は、その事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をするように努めなければならない。

【出典】e-Gov「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」

つまり、国が運営する国立大学は差別の禁止と合理的配慮が「法的義務」であり、民間事業者の運営する私立大学は「努力義務」ということになるのです。

強制力の弱い私立大学は支援障害学生の割合が少ないのではないかと予測できますが、実際に具体的なデータで確認してみましょう。

大学種別 障害学生数 支援障害学生数
国立大学 5613人 3564人(63.5%)
私立大学 2万2861人 1万1064人(48.4%)

【出典】日本学生支援機構:障害のある学生の修学支援に関する実態調査

やはり私立大学の障害学生への支援は努力義務であるためか、障害学生数に対する支援率は低いと言えます。

そもそも事業者に対する「合理的配慮の義務」の方針は、法律上「重大な負担にならない程度に」と定められています。

つまり、民間企業の障害者への合理的配慮は義務でありつつ「できる範囲で」と定められていることから、障害者に接する企業や大学においてジレンマを生んでいると言えるのではないでしょうか。

大学が発達障害支援を始めたキッカケ

障害者差別解消法の制定を機に各大学が障害者学生への支援を推進し始めた事が分かりましたが、もう一つ興味深いデータをご紹介します。

以下は支援障害学生の数と障害学生数に対する支援障害学生数の割合です。※()内は障害学生数に対する支援障害学生数の割合

視覚障害 648人(78.6%)
聴覚・言語障害 1271人(66.5%)
肢体不自由 1549人(63.5%)
病弱・虚弱 2819人(26.6%)
重複 350人(73.2%)
発達障害 4325人(81.7%)
精神障害 5420人(62.9%)
その他の障害 709人(36.5%)

【出典】日本学生支援機構:障害のある学生の修学支援に関する実態調査

発達障害者に対する支援割合が最も多く、発達障害を持つ学生に対する支援は手厚そうな印象を受けます。

発達障害を持つ学生に対する支援割合が高い理由を明確に示す文獻等は見受けられませんが、一つ考えられるのは「発達障害者支援法」の改正です。

第8条2項
大学及び高等専門学校は、個々の発達障害者の特性に応じ、適切な教育上の配慮をするものとする。

【出典】e-Gov「発達障害者支援法」

上記は改正後の条文ですが、実は「個々の発達障害の特性に応じて」という一文が、改正前の条文にはありませんでした。

つまり、発達障害に対する支援が手厚くなったというより、発達障害の個別性への理解が広まったことで各大学における支援策が拡充し、それが発達障害学生に対する支援割合を高くしている理由の1つと考えられるのです。

障害者差別解消法が施行された2015年に支援障害学生数は急激に増加し、特にこの10年間で支援を受ける大学生の数は4倍にもなりました。

障害者差別法の制定前から障害者支援を行う大学はありましたが、ここ数年の間に障害学生に対する支援が促進された背景には「障害者差別解消法」と「発達障害者支援法」が大きく影響しているのは間違いないと言えるでしょう。

早稲田大学の発達障害者支援部門の取り組み事例

では、各大学は障害学生への支援として実際にどのような取り組みを行っているのでしょうか。

今では多くの大学が障害者支援室というものを設けていますが、その中からメディアでも取り上げられたことのある、早稲田大学の発達障害者支援部門をご紹介します。

早稲田大学では、「発達障害(ADHDやSLDなど)」「聴覚・言語障がい」「視覚障がい」「肢体不自由」といった各障害別で様々な支援を行っており、発達障害者に対しては以下のような取り組みを行っています。

  • 学生生活における全般的な相談ができる支援相談室の設置
  • 支援内容の個別立案と支援状況のモニタリング
  • 学生を含めた学内の各課や各部門への支援協力の依頼や会議招集
  • グループカウンセリングの企画や運営
  • 発達障害に対する啓発活動
  • 医療機関や支援機関との連携

例えば、肢体障害や聴覚障害など不自由な事象が比較的把握しやすい障害については、バリアフリー化や支援機器の貸し出しなどの方策も立てやすいと言えます。

それに対し発達障害は個別性が高いため、一概に「これが必要」とは決められない部分が数多くあります。そのため早稲田大学の取り組みのように、個別相談や周囲との連携が必要不可欠と言えます。

法律の制定や改正は大学の障害者に対する姿勢を変えた一つのキッカケとなりましたが、学生生活を終えれば今度は社会人としての生活が待っています。

発達障害者にとって大学卒業後の就活の現状は厳しいと言われており、今後日本の大学は学生生活だけでなく、就職活動における障害者のためのキャリアセンターや就活支援などのサポート活動も求められていくのかもしれません。

まとめ

発達障害者は「一見、普通の人と変わらない」とよく言われます。

確かに発達障害を持っていても身体や言語に不自由のない人は多く、特別な器具を使用しなくても生活できることから、相応の知識や経験を有していても一目で発達障害だと気づける人は少ないでしょう。

ただ発達障害者本人にとって、障害であることに変わりありません。

障害のために他人とのコミュニケーションがうまくいかなかったり得手不得手の差が激しかったりで、せっかくの学生生活もつまらないものになってしまう事も少なくないでしょう。

今回は大学をテーマに解説しましたが、発達障害のある学生が普通と変わらない学生生活を送るためには、本人の努力や医療による障害へのアプローチだけでなく、社会全体の合理的な配慮や大学を始めとした周囲の支援は欠かせないものと言えます。

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