精神障害というと、うつ病や不安障害、パニック障害などの疾患が有名です。あまり話題になりませんが、「クレプトマニア」という精神障害があるのをご存知でしょうか。
クレプト(klepto)は「盗む」、マニア(mania)は「異常な熱中」という意味。クレプトマニアは、万引きがやめられない精神障害の一つなのです。
実はクレプトマニア、あなたにも決して無関係とは言えません。クレプトマニアは発症する特定の原因が決まっていないため、生活環境や置かれている状況によって誰でも発症する可能性があります。
今回はあまり話題にならないクレプトマニアという精神障害について、クレプトマニアであるかのチェックリストや治療方法も併せて詳しく解説します。
万引きを繰り返す障害クレプトマニアとは?
クレプトマニアとは、盗む行為に満足感を感じて繰り返し窃盗を続けてしまう精神障害です。万引きや窃盗という行為は利益を目的に行いますが、クレプトマニアが行う万引きは利益ではなく緊張感や解放感を得るのが目的。窃盗に対する依存が強いため、逮捕されて刑務所に入っても出所後にまた万引きを行ってしまいます。
クレプトマニアとはあまり聞きなれない言葉ですが、精神科医も参考にする疾患の分類でも疾患の特徴や症状が定義づけられています。ICD-10という疾病分類では、クレプトマニアの症状を以下のように定義づけています。
病的窃盗 [盗癖]
この病態では、物を盗む衝動を抑えることに繰り返し失敗する。 盗んだ物は個人的に使用したり金銭に変えたりしない。そのかわり、盗んだ物を捨てたり人にやってしまったり、あるいは貯めこんだりすることがある。この行動は通常、行為の前の緊張感の高まりを伴い、行為の最中及び直後の満足感を伴う。
心理的な動きに例えて分かりやすくしてみましょう。
- 物を盗みたいという衝動を抑えられない
- 窃盗前のスリルと窃盗後の満足感を思い出し繰り返してしまう
- 盗んだものに興味はない為、捨てたり人にあげたりする
1~3の悪循環に陥った場合、明らかにクレプトマニアと言えるでしょう。本人も悪いことだと分かっていながら、精神障害であるため負のループから抜け出せなくなるのがクレプトマニアなのです。
精神疾患であるクレプトマニアを発症する原因
クレプトマニアを発症するのは、精神的な病気だけが原因ではありません。正常な判断ができない脳機能が原因になっていることもあります。クレプトマニアを発症する原因は明確に決まっているわけではなく、主に以下の要因で発症すると言われています。
- 認知症
- 発達障害
- ホルモンバランスの乱れ
- うつ病
- 過度なストレス
- 過去のトラウマ
- など
上記のようにクレプトマニアを発症する原因は、生物学的な要因や家庭環境などの社会的要因と言われています。
例えば、主婦がクレプトマニアのように何度も万引きしてしまうドキュメンタリーを観たことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。女性は感受性が強いため、特に主婦の方だと日々のストレスによりクレプトマニアを発症してしまうこともあります。
それまで何の不自由もなく幸せに暮らしていた健常者でも、クレプトマニアになってしまう可能性はあるのです。
実際にあった!有名人でもクレプトマニアを発症した事例
過去、マラソン選手として活躍していた原裕美子さん。ご存知の方も多いと思いますが、2017年にコンビニの商品を万引きして窃盗罪で逮捕されました。執行猶予が付いたものの、半年後の2018年に再度スーパーで万引きしてしまっているのです。定かではありませんが、実は過去に数回窃盗で罰金刑を課されていたと言われています。
有名人による万引きに様々な意見が飛び交いましたが、同時に原裕美子さんはクレプトマニアであることも告白しました。原裕美子さんはマラソン選手としての強いプレッシャーから、摂食障害を患っていたとのこと。また、過去にマラソンコーチとの金銭トラブルや結婚の破談という出来事もあり、本人は多くのストレスを抱えていたことが推測されます。
現在は更正プログラムを受けていると言われていますが、クレプトマニアは強いストレスで発症することがよく分かる事例です。
クレプトマニアの主な症状とチェックリスト
クレプトマニアかどうかの診断には、アメリカ精神医学会の診断基準DSM-5が使われます。簡単なチェックリストとしても活用できますので、具体的に見てみましょう。
精神障害の診断と統計の手引き(DSM-5)による診断基準
- 窃盗症
- A.個人的に用いるためでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく、物を盗ろうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される。
B.窃盗に及ぶ直前の緊張の高まり
C.窃盗に及ぶときの快感、満足、または解放感
D.その盗みは、怒りまたは報復を表現するためのものではなく、妄想または幻覚への反応でもない。
E.その盗みは、素行症、躁病エピソード、または反社会性パーソナリティ障害ではうまく説明されない。
ICD-10におけるクレプトマニアの定義とほぼ同じで、どちらにしても「盗む」という行為に満足感を感じたり、窃盗や万引きに対する衝動を抑えられなかったりするのがクレプトマニアの特徴です。
もちろん上記に当てはまればクレプトマニアと確定するわけではありません。ただクレプトマニアの疑いがあると感じるようなら、専門外来などに相談したほうが良いでしょう。
万引きが癖になるクレプトマニアの治療方法
そもそもクレプトマニアは依存症の一つ。依存症には大きく分けて2の種類があります。
「物質への依存」について
アルコールや薬物といった精神に依存する物質を原因とする依存症状のことを指します。依存性のある物質の摂取を繰り返すことによって、以前と同じ量や回数では満足できなくなり、次第に使う量や回数が増えていき、使い続けなければ気が済まなくなり、自分でもコントロールできなくなってしまいます(一部の物質依存では使う量が増えないこともあります)。「プロセスへの依存」について
物質ではなく特定の行為や過程に必要以上に熱中し、のめりこんでしまう症状のことを指します。
クレプトマニアは「プロセスへの依存」にあたります。ギャンブルやゲームにのめり込むもプロセス依存です。クレプトマニアは精神障害であるため、自助努力で回復するのは難しいでしょう。たばこやお酒ですら自分の意思だけではなかなかやめられませんから、やはり専門の医療機関に相談するのがベストです。
クレプトマニアの治療方法は一つではなく、専門外来を始めとした医療機関で様々な心理的療法が行われています。主な治療方法は以下の通りです。
- 【認知行動療法】
- 物事や出来事に対するストレスを軽減させるための治療方法。何か認知した時に考え方を良い方向に変えたり、問題を解決するために柔軟な思考にしたりするための心理療法です。
- 【集団精神療法】
- 同じ悩みを持つ複数人が集まって、自分の症状や行為に対する悩みを話し合う治療方法。同じ悩みを抱える人の話を聞いたり自分から吐露したりすることで、精神的な安定や症状の軽減という効果があります。
- 【家族療法】
- 問題を抱えた本人だけでなく、家族全体の問題と捉えて解決に向けたアプローチを行う治療方法。家族というシステムの中に問題を見つけて改善していくことで結果的に本人の治療にもなるという考え方です。
症状の度合いによっては、うつ病等でも使われる薬物による治療もあります。どちらにしてもクレプトマニアは、窃盗や万引きと言った犯罪に直接関わる精神障害です。万が一クレプトマニアに近い症状があるなら我慢や自分で治すことは考えず、必ず医療機関や周囲に相談するようにしたほうが良いでしょう。
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