障害者雇用に関するトラブルについて・判例もピックアップ

障害者雇用に関するトラブルについて・判例もピックアップ


近年、障害者を積極的に雇用しようと考える企業はめずらしくありません。働く意志のある障害者にとっては、非常に明るい兆しだと言えるでしょう。しかし、その一方で企業と障害者の間において安定的な就業環境を維持する難しさも表面化してきています。

障害者雇用に関しては、一般雇用に比べると、より双方の協力関係がなければ成立しない場合が多いものです。そのため、さまざまなケースでトラブルに発展してしまうことがあります。この記事では、障害者雇用に関するトラブルについて詳しく解説します。

障害者雇用の労働者の解雇に関する判例

それでは、障害者雇用に関するトラブルの具体的な判例を挙げながら紹介していきましょう。まずは、障害者雇用の労働者の解雇における判例です。これは、大阪地裁で令和4年4月12日に判決が出たもので、障害者雇用の労働者に対する解雇が違法とされた例になります。
参考:https://niigata-common.com/info/labor/como282
障害者雇用の労働者に対する解雇が違法とされた事例~大阪地裁令和4年4月12日判決より

原告となる障害者雇用の労働者は、A氏。平成30年11月に被告となる鉄道車両及び船舶の製造等を目的とする株式会社B社と雇用契約を締結し、主に断熱材の貼付作業などに従事していました。

A氏は、てんかんの持病を持っており、障害者等級1級の認定を受けていて、右の骨盤に8本のボルトが入っていることから足が動かしにくい状況にありました。このような状況の中で、B社は下記のような理由でA氏を令和元年6月20日に解雇するとの通知書を交付し、トラブルに発展したのです。

1.断熱材の貼付作業が、設定した目標の時間よりも遅い
2.断熱材を貼り付ける際に使用するスプレーガンの使用技術が不足している

B社はA氏に対して解雇を言い渡しました。しかし、A氏は解雇権濫用に当たり違法・無効であるとして、訴訟を提起したのです。結果として、裁判所の判断は下記のようになりました。

1.作業が遅いことについて

A氏は、主治医からてんかんの症状のため、焦りによって不眠や夜間睡眠中のてんかん発作が激増する恐れがあるので、急かさないような配慮が必要であると診断されており、骨盤に入っているボルトの影響で足場での移動などに相応の負担がかかることが事前に分かっていました。そのような中で、A氏は自分の体に合った作業方法を試行錯誤しながら模索しており、作業速度も遅いながらも向上しつつあったのです。

このような診断内容や配慮に関する必要性、労働者の作業速度などを見て、作業が遅いことでの解雇は認められないとの判断に至りました。

2.スプレーガンの使用技術が不足していることに関して

使用技術の不足に関しては、スプレーガンの圧力が強い状態でボンドを吹き付ける必要があり、手の力が弱いA氏は車両の外板にボンドを付着させてしまうことがあったため、ふき取りの必要が発生し、作業効率が落ちるという理由からB社から解雇を言い渡されていました。

しかし、社内の他の作業員の証言などから、経験豊富な作業員であっても、スプレーガンの圧力の調整は難しく、誤って車両の外板にボンドを付着させてしまうケースはあり、ふき取りの時間も30分程度と短く作業効率が落ちるほどではないことが明らかになったのです。

上記の2つの理由によって解雇を言い渡したB社の主張は認められず、本件の解雇は違法・無効との判決になりました。障害者雇用の労働者に対しては、能力不足に関して「平均的な水準に達していない」という理由だけでは解雇することはできません。

今回の事例ではA氏がてんかんの持病を持っていることなども考慮され、B社側が適切な労働環境を設定する必要があったと結論付けられました。

障害の特性や能力不足に対する差別・いじめに関する判例

次に、障害の特性や能力不足に対する差別・いじめに関する判例を見ていきましょう。障害者雇用の労働者に対しては、まわりの従業員が十分に障害の特性を理解していなかったり、コミュニケーションがうまくとれないことによってトラブルに発展してしまうケースもあります。
参考:https://corporate.vbest.jp/columns/4871/
5、障がい者雇用における裁判例、(1)指導係の差別発言から損害賠償請求に発展したケースより

これは、平成29年11月30日に東京地裁で判決が出た事例です。原告となる障害者雇用の労働者は知的障害をもったM氏で、同じスーパーの指導係の女性従業員から差別的な発言を受けて退職に追い込まれ、女性従業員に対して損害賠償を求めて訴訟提起しました。また、「障害者の働きやすい環境を整えなかったため退職を余儀なくされた」との主張も盛り込まれたのです。

この主張に対して東京地裁の判断は、原告である障害者雇用の労働者M氏に対して、指導係であった女性従業員が発した「ばかでもできる」「仕事ぶりが幼稚園児以下」などの暴言について、主張を認定し女性従業員に対して損害賠償22万円を支払うよう命じました。

しかし、「障害者の働きやすい環境を整えなかったため退職を余儀なくされた」というM氏の主張は、就労時間は適切に考慮されており、必要な措置を講じていたとして退けられました。

障害者雇用の労働者死亡事故に関する判例

最後は、障害者雇用の労働者が勤務中に死亡した事故に関する判例についてお伝えします。
参考:過去の裁判例からみる障害者雇用の注意点 – 広島で労務に関するご相談なら江口労働法務事務所 (eguchi-roumu.com)
(7)Aサプライ(知的障碍者死亡事故)事件(東京地裁八王子支部、平成15年12月10日労働判例870号50頁)より

平成15年12月10日に東京地裁で判決が出たもので、障害者雇用の労働者だった知的障害をもつA氏が、事業所内に設置された大型自動洗濯機・乾燥機内の事故によって、平成12年3月28日に死亡した事例です。A氏の父が事業所に対して、安全配慮義務に違反したとしてA氏が死亡したと、損害賠償を求めました。

事業所側は、A氏が安全に働けるよう人的・物的労働環境を整備すべき「安全配慮義務」を負っていたにも関わらず、知的障害者であるA氏に慣れない現場を任せトラブルが発生した時に迅速に対処できる安全確保のための配慮を欠いていました。このことによって、A氏は職場の事故により死亡したとして、原告の訴えを認める判決が下されたのです。

障害者雇用に関するトラブルを防ぐためのポイント

ここまで、さまざまな障害者雇用に関するトラブルや判例を紹介しました。しかし、企業側と障害者雇用の労働者の双方が、トラブルを防ぐためのポイントを押さえていれば、最悪の状態を回避できるケースも少なくありません。

1.従業員全体に障害者雇用促進法の内容を周知させる

当事者以外の従業員は、障害者雇用促進法の内容を知らないケースが多く、一部の人達だけが理解していても差別的なトラブルは回避できません。

そのため、現場で働く全ての従業員は、障害者雇用促進法の内容を理解し、障害者に対して適切な指導・サポートができる環境を整える必要があるのです。

2.差別で発生するリスクの共有

どのような行動が障害者にとって差別的な行動に該当するのか、その行動をすることでどのようなリスクがあるのかを、具体的な事例を挙げながら社員・従業員全体で共有することが大切です。結果として、障害者雇用の労働者とのトラブルを防ぐことが期待できます。

3.雇用管理の整備

障害者雇用の労働者との間で発生するトラブルでは、配置や昇進・採用などの場面が多いと言われています。そのようなシーンで、差別的な扱いを防ぐ体制を整備しておくことが重要です。

例えば、就業規則などを通し、差別的な雇用管理形態を禁止する内容を明確に示しておくことで、両者にとって働きやすい環境を提供できます。

まとめ

障害者雇用の労働者に対しては、適切な労働環境の整備が必要不可欠となり、その内容を同じ場所で働く他の従業員全員で共有しておく事が重要になります。今回挙げた判例では、他の従業員において理解の共有がなされていなかったり、障害者雇用の労働者に関する情報不足があったりした点がトラブルにつながる大きな要因になった印象です。

今後、障害者を積極的に雇用する企業は増えていくことでしょう。そのため、トラブルを防ぐための防止策は、より重要なポイントになると言えます。

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