障害者雇用後の社内トラブルと裁判事例5選

障害者雇用後の社内トラブルと裁判事例5選

障害者雇用に対する世間の認知や理解も徐々に深まってきている昨今。障害者雇用率も年々増加、働く意志のある障害者や障害者雇用を進めたい企業にとって明るい兆しと言えるのではないでしょうか。

しかし、障害者雇用を全てにおいてスムーズで安定的に行えるとは限りません。働く障害者本人と会社側の協力関係がなければ、障害者雇用は成立しないでしょう。

今回は実際に起こった障害者雇用のトラブル事例を5つご紹介。様々なケースをご紹介しますので、全てお読みいただければ「障害者本人が考えるべきこと」「会社はどこまで配慮すべきか」が見えてきます。

【事例1】会社の安全配慮義務が争点となった事例

まず最初のトラブルは障害を理由とした解雇についてです。働くストレスによりうつ病を発症した社員が解雇され、会社の「安全配慮義務」が争われた有名な事例です。まずは経緯を時系列にてご紹介します。

【経緯】
①プロジェクトリーダーとして働いていたA氏が、過重労働によるストレスでうつ病を発症して休職
②その後、休職期間が満了したため会社から解雇される
③A氏は「そもそもうつ病を発症したのは過重な労働が原因だ」として解雇は無効であると主張
④A氏は会社に対し「安全配慮義務違反による損賠賠償」「見舞金」「未払い給料」を求めて提訴

本件では主に「会社の安全配慮義務があったかどうか」という点が争われています。もし会社に安全配慮義務違反の過失があれば、最終的にA氏の主張が概ね認められます。ポイントは以下の事実です。

【ポイント】
・A氏はうつ病の発症と通院の事実を会社に申告していなかった
・健康診断にて頭痛やめまい、不眠などを申告し、上司にも体調不良を訴えていた
・欠勤を繰り返しており、業務を減らすよう申し出ていた

A氏がうつ病であるとの申告をしなかったため、会社側は「健康状態を知ることはできなかった」として損害賠償について過失相殺を求めました。裁判所は以下のように判断しています。

【裁判所の判断】
・通院や病名などの情報はプライバシーに関わる情報であり、積極的な申告を要する事柄ではない
・会社は労働者からの申告がなくても、労働環境に注意を払う義務がある
・上記を理由に会社は労働者の業務や心身への健康に十分配慮しなければならない
・ただし本人が情報を隠して健康状態を確認できないなら、全てが会社の過失とは言えない

最終的にA氏の主張は概ね認められましたが、労務に関わる大事な問題としてニュースなどでも報じられています。障害のある労働者と企業との関係がどうあるべきかを考えさせられる事例です。

【参考】裁判所 裁判例情報

【事例2】業務遂行能力の欠如が問題になった事例

先ほどの障害者雇用におけるトラブルは、会社が解雇したことに対して無効となる事例でした。障害を理由とした解雇は基本的に無効ですので、障害者有利に思えるでしょう。

しかし、実は必ずしも障害を理由に解雇されても無効とは言えない事例もあります。今回ご紹介するのは、障害者の「業務遂行能力」と会社の「合理的配慮」が問われた事例。まずは時系列順に経緯を見てみましょう。

【B氏の経緯】
①障害者であるB氏は郵便物の仕分けや支払業務、名刺作成、事務用品の発注などの簡単な事務を行っていた
②B氏は業務上のミスが多く、上司から適切な指導を受けていたが改善しようとしなかった
③業務上のミスを隠す行為が幾度か発覚
④会社側から契約期間の満了をもって雇用契約は解消される
【会社側の経緯】
①上司Dは主にB氏の指導の役割を担っており、事前にうつ病に関するレクチャーを受け、自身も医学書などを読むなどの努力をしていた
②上司Dは日頃から定時に帰宅させるなどの配慮を行い、指導方法に問題が起きないよう別の担当と連携していた
③人事部長から「B氏に対する話し方がぶっきらぼうだ」と指導を受け、話し方について注意するようにしていた

障害者であるB氏は、雇い止めは無効だとして提訴。しかし、裁判所は以下の判断を下しました。

【裁判所の判断】
・障害者雇用促進法では、労働者の業務遂行能力が劣る場合であっても、支援の提供によって自立した業務遂行を可能にするよう会社は配慮しなければならないと定めている
・同時に障害者雇用促進法では、働く本人も自ら業務遂行能力の向上と自立に向けた努力をしなければならないとも定めている
・会社と働く本人の努力合って成り立つ社会連携の理念であるため、本件に関しては本人の努力がないため雇止めは有効である

裁判では障害者本人が「パワハラがあった」との申告もしていますが、信憑性がないと却下されています。企業が適切な合理的配慮を行っていたなら、たとえ本人が解雇を無効を主張しても認められないケースもあることが良く分かる事例です。

【参考】公益社団法人 全国労働基準関係団体連合会 労働基準関係判例

【事例3】障害者雇用扱いで復職可否を問われた事例

次は「企業が雇用の義務をどこまで負う必要があるか」を考えさせられるトラブル事例です。

【経緯】
①E氏はソフトウェア開発の会社に出向したが、出向先からの要求で出向を解かれた
②しばらく予算管理業務を行っていたが、「自殺したい」との言動や社内の徘徊が目立った
③上司の付き添いで精神科を受診したところ、統合失調症であり休職が必要との診断が出された
④E氏は求職も通院も服薬も途中で止めてしまった
⑤社内での行動に他社員からのクレームもあり、再度精神科を受診したところアスペルガー症候群も発覚
⑥E氏はしばらく休職したが、障害者雇用による復職の前段階として休職期間中に試験出社を行った
⑦しかし上司の指示に従わず、独り言を言ったりニヤニヤするなどの行動が見られ、身だしなみも注意されていた
⑧会社はやむなく、休職期間の満了をもって退職となる旨を通告

E氏は休職期間が満了した時には就労が可能な状態であったと主張。復職可能な状態での退職の通告は無効であるとして提訴しました。しかし、裁判所の判断はE氏とは異なるものでした。

【裁判所の判断】
・障害者基本法の雇用の安定の義務等は努力義務である
・障害者雇用促進法における合理的配慮は、会社に過度な負担を求めるものではない
・会社は障害者の症状について、常にありのまま受け入れることまで要求されない
・経緯からして就労は難しいと判断でき、会社もこれ以上の労務提供はできない

判決によりE氏の主張は棄却。裁判所の判決において、「本人が症状に対する自覚をしていない」という点が決め手になったと言われています。また裁判所は、就労継続の意思をもって本人から業務や配置の変更などの申し出もなかったと判断しました。

会社は障害者本人が就労を継続したいと意思を示せば、簡単な作業などの労務を提供しなければいけません。しかし、本件のように会社がいくら配慮しても、仕事が成立しないケースもあります。障害者関連の法律は、企業に無理な負担を強いるものではないと明確に示された事例と言えるでしょう。

【参考】独立行政法人労働者健康安全機構 情報誌「産業保健21」

【事例4】障害者が社内トラブルの犯人にされた事例

障害者がいくら真面目に働いていても、社内の悪意により予想だにしない事態に巻き込まれるケースもあります。ご紹介するのは、未だ明確な事件解決とは言い難い事例です。

なんと特段の証拠も示されないまま、知的障害者が社内で起こったいたずらの犯人に仕立て上げられ、裁判所も事件についてほとんど言及していない事例です。

【経緯】
①知的障害のあるF氏は洋菓子の製造と販売を行う会社に就職し真面目に働いていた
②ある日、社内でLINEによるいたずらメッセージが送信されるという事件が発覚
③会社は防犯ビデオの映像からF氏が犯人であると一方的に断定し、F氏を解雇
④幾度かの話し合いの結果、会社は解雇を撤回したものの引き続きF氏を犯人扱い
⑤F氏の家族が耐え兼ね会社を提訴したところ、会社は改めて雇い止めを実行
⑥裁判において会社側がF氏以外への聞き取りを行っていないことが判明
⑦その他、会社側の証言にも明確な根拠はなかった
⑧最終的に会社側が和解を求め、解決金と1か月分の給与の支払うことを約束
⑨家族や本人もいつまでも過去にとらわれていけないと和解に同意した

本件では会社側が納得のいく説明を全くしていないばかりか、未だF氏を犯人だとしているとされています。原告の家族は会社側の謝罪と事実説明を要件として再雇用を求めていましたが、裁判所は会社側が更新を拒絶する理由にあたると判断。2度目の雇い止めは一方的なものとは言えないとの判決内容でした。

裁判所は事件について特段の判断を下さなかったため、事件は高等裁判所まで持ち込まれました。しかし、最終的には和解で決着したという経緯です。なお本件は、事件の犯人とされた障害者の家族により、ブログで報告されています。

【出典】マールブランシュ(ロマンライフ)との不当解雇裁判の記録(現在訴訟中)のブログ

【事例5】クローズ就労が違法にあたるか問われた事例

最後は判例ではありませんが、障害者雇用の現場で多くの人が気にする「障害を伏せたまま就職すると違法なのか?」という疑問。最初にご紹介する事例は、弁護士マッチングサイト「弁護士ドットコム」に投稿された法律相談の内容です。

発達障害を隠して非正規職に就き、それが発覚して解雇と言われました。
発達障害を持っていますがそれを面談や書面にて聞かれた際にないと答えた上で非正規職として働いているものです。
(中略)特にミスを起こしておらず遅刻・欠勤もなく順調に業務についております。しかしながら先日会社に障害が発覚して解雇といわれました。
(中略)非正規の身の上なのでこの法律の範囲にははいらないのかもしれませんが、研修や業務上で能力不足が露呈したわけでもないのに解雇を受け入れざるを得ないのでしょうか。
また、まだ詳しい処分内容は伝えられていませんが、障害について虚偽の申告をした点で懲戒解雇となる可能性もあるのでしょうか。

【出典】弁護士ドットコム 発達障害を隠して非正規職に就き、それが発覚して解雇と言われました。

上記の相談に対し、弁護士は以下のように答えています。

【弁護士の判断】
・障害が雇用の有無を決定する重要なことであれば解雇の可能性はある
・いくら障害者とはいえ、嘘を付くことまでは権利とされていない
・面接時に話した内容によるが、障害の有無による解雇には合理的な理由がない
・障害が理由で解雇されるなら不当な解雇として扱える可能性あり

障害の有無は面接等で積極的に質問されるべき内容ではありません。障害者雇用促進法においても、障害を理由とした差別的な扱いは禁じられています。よって、本人が望むならクローズ就労は簡単にできます。

ただし障害を隠したまま就職すると、「バレてはいけない!」という窮屈な生活を送ることになり、障害が発覚した時の対応も会社によりまちまちです。以下記事でも解説していますが、クローズ就労の障害者は離職率が高いとのデータもあります。

精神障害者の定着率が低い理由を「業種」「待遇」「支援の有無」別に解説

法的に違法かどうかも曖昧なため、トラブルを考えるとクローズ就労はおすすめできません。

まとめ

今回は社内トラブルが裁判に発展した事例を中心に5つご紹介しました。障害を抱えつつ真面目に働く人にとっては不合理を感じさせる事例もあったかと思います。

障害者差別は度々報告されていますが、企業はいま一度障害者雇用に対して理解を深めることを、真剣に考えていくべきと言えるのではないでしょうか。

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