障害者の採用担当の方は、もし既存社員から「なぜ障害者を雇用するのか」「障害者と一緒に働くために何をすべきか」と聞かれた時、どのように答えるでしょうか。
障害者を健常者の既存社員と同じ職場で働かせるには社内での理解が必要不可欠です。
しかし、障害者の採用担当が既存社員からの質問に答えられなければ、社内での理解を深めることが難しくなってしまうかも知れません。
この記事では、障害者の採用担当なら確実に知っておきたい障害者雇用における基本的な知識について、法律上のルールを基に解説いたします。
障害者を雇用する理由と離職率
そもそも、企業が障害者を雇用する理由とは何でしょうか。
これには様々な意見があって人によって見解が分かれますが、以下の4つの事実を基に考えることが大切です。
- 障害者雇用は法律上の義務であること
- 障害者雇用率は決して高くないということ
- 雇用後の離職率が高いこと
- 障害者、健常者の能力最大化と生産性の向上
まず、1の「法律上の義務」とは、障害者雇用促進法の第43条、第53条から第55条、そして第47条で定められている「事業主は一定率以上の障害者を雇用しなければならない。達成できなければ一定のペナルティを課す。」というルールに該当します。これは障害者雇用の基礎とも言える部分ですので、必ず覚えておきましょう。
次に2について、厚生労働省の障害者雇用分科会がまとめた資料を確認すると、日本の障害者数に対して「障害者雇用数は高くない」という事が分かります。具体的な数は以下のようになっています。
障害者総数(身体・知的・精神障害者) | 約937万人 |
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18~64歳の障害者数 | 約362万人 |
障害者雇用総数 | 約50万人(身体33万、知的11万、精神5万) |
働く世代である18~64歳の障害者の雇用率はたった13%ほどで、残る87%は雇用されていないのが現状なのです。
更に、せっかく障害者を雇用しても「離職率が高い」という事実もあります。先ほどご紹介した厚生労働省の障害者雇用分科会がまとめた資料では、雇用した障害者の1年後の職場定着率は下図のようになっています。
こういった事実を踏まえると、近年の企業に求められているダイバーシティやCSRの推進を実現するには、「継続して障害者を雇用するための努力」は欠かすことのできないものと言えそうです。
そして、3の「障害者、健常者の能力最大化と生産性の向上」については、様々な考え方ができます。
例えば、障害者雇用を積極的に進めた結果、障害者が仕事に一生懸命取り組む姿を見た既存社員の意識に変化があったという事例があったり、障害者雇用によって社内の仕事量や待遇などの格差が是正されたり、人口減少下における人材の確保というメリットもあります。
事実、日本IBMでは障害者でも優秀な人材がたくさんいるという考え方が定着しており、積極的に障害者雇用を進めているとインタビューでも述べています。
法律上の義務を果たすのはもちろんですが、障害者雇用の現状を把握し、それに対し企業がどういう方針とするか考えることは、社会的責任(CSR)を果たす上でも重要なことなのです。
【参考】ダイバーシティなくしてIBMのビジネスは語れない。IBMが人材の多様性に取り組む理由
障害者雇用納付金と調整金
次に、前章の冒頭部分で少し触れた「達成できなければ一定のペナルティを課す。」について詳しく解説していきます。
まず、障害者雇用促進法では「障害者雇用の義務を果たさない場合、納付金を納める」ことが義務付けられており、逆に雇用義務を果たしていれば納付金を納めなくてよいとされています。これらについて規定している条文はかなり難解ですので、大まかには以下のように覚えると良いでしょう。
- 障害者雇用は企業の義務
- 法定雇用率が達成できなければ納付金を納めなければならない
- 納付額は「法定雇用率を下回った障害者数×5万円」
- 雇用した障害者数が法定雇用率を超える場合、納付金を納める必要はない(申告は必須)
法定雇用率以上に障害者を雇用した場合、納付金を収める必要がないだけでなく、第50条にて「法定雇用率以上の障害者を雇用した事業主には調整金を支給する」と定められています。
具体的な調整金は以下のようになっています。
100人以上の労働者がいる企業 | 雇用率を超えて雇用した障害者1人あたり2万7千円 |
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労働者が100人以下の企業 | 雇用率を超えて雇用した障害者1人あたり2万1千円 |
「納付金を納める義務」と「支給される調整金」があることもまた、障害者雇用の基礎知識となりますので、ぜひ把握しておきましょう。
障害の種類について知る
続いて「障害の種類」についてですが、障害者雇用法における障害の種類もまた考え方が少々複雑ですので、結論だけお伝えします。
まず障害者雇用促進法では、雇用を義務とする障害者を「身体障害者」「知的障害者」「精神障害者」の3つに定めています。
これに対し、障害者雇用率の算定対象となる障害者は、厚生労働省の公式サイトを確認すると以下のように定められていることが分かります。
障害者雇用率制度の上では、身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳の所有者を実雇用率の算定対象としています(短時間労働者は原則0.5人カウント)。
【出典】厚生労働省「障害者の雇用」
つまり、雇用を義務とする障害者のうち障害者雇用率の算定対象となるのは、「身体障害者手帳」「療育手帳」「精神障害者保険福祉手帳」のいずれかを所持している者ということです。
ただ、これらはあくまで「障害者雇用」という面で見た障害者の定義です。「身体障害者福祉法」や「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」では、各障害について別の定義がされていますので、混同しないように気をつけましょう。
差別の禁止と合理的配慮
さて、企業側の義務の話ばかりになっていますが、もう一つ企業側の義務を知っておきましょう。
障害者基本法の「第34条」から「第36条の5」において、「障害者差別の禁止」と「合理的配慮の義務」を定めています。
これに対し、厚生労働省はそれぞれの具体的な指針を示していますので、分かりやすくご紹介します。
【差別の禁止】
賃金の決定、教育訓練、福利厚生、労働条件の変更、その他の待遇について、事業者は障害者であることを理由に不当な差別的扱いをしてはならない。【引用】厚生労働省「障害者差別禁止指針」
これは、「労働環境化のあらゆる条件を障害のない人と均等にしなさい(障害を理由に差をつけてはならない)」という意味です。ただし、企業側にも労働者を雇用するためには経済的、業務的な負担があるため、以下の「合理的配慮指針」にて以下のような指針が示されています。
【合理的配慮指針】
事業主は、障害者と障害のない者との間で労働条件等の均等な機会を確保するため、その支障となる事象を改善するために、障害者の特性に合わせた施設の整備や労働環境を整えなければならない。ただし、事業主の過重な負担となるときは、この限りでない。【引用】厚生労働省「合理的配慮指針」
これは、「障害に合わせた合理的配慮を行うことは義務とするが、企業側の負担が重すぎる時は必ずしも合理的配慮を実施する必要は無い」という意味です。
「障害者を理由に差別してはならない」「日常生活をサポートする」のは人道的に考えれば当然のことかも知れませんが、すべての企業が必ずしも善良とは言えないため、上記のような法律が存在するということだけでも覚えておくと良いでしょう。
ペナルティを受ける前に!相談窓口を頼ろう
さて、障害者雇用促進法を基に採用担当の方が知っておくべき基礎知識をご紹介しましたが、障害者雇用率を達成できないことが続くと、最終的に「企業名公表」という重いペナルティが待ち受けています。
とはいえ、いざ障害者を雇用するとなっても、果たして何から手を付けるべきか分からないというケースもあるでしょう。
初めて障害者を雇用する企業にとって分からないのは仕方のないことですので、無理に自社内でルールや合理的配慮等を決めるのではなく、以下の専門機関等に相談するのがおすすめです。
- 〈地域障害者職業センター〉
- 職業リハビリテーションサービスや事業主の障害者雇用に関する全般的な相談、援助、助言を行っている
http://www.jeed.or.jp/location/chiiki/index.html - 〈各地域のハローワーク〉
- 実際に障害者の求人を行う際の相談や、トライアル雇用、ジョブコーチの活用の相談ができる
https://www.mhlw.go.jp/kyujin/hwmap.html - 〈中央障害者雇用情報センター〉
- 経験者や専門家へ、特例子会社の設立や就労支援機器の導入方法、労働条件に関してなどの相談ができる
http://www.jeed.or.jp/disability/employer/employer05.html
障害者雇用率を達成しなければならないのは法定義務であるという理由だけではないというのは最初の章でもお伝えした通りですが、加えて障害を理由とする差別の禁止、合理的配慮が求められつつも企業側の負担となり過ぎる場合にどうすべきかなど、考えなければならないことは多岐にわたります。
複雑な社内事情で障害者雇用がなかなか進められないといったケースもあるでしょうから、採用担当の方は上記のような相談機関があることは是非覚えておきましょう。
まとめ
今回ご紹介したものは、企業として障害者雇用を理解するための基礎であり、いずれは社内全体で共有していく必要のあるものです。
なぜ障害者を雇用すべきなのか、雇用する障害者とはどういった範囲のことを指すのか、そして特に差別の禁止や合理的配慮は社内で認識を一致させる必要があります。
まずは障害者の採用担当の方が積極的に知識を身につけ、自ら率先して社内発信や提案をしていくつもりで障害者雇用について学ぶことが、企業の障害者雇用を始めるにあたって望ましい形と言えるのかもしれません。
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