多くの鉄道路線で精神障害者割引が適用されないことを、多くの方はご存じでしょう。身体障害者・療育(知的障害)手帳の所持者への運賃割引はあっても、精神障害者手帳の所持者への運賃割引を実施している鉄道事業者は決して多くありません。この記事では、実際に精神障害者割引を行っている日本の鉄道事業者の一覧と、精神障害者割引の適用をめぐる世相の動向についてお伝えします。
精神障害者が割引される鉄道会社一覧
精神障害者でも割引が適応となる鉄道事業者を紹介します。精神障害者に対する交通運賃の割引制度導入について積極的な活動を行っている「公益社団法人 全国精神保健福祉会連合会(みんなねっと)」は鉄道の運賃の割引有無一覧を公開しております。この中の精神障害者割引がある鉄道事業者に加え、2023年までに新たに導入した、或いは導入予定の事業者を以下に記します。なお、事業者によって割引の条件が異なる場合がございますので、ご注意ください。
青森 青い森鉄道、津軽鉄道、弘南鉄道
岩手 三陸鉄道、IGいわて銀河鉄道
宮城 仙台市交通局
山形 山形鉄道
福島 会津鉄道、福島交通(飯坂電車)、阿武隈急行
東京 京王電鉄(2023年10月1日より導入)、(高尾登山電鉄)、(御岳登山鉄道)
茨城 ひたちなか海浜鉄道、(筑波観光鉄道)
栃木 野岩鉄道、真岡鉄道
群馬 わたらせ渓谷鉄道、上毛電気鉄道、上信電鉄
埼玉 秩父鉄道
神奈川 京浜急行電鉄(2023年10月1日より導入)、大山観光電鉄(大山ケーブル)
千葉 銚子電鉄、千葉都市モノレール、舞浜リゾートライン、山万(ユーカリが丘線)
静岡 天竜浜名湖鉄道、遠州鉄道、静岡鉄道、岳南電車、大井川鉄道、(十国峠)
新潟 北越急行、えちごトキめき鉄道
長野 しなの鉄道、上田電鉄
愛知 名古屋市交通局、名古屋臨海高速鉄道(あおなみ線)、愛知高速交通(リニモ)、(名古屋ガイドウェイバス)
岐阜 長良川鉄道、樽見鉄道、明知鉄道、養老鉄道
冨山 万葉線、あいの風とやま鉄道、富山地方鉄道(鉄道・軌道)、黒部峡谷鉄道、(立山黒部貫光)
石川 のと鉄道、IRいしかわ鉄道、北陸鉄道
福井 えちぜん鉄道、福井鉄道
三重 三岐鉄道、伊賀鉄道、四日市あすなろう鉄道
滋賀 信楽高原鉄道、比叡山鉄道(ケーブルカー)
京都 京都市交通局、(丹後海陸交通)
大阪 大阪市高速電気軌道株式会社(大阪メトロ)、近畿日本鉄道、南海電気鉄道(2023年10月1日より導入)、泉北高速鉄道
兵庫 北条鉄道、(六甲山観光、こうべ未来都市機構(まやビューライン))
鳥取 若桜鉄道、智頭急行
岡山 井原鉄道株式会社、水島臨海鉄道、岡山電気軌道
島根 一畑電鉄
広島 広島電鉄、スカイレールサービス、広島高速交通(アストラムライン)
山口 錦川鉄道
愛媛 伊予鉄道
高知 とさでん交通、土佐くろしお鉄道
徳島 阿佐海岸鉄道
福岡 福岡市交通局、平成筑豊鉄道、甘木鉄道、西日本鉄道、筑豊電鉄、北九州モノレール、(皿倉登山鉄道)
長崎 松浦鉄道、島原鉄道、長崎電気軌道
熊本 熊本市交通局、肥薩おれんじ鉄道、熊本電気鉄道、くま川鉄道
鹿児島 鹿児島市交通局
沖縄 沖縄都市モノレール(ゆいレール)
旅客輸送を行っている鉄道事業者は全部で176社あり、このうち101社が精神障害者割引を導入しており、また3社が導入予定となっております。このように、全国の鉄道事業者のうち精神障害者割引を実施する事業者は未だ半分ほどしかないのが現状です。なお、東京都交通局、横浜市交通局、神戸市交通局は、精神障害者割引こそありませんが、精神障害をもつ在住の方に対し乗車料金が無料となる乗車証を交付しております。
また、全176社の中にはJR各社も含まれています。JRは「JR北海道」「JR東日本」「JR東海」「JR西日本」「JR四国」「JR九州」の6社ありますが、未だに全社で精神障害者割引を導入していません。そして、しばらくの間、大手私鉄と呼ばれる事業者で精神障害者割引を導入しているのは、西日本鉄道のみでした。2023年4月より、近畿日本鉄道が実施し始め、同年10月より、京王電鉄、京浜急行電鉄、南海電気鉄道が割引を開始するなど、大手私鉄でも導入の動きがありますが未だ大手で導入する事業者は決して多くありません。
都道府県別にJRを除いて精神障害者割引を実施している、または実施してない事業者の数を見てみると、東京圏、関西圏で精神障害者割引を導入していない事業者の割合が高いのに対し、その他の地方では割引を行っている事業者が多いことがわかります。とりわけ東京で運行している事業者18社のうち、導入予定も含め4社しか精神障害者割引がありません。事業者も公営、私鉄、第三セクターというように様々な種類がありますが、そういった種別にかかわらず東京ではほとんどの事業者が精神障害者割引を実施していないということになります。
精神障害者を割引の対象としない理由
なぜ事業者は割引を実施しないのでしょうか。精神障害者や鉄道などの特定の事柄に限らず、障害者割引の拡大に踏み切らないことに対し「割引制度を拡大すると他の利用者の負担が増す」「国からの保障がない中で拡大すると経営が厳しくなる」など、収益への影響を示唆する返答がしばしばされてきました。また、鉄道会社側は「必要な財源を負担するなどの政策を行っていない」、国は「運賃の設定を事業者の判断に委ねている」という立場をとっており、両者の間で溝が生じています。
「障害者政策委員会」ヒアリングにおける鉄道事業者による回答は、2014年のJR東日本職員によるものが最新となっております。その中での主旨は以下の通りです。
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- 合理的配慮がそもそもどこまでを言うのか
- 以前から要望があるのは認識している
- 障害者割引は国鉄時代から引き継いで行っているため、精神障害者割引も国策として行われるべき
また、当時回答した職員は自身の直観なものと前置きしたうえで、「首都圏で対応できたことが地方都市では対応できないケースもある」とも回答していますが、先述の通り、首都圏より地方都市の方が割引を行っております。これまで様々な団体や関係機関が各JRをはじめとした事業者に精神障害者割引を導入するよう伝えてきましたが、頑なに「国が政策として行うべき」という姿勢を崩さない事業者は少なくありません。
事業者への精神障害者割引に関する意見
この現状について、インターネット上ではどのような意見が挙がっているのでしょうか。まずは、X(旧Twitter)に寄せられた、ほんの一部ではありますが、投稿を紹介いたします。
#発達障害#拡散希望RTご協力お願い致します
【精神障害者保健福祉手帳所持者にもJR割引してください。】身体・知的障害は割引対象なのに、精神障害者は対象外なのは、障害者差別解消法に反しています。事実、精神・発達障害者の中に、働きたくても働けず、治療等の為に電車を使う人は多いです。— 久谷ひさたにASD@精神科退院後の自宅療養中。 (@hQaWWy4dMeUVcNG) July 7, 2023
身体障害手帳や療育手帳には割引サービスをしてくれるのに、精神は適応外の会社ってとても多いんだね。合理的な区別があるとはとても思えないし、精神障害者に対する差別では。JRさん、令和なんだから意識をアップデートしてほしいです。
— とは子 (@Ohoho555) July 1, 2022
JRの運賃割引に対して疑問。
なんで精神障害者手帳の人だけが割引ないんだろ?
精神障害者だって障害者ですよね。
電車に乗られては困る様な都合でもあるのでしょうか…。
見方によれば、差別されてるようにも思えてくる。
国の偉い人達、もし見てたらこの疑問、なんとかしてください!— りあ (@julia_riaria) June 10, 2021
この他にも、SNSやブログで精神障害者が運賃割引の対象外となっていることは差別であるという意見が多く寄せられており、こうした現状を肯定する意見については確認できませんでした。このことから、精神障害者割引の早期実現は、もはや見過ごすべきではない事案であるといえます。
請願提出から4年ーー国の対応は
2019年、国会において精神障害者の交通運賃に関する請願が採択されました。以下が請願の要旨の簡単な内容です。
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- 障害者基本法では、精神障害者も障害者と定めている
- 障害者差別解消法では、差別の解消を宣言している
- 障害者の移動において公共交通機関は必要不可欠である
- JRなどの交通運賃割引制度を精神障害者にも適用されるよう適切な措置を強く求める
請願書が担当する委員会の審査を経て本会議で採択されれば、内閣にてどう対応するかが決定されます。ただ、請願が内閣に送られたからといって特別な効力や実効性、強制力はありません。あくまで請願書による国民の意見を国が認知したという範囲に留まるのが現状です。
この請願の処理経過について、国土交通省は以下のように回答しています。
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- 障害者に対する運賃等割引については、各事業者の自主的な判断に基づき行われている。
- 精神障害者の乗車運賃等割引は、事業者に対し理解と協力を求めてきた。
- 精神障害者割引を実施している事業者は増加傾向である。
- 引き続き事業者に幅広く周知するなど精神障害者割引について理解と協力を求めたい。
請願の採択から4年が経過しますが、国会では相も変わらず質問されることはあっても本格的な議論まで至っていない状況が続いております。また、これまでに国土交通省も、会議などの場で厚生労働省や関係事業者等と意見交換するなど、引き続き機会を捉えて、公共交通事業者等に対して理解と協力を求めるという主旨の説明をしております。しかし、あまり具体的かつ積極的な取り組みが行われているとは言い難いのが現状です。
これまで割引の実施を求めるにあたり、当事者たちは多くの金銭的負担がある中で生活していることを伝えてきました。精神障害者の社会参加を促進させるためにも、今こそこうした実態に向き合い、国や事業者が交通運賃による負担の軽減に向けて積極的に取り組むことが求められます。
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