障害者雇用において取り組むべき課題の一つに、従業員の定着が挙げられます。独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター(2017)の調査によると、就労継続支援A型を含む就職先での定着率は、就職後3か月時点では 80.5%、1年時点では 61.5%であり、A型を除く一般企業の場合、3か月後で76.5%、1年後で58.4%となっております。この調査が行われてから5年以上経過しており、今とは状況が変化している可能性があることを留意する必要はありますが、結果から入社後の期間が長いほど低下する傾向があるといえます。これは就労継続支援A型や障害者求人、一般求人といった求人別、身体障害や精神障害といった障害別でも同様で、障害別では1年後の時点で、精神障害、身体障害、知的障害、発達障害の順に定着率が低くなっております。
雇用形態 | 就職後3か月時点の定着率 | 就職後1年時点の定着率 |
---|---|---|
就労継続支援A型含む全体 | 80.5% | 61.5% |
A型を除く一般企業 | 76.5% | 58.4% |
以上より、障害者の雇用は長続きしないという印象を受けられるかもしれませんが、労働のみならず障害者が抱える問題は必ずしもその特性が原因というわけではなく、環境からの影響によっても生じます。また、企業の取り組み次第で定着率を高めることもできます。この記事では、厚生労働省が公表するモデル事例から、定着率が高い企業を対象とした事例を中心に、いくつかの資料も交えて、行われることが多い取り組みを3つ紹介いたします。
従業員への個別対応
先ほど述べたように、障害は本人の特性だけが原因ではなく、置かれた環境との相互作用によって生じるものであるため、その際職場からの配慮があれば改善し、働きやすくなります。例えば、身体障害者のためにスロープや手すり、多目的トイレを設置する、精神障害者で人の視線が気になる場合、作業机の向きを変えたり、目隠しを作ったりするなどの個別対応が、障害者にとって負担の軽減となります。
事例としては、ある企業は採用面接時にまず本人やろう学校・特別支援学校の担当教諭より障害の特性から趣味や得意不得意、具体的な配慮事項などを確認します。採用が決まれば本人了承の上で配属予定の現場責任者や従業員と情報を共有し受け入れ体制を整え、障害者雇用担当者のみだけではなく現場で働く人も障害のある従業員のサポートに携われるようにしているとのことです。
また、採用時に障害のある社員一人ひとりにヒアリングを行うとともに、実際に業務に従事するなかで出てくる課題もあるため、採用後も必要に応じてヒアリングを行い、配慮してほしいことなどを把握することに努めている企業もあります。先述の精神障害者への対応は、こうした取り組みの一例です。このように、定着率の高い企業は仕事を円滑に進めるため、適性を考慮し個別の対応が行われている事例は少なくありません。
専門職の配置・連携
専属の精神保健福祉士やジョブコーチ(職場適応援助者)、職業生活相談員などといった専門職を配置するなど、連携して相談できる体制を整備することも定着率の向上に効果的といえます。ある企業では、障害者を雇用する際には、その障害者と現場をつなぐ者としてジョブコーチと相談し、どのような特性を持っているか、どのように関わればよいのか、などのノウハウを現場に理解してもらうようにしているそうです。また、別の企業では、ジョブコーチ、障害者職業生活相談員を配置し、定期的な巡回等での声掛けや必要に応じた面談、外部支援機関との連携を行い、定着を支援しています。
実践女子大学の倉持一准教授は、学会誌の記事の中で、研究のため調査・検証した2つの事例を紹介しています。それによると、どちらも専属の精神保健福祉士を雇用しています。そのうちの一つでは精神保健福祉士が親会社と特例子会社の双方に常在し、一般社員も気軽に精神保健福祉士に相談できる体制により、障害者雇用の社員に対する不必要な不安感を軽減させているそうです。もう一方では、障害者雇用の社員は、最低でも週に2回は精神保健福祉士とのコミュニケーションの時間を確保する権利を有しており、これをあえて制度化することで、気兼ねなく精神保健福祉士とコミュニケーションを取れるようにしているそうです。以上のように、障害に関する専門職と直ちに相談できることが、労働者の安心につながり、定着の促進に有効といえます。
外部機関との連携
障害者就業・生活支援センターや就労支援機関などの外部の専門機関と連携し、その職員と情報を共有するなどして雇用する障害者を支援するという事例も、定着率が高い企業にしばしば見受けられます。横浜市立大学の影山摩子弥教授は、企業を対象に行った調査において、外部機関とのネットワーク型連携が、定着という課題に対し一定の効果を持つ可能性があるということを示しています。
先述の高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センターの調査においても、支援機関からの定着支援の有無別に、1年後の定着率は「あり」の場合では73.2%で「なし」の場合では52.6%という結果となっております。このことから、外部機関との連携が定着に影響を与えることが示唆されます。
事例としては、当事者が障害者就業・生活支援センターに利用登録することを雇用の条件としており、実際に支援を受けるなかで、私生活からの影響など、職場が気付きにくい視点でも支援センターがフォローしてくれることで企業は職場定着の実現を感じているそうです。また、特別支援学校と連携し、職場での実習を受け入れる企業もあります。これは、実習を通じて職場の雰囲気や業務内容を理解させることで、入社後のミスマッチによる離職を防止することがねらいです。そして、入社後の卒業生についても、進路担当教諭などへ報告・連絡を行い、定期的に学校担当者の職場訪問を受け情報交換をすることもあります。以上より、企業だけではなく様々な機関とともに、雇用する障害者を見守る体制を整えることが定着に有効であるといえます。
最後に
以上より、定着率が高い企業で行われることが多い取り組みとして「従業員への個別対応」「専門職の配置・連携」「外部機関との連携」を紹介いたしましたが、障害者の雇用をめぐる問題への解決方法に必ずしも正解があるわけではありません。定着率を向上させるためには、こうした対応以外の工夫も求められることも考えられます。それでも、ここで紹介した取り組みを行うことは、離職の防止に一定の効果が期待できますので、こうした対応を実践する企業が今後増えることが、障害者が働き続けることができる社会を実現させるうえで一層望まれます。
▼参考
障害者職業総合センター「障害者の就業状況等に関する調査研究 」
障がい者雇用をめぐるネットワーク型地域連携の特性と意義 (横浜市立大学学術機関リポジトリ)
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