代理ミュンヒハウゼン症候群(MSBP)とは? 症状・診断・原因と対処法を紹介

代理ミュンヒハウゼン症候群(MSBP)とは? 症状・診断・原因と対処法を紹介

代理ミュンヒハウゼン症候群はあまり聞きなれない病名ですが、小児虐待の特殊型といわれる精神疾患の一種です。自分の子供をわざと病気にさせて入院させるのが特徴で、「病院を舞台にした虐待」ともいわれています。患者は母親のほうなのですが、子供の症状から病名を突き止めなければならない実に複雑な病気です。

ここでは、代理ミュンヒハウゼン症候群について理解を深めてもらうために、子供に現れる症状から原因と対処の仕方までわかりやすく解説していきます。

代理ミュンヒハウゼン症候群は”病気を装う”心の病

ミュンヒハウゼン症候群とは、健康な体に傷をつけたりわざと病気になったりして医療機関で診てもらうことを繰り返す虚偽性障害という精神疾患です。ミュンヒハウゼンというのは、ドイツの奇想天外な物語『ほら吹き男爵の冒険』の主人公の名前で、健康なのに病気を装う状態をほら吹き男爵になぞらえてミュンヒハウゼン症候群と名付けられたといわれます。

ミュンヒハウゼン症候群には、自分自身が病気を装うケースもありますが、自分の代わりに子供を病気に仕立てるケースもあり、これを代理ミュンヒハウゼン症候群(Munchausen Syndrome by proxy:MSBP)と呼びます。

代理ミュンヒハウゼン症候群は一種の小児虐待ですが、目的は子供に苦痛を与えることではありません。虐待が反射的・衝動的な行為であるのに対し、代理ミュンヒハウゼン症候群は綿密に仕組まれた計画的な行為といえます。

虐待者(主に母親)は子供を病気にさせて病院に連れて行きます。検査の結果、自分の思ったような診断がなされないとすぐに病院を変える「ドクターショッピング」を繰り返し、さまざまな診療科で検査を受けさせます。自分が満足できる結果が出て入院することになると献身的に看病し、医療スタッフにも協力的な態度をとります。その様子はだれの目にも子供を大事にする理想的な母親と映り、虐待する母親を想像することはできません。

では、代理ミュンヒハウゼン症候群の目的は何かというと、病気の子供を懸命に看病する母親として同情を集め、称賛されたい、高く評価されたいという、あくまでも自分の承認欲求を満たしたいためと考えられています。

これまでいくつもの病院を受診してきている母親は医学的な知識が豊かになっているため、症状の作り方は巧妙で、症状の訴え方も真に迫っています。そうしたことも代理ミュンヒハウゼン症候群に気づきにくくさせる一因となっています。

代理ミュンヒハウゼン症候群の主な症状

代理ミュンヒハウゼン症候群の患者は母親なのですが、子供に次のような症状が見られるときはこの障害が疑われます。症状を作り出す方法としてよく使われるものも示しておきます。

症 状 症状を作り出す方法・使われるもの
血 尿 動物の血や母親の血(生理血など)を子供の尿に混入する
たんぱく尿 粉ミルクを子供の尿に混入する
発 熱 体温計を操作して高熱を装う。熱が出たと嘘をつく
嘔 吐 催吐剤を投与する。嘔吐したと嘘をつく
下 痢 下剤や塩分などを投与する。下痢を起こしたと嘘をつく
発 赤 皮膚をこする。炎症を起こしたなどと嘘をつく
呼吸困難 鼻と口をふさいで窒息状態にする。薬物を投与する
けいれん 抗精神病薬などを投与する。頸動脈を圧迫する
抑うつ状態 抗けいれん薬やアスピリンなどを投与する

以上の症状から、代理ミュンヒハウゼン症候群は虚偽のタイプと捏造のタイプに分類することができます。

●虚偽による訴え
子供に危害を加えることはせず、起こってもいない症状を強く訴える虚言型です。
●捏造による訴え
子供の尿に自分の血を混ぜたり体温計を操作するなどして検査所見を捏造するタイプと、直接子供の体に危害を加えて症状を捏造するタイプがあります。

虚偽と捏造の両方のタイプに当てはまるケースもあります。いずれにしても、不必要な検査や治療、入院を強いられる子供には、母親に対する恐怖心や不信感を形成するきっかけとなってしまいます。

代理ミュンヒハウゼン症候群の診断のポイント

代理ミュンヒハウゼン症候群は精神科の領域ですが、ほとんどが小児科や内科、外科で発見されています。ほかの身体疾患なら「病気を発見する」ことが主眼となりますが、代理ミュンヒハウゼン症候群の場合は「病気を捏造している証拠を押さえる」という視点が必要となるため、さまざまな角度から検討されます。

治療歴を確認する

代理ミュンヒハウゼン症候群はドクターショッピングを繰り返し、検査や手術を何度も受けているので、ほかの医療機関での治療経過について情報を集めることが診断するうえで重要になります。

血液・尿検査をする

代理ミュンヒハウゼン症候群による子供の症状は、奇病といわれるような症状が多いため、各種の検査が行われます。原因不明のけいれんや呼吸困難などを起こしているときは、薬物投与を疑って血液検査や尿検査が不可欠です。覚醒剤、向精神薬、睡眠薬、農薬などを飲まされているケースもあり、より詳細な検査が必要な場合は、警察の科学捜査研究所や大学の法医学教室などで行われることがあります。

母親の様子も観察する

子供に現れている症状とともに母親の様子も観察して診断の手掛かりとします。たとえば、子供がひどく痛がっても動じることなく落ち着いている、手術を要する状態になったときも心配するより積極的に手術を受けさせようとするといった態度が見られるときは、代理ミュンヒハウゼン症候群の徴候と考えられます。

ビデオカメラを使って観察する

診察や検査結果からこの障害が疑われるとしても、患者(母親)はそれを容易に認めようとはしません。確定診断をするためには検査所見や症状を捏造した証拠を押さえる必要がありますが、意識障害を起こした場合などは時間が経過すれば痕跡はありませんし、抵抗した跡なども見られないので、外見からは意識障害を起こしたかどうかわかりません。母親のほうも虐待行為を見抜かれまいと必死に取りつくろいますから、証明するのは困難を極めます。

海外では入院中に母親と子供の様子をビデオカメラで24時間記録する診断法が取り入れられていますが、日本ではプライバシー保護の観点から個室にビデオカメラを設置するのは難しいため、ICUやNICUなど、監視カメラが設置されている病室やナースステーションから見える病室に入室させて、それとなく観察する方法が用いられています。

母親と子どもを分離する

軽症の場合は、母親と子供を最低3週間以上引き離し、その間は面会も中止します。重傷の場合は、母親に虐待が疑われるのでしばらく分離保護が必要であることをはっきり伝えます。母親と分離したことによって子供の症状が解消され、治療をしなくても症状が再燃しない場合は代理ミュンヒハウゼン症候群と確定診断をすることができます。もしも犯罪として立証しなければならない状況であれば、物的証拠を押さえる必要があるので警察と緊密な連携体制を取ることが求められます。

代理ミュンヒハウゼン症候群の原因と対処法

代理ミュンヒハウゼン症候群の原因はまだ解明されていませんが、幼少期の不適切な家庭環境やトラウマとなる虐待などが関与していると見られています。母親にあまり愛情を注いでもらうことができない子供が、病気をしたときに周囲の人に優しくしてもらったことが精神的利益となり、病気になれば同じ利益が得られると脳に刻み込まれたものと考えられています。代理ミュンヒハウゼン症候群の発症のきっかけは、幼少時に受けた手術であることが多く、医療スタッフに大切にされた記憶から入院や手術を必要とする病気を作り出しているという説もあります。

代理ミュンヒハウゼン症候群は、境界性パーソナリティ障害と関りがあると指摘されていますが、現段階では根本的な治療法は確立していません。虐待をする母親に対して最も大切なのは「治療意欲の形成」です。母親は自分が代理ミュンヒハウゼン症候群であることを受け入れられないことがあるので、医師は母親との対話を心掛けてメンタルサポートを続けていきます。そして、母親が「自分の行動を変容させたい」と思う段階に至れば治療目標もかなり達成されたということができます。

代理ミュンヒハウゼン症候群に陥る母親は、一見ふつうの母親です。もし、周囲の人が子供の様子に異変を感じることがあったら、虐待行為がエスカレートする前に児童相談所や市区町村の地域子供家庭支援センターに相談するようにしましょう。連絡した人の個人情報は守られることになっています。

【参考】
東京都福祉保健局 子供家庭支援センター
代理によるミュンヒハウゼン症候群 日本小児学会
特別な視点が必要な事例への対応 厚生労働省
虐待対応連携における医療機関の役割に関する研究 子ども家庭総合研究事業

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