東京マラソンをはじめ、近年、市民マラソンが大きな盛り上がりを見せてきました。多くのランナーがそれぞれの目標に向かって練習を重ね、スタートラインに立ちます。その中には、目の見えない、あるいは見えにくい「ブラインドランナー」と呼ばれるランナーたちもいます。
ブラインドランナーは、伴走者と呼ばれるパートナーとともに、同じゴールを目指すランナーです。今回は、ブラインドランナーと伴走者の絆に焦点を当て、彼らがどのようにして困難を乗り越え、レースを完走するのかを解説します。
視覚障害と伴走
視覚障害を持つアスリートと共に競技に挑む伴走者は、視覚障害のあるアスリートが安全に自分の持てる力を最大限に発揮できるよう支える、なくてはならないパートナーです。視覚障害にはさまざまな種類や程度があり、それぞれのアスリートに合わせた適切なサポートが必要です。
ここでは、伴走者を必要とする人々や、伴走の役割、伴走者になるための道のりについてご紹介します。
どのような人が伴走者を必要とするのか?
視覚障害には、全盲のように全く見えない状態から、弱視のように見えにくい状態までレベルがあります。また、視野が狭くなる「視野狭窄」や、色覚異常など、視覚障害の種類もさまざまです。
視野狭窄とは、見える範囲が狭くなることで、例えるなら、ストローから覗いているような状態です。色覚異常は、色を識別することが難しい状態で、赤と緑の区別がつきにくいといった症状があります。
これらの視覚障害を持つ方が、安全に、そして自分の力を最大限に発揮して競技に参加するために、伴走者の存在は欠かせません。
伴走が必要な競技とは?
伴走が必要となる競技は、陸上競技だけではありません。マラソンや駅伝などの長距離走はもちろん、スキーや自転車競技など、さまざまな競技で伴走者が活躍しています。
スキーで伴走者が前を滑り、声でコース状況や滑り方をブラインドランナーに伝える姿は代表的です。自転車競技ではタンデム自転車と呼ばれる二人乗りの自転車を使用し、伴走者が前席で操縦、ブラインドランナーが後席でペダルを漕ぎます。
伴走者の役割
伴走者は、ブラインドランナーにとって「目」となり「耳」となり、時には「足」となって、レースを共に戦います。その役割は多岐に渡り、単に隣を走るだけではありません。
- 安全の確保と誘導:コース状況や周りのランナーの動きなどをブラインドランナーに伝え、安全に誘導
- 情報提供:距離表示や給水地点の位置、コースの傾斜やカーブなど、レースに必要な情報を伝達
- ペース配分のサポート:ブラインドランナーの体力や体調に合わせて、適切なペースで走れるようにサポート
- 精神的な支え:励ましの言葉や、状況に応じたアドバイスをすることで、ブラインドランナーのモチベーションを維持
伴走者になるには?
伴走者になるための公式な資格制度は現状ありません。しかし多くの場合、伴走者になるためには、事前の講習会や練習会への参加が推奨されています。これは伴走に必要な知識や技術を習得し、ブラインドランナーとの信頼関係を築くための重要な機会です。
講習会では、視覚障害の種類や特性、伴走時の注意点、コミュニケーション方法などを学びます。また、練習会では実際にブラインドランナーとペアを組み、コースを走ったり、声かけの練習をしたりすることで、実戦的なスキルを身につけられます。
信頼関係で結ばれた二人三脚
ブラインドランナーと伴走者の関係は、単なる「導く側」と「導かれる側」という一方的なものではありません。二人三脚のように互いを理解し、支え合いながら一つの目標に向かって進む特別なパートナーシップです。その基盤となるのが、両者の間に築かれる強い信頼関係です。では、この不可欠な信頼関係は、どのように育まれていくのでしょうか。
信頼関係の重要性
ブラインドランナーと伴走者の間には、強い信頼関係が不可欠です。目の見えない状態で走るブラインドランナーにとって、伴走者はまさに命を預ける存在です。お互いを深く理解し、信頼し合うことで、初めて安全で快適なランニングが可能になります。
信頼関係を築くには
信頼関係を築くためには、日頃からのコミュニケーションが重要です。例えば、お互いの性格や趣味、好きな音楽などを共有したり、ランニング以外の時間を共に過ごすのも有効です。
また、レース前のコース確認や練習を通して、お互いの呼吸を合わせることも大切です。ブラインドランナーがどのようなペースで走りたいのか、どのような声かけを必要としているのかを理解し、それに合わせて伴走する必要があります。
コミュニケーション方法
ブラインドランナーと伴走者の間で交わされるコミュニケーションは、信頼関係を築き、維持する上で重要です。走行中の状況や変化を正確に伝え、安全で快適なランニングを実現するためには、言葉による的確な情報伝達と時には身体的な接触を通じた繊細なサポートが欠かせません。具体的なコミュニケーション方法について見ていきます。
言葉によるコミュニケーション
レース中、伴走者はブラインドランナーにさまざまな情報を伝えます。その際、状況を的確に伝えるためには、簡潔でわかりやすい言葉を使わなければなりません。例えば、「右に曲がるよ」「段差があるよ」「あと500メートルだよ」など、具体的な指示を明確に伝えます。
身体的なコミュニケーション
声だけでなく、身体的な接触を通してコミュニケーションをとる場合もあります。例えば、軽く肩や腕に触れることで、方向転換を知らせたり、ペースの変化を促したりします。ロープや紐を握って走り、より一体感を高める方法もあります。
レースでのドラマ
スポーツの世界には、数多くの感動的な場面がありますが、ブラインドランナーと伴走者が共に戦うレースには特別な輝きがあります。二人三脚で挑むレースは、時に予期せぬ困難に直面する場合もありますが、そこで発揮される強い絆と互いを信じる心が驚くべき力を生み出すのです。そんなレースを通して紡がれる物語をご紹介します。
レースにおける様々な状況
ブラインドランナーと伴走者が共に歩むレースでは、さまざまなドラマが生まれます。息の合った二人の走りで、目標タイムを達成する喜びもあれば、予期せぬアクシデントに見舞われることも場合もあります。
例えばコースを間違えてしまったり、転倒してしまったり、時には、伴走者自身の体調不良でレースを棄権せざるを得ないケースも少なくありません。
困難を乗り越えて
どんな困難に直面しても、ブラインドランナーと伴走者は、互いに励まし合い、支え合いながらゴールを目指します。そして、共にフィニッシュラインを越えた瞬間、そこには言葉では言い表せないほどの感動が生まれるのです。それは、単なるレースの完走ではなく、二人の絆が生み出した勝利と言えます。
東京マラソンでの挑戦
視覚障害のあるランナーにとって、一般市民と同じコースを走れることは大きな喜びであり、挑戦でもあります。
特に、国内最大級の市民マラソンである東京マラソンは、多くのブラインドランナーが夢見る特別な舞台です。都心の街並みを駆け抜け、沿道の声援を浴びながら、伴走者と共に42.195キロメートルを走り切る。その挑戦を支えているのが、大会が用意する充実したサポート体制です。
東京マラソンにおけるサポート体制
東京マラソンではブラインドランナーのために、専用のスタートエリアが設けられ、コース上にはボランティアスタッフが配置されるなどさまざまなサポート体制が整えられています。また、沿道からは多くの声援が送られ、ブラインドランナーたちを勇気づけます。
東京マラソンのような大規模な大会で、ブラインドランナーが安全安心に走ることができるのは、こうしたサポート体制があってこそです。そして、それは社会全体で多様なランナーがともに楽しめるマラソン大会を目指す取り組みの一環と言えます。
まとめ
ブラインドランナーと伴走者は、互いに信頼し合い支え合いながら、レースという困難に立ち向かいます。ブラインドランナーが教えてくれるのが「諦めない心」や「人と人とのつながり」の大切さです。東京マラソンは、ブラインドランナーがその力を発揮し、感動を分かち合うための舞台となっています。
特に、東京マラソンにおけるブラインドランナーへのサポート体制は、スポーツにおけるインクルーシブ(包括的)な環境づくりの模範です。障害のある人もない人も、ともにスポーツを楽しむことができる社会の実現に向けて、重要な一歩です。
参考:Sports Technology Blog|Assistive Tech That Supports Visually Impaired Runners
執筆者プロフィール

「情報は人を助ける力になる」をモットーに執筆活動を行うライター。
社会経験を活かし、消費者保護や労働法規の分野で独自調査を重ねている。得意分野は法制度や行政手続きのほか、キャリア形成論、ビジネススキル開発など。