「利用率わずか4%」の静かな拒絶——成年後見制度の見直しが問いかける「自分で決める」の重み

「利用率わずか4%」の静かな拒絶——成年後見制度の見直しが問いかける「自分で決める」の重み

成年後見制度って何?

成年後見制度」という言葉、聞いたことはあるけれど、具体的に何をする制度なのかはよくわからない—そんな方は多いのではないでしょうか。

成年後見制度とは、認知症、知的障害、精神障害などにより判断能力が十分でない人の権利や財産を守るため、家庭裁判所が「後見人」を選任する制度です。後見人は、本人に代わって預貯金の管理や不動産の売買、介護サービスの契約などを行います。

制度には3つの類型があります。

後見:判断能力がほとんどない場合。後見人に広範な代理権が与えられる
保佐:判断能力が著しく不十分な場合。重要な法律行為に保佐人の同意が必要
補助:判断能力が不十分な場合。本人が選んだ特定の行為について補助人が支援

2024年12月末時点で、成年後見制度の利用者数は約24万9,000人(最高裁判所「成年後見関係事件の概況」)。一見多いように見えますが、認知症の高齢者だけで約600万人以上と推計される中、利用率はわずか4%程度にとどまっています。

なぜ利用が進まないのか。そこには、制度をより使いやすく、優しいものにしていくための大切なステップがいくつかあります。

なぜこの制度は生まれたのか—「禁治産」から「成年後見」へ

成年後見制度の前身は、明治時代から続いた「禁治産・準禁治産制度」です。「禁治産者」という言葉が示すように、これは判断能力が不十分な人を「財産の管理を禁じられた者」として扱う、きわめて制限的な制度でした。戸籍に記載されるため社会的な烙印(スティグマ)にもなり、利用は忌避される傾向がありました。

2000年4月、介護保険制度のスタートと同時に、成年後見制度が施行されました。介護保険は「措置から契約へ」という理念のもと、利用者自身がサービスを選び、契約する仕組みです。しかし、判断能力が十分でない人が自分で契約できなければ、制度の恩恵を受けられません。そこで、契約社会を支えるセーフティネットとして成年後見制度が位置づけられたのです。

制度開始から25年。利用者数は増えましたが、同時に深刻な問題も顕在化してきました。
第一の問題は「一度始めたらやめられない」ことです。成年後見は原則として本人が亡くなるまで続きます。「一時的に支援が必要だっただけなのに、一生後見人がつく」というケースが少なくありません。

第二の問題は、本人の本当の願いを、どうすればもっと丁寧に汲み取れるか。いま、そのあり方が問い直されています。後見人は本人の「最善の利益」のために行動することが求められますが、実際には後見人の判断が優先され、本人が「こうしたい」と思っていることが実現しないケースがあります。たとえば、本人が「一人暮らしをしたい」と望んでいても、後見人が「リスクがある」と判断すれば、施設入所が選択されることがあるのです。

第三の問題は「費用負担」です。専門職後見人(弁護士や司法書士)が選任された場合、月額2万〜6万円程度の報酬が発生します。年間で24万〜72万円。これが本人の財産から支払われるため、資産の少ない人にとっては大きな負担です。

こうした問題を受けて、2024年、法制審議会に成年後見制度の見直しに関する諮問がなされました。「必要なときに必要な期間だけ利用できる制度」への転換が議論されています。

海外ではどうしているか—「代行決定」から「支援付き意思決定」へ

成年後見制度をめぐる国際的な潮流を理解するうえで、最も重要なのが国連障害者権利条約第12条です。この条文は、「障害者が生活のあらゆる側面において他の者との平等を基礎として法的能力を享有する」と定め、「代行決定(substituteddecision-making)」から「支援付き意思決定(supporteddecisionmaking)」への転換を求めています。

つまり、「本人に代わって誰かが決める」のではなく、「本人が自分で決められるように支援する」というパラダイムシフトです。

イギリスでは、2005年に施行された「意思能力法(MentalCapacityAct)」が、この理念を制度化しています。この法律の5原則は示唆に富みます。

1.すべての人は、反証がない限り意思能力があると推定される
2.本人の意思決定を助けるあらゆる実行可能な手段を尽くさなければならない
3.賢明でない決定をしたからといって、意思能力がないとは判断できない
4.意思能力がない人のために行われる行為は、その人の最善の利益のために行われ\なければならない
5.そのような行為は、本人の権利や行動の自由を最も制限しない方法で行われなければならない

特に3番目の原則——「賢明でない決定をする自由」を認めている点は、日本の制度運用と大きく異なります。

ドイツでは、1992年に後見制度を廃止し、「世話法(Betreuungsgesetz)」を導入しました。2023年の法改正では、本人の意思を最大限尊重する方向がさらに強化され、世話人は本人の「望み」に基づいて行動することが明確化されました。

オーストラリアのビクトリア州では、「支援付き意思決定」の試行プログラムが実施され、後見制度に頼らずに本人の意思決定を支援する実践が積み重ねられています。

私たちが考えなくてはいけないこと—「守る」と「縛る」の境界線

冒頭の問い、「後見人がいないと家を借りられない」は本当でしょうか。

法律上、賃貸借契約を結ぶために成年後見人が必須とされているわけではありません。しかし現実には、不動産会社や家主が「判断能力に不安がある」と判断した場合、後見人の選任を求めるケースがあります。法的な義務ではないのに、事実上の障壁になっている—これが「後見人がいないと家を借りられない」の実態です。

この問題は、住まいだけにとどまりません。銀行口座の開設、携帯電話の契約、保険の加入—「判断能力」を理由に、さまざまな場面で成年後見制度の利用が唯一の選択肢となってしまっている場面も見受けられます。本来、権利を守るための制度が、本人の選択肢を狭める道具になってしまっているのです。

2024年に閣議決定された「第二期成年後見制度利用促進基本計画」では、「権利擁護支援」の中核に「意思決定支援」を据える方針が示されています。社会保障審議会の障害者部会でも、障害福祉計画における意思決定支援の基本指針の見直しが議論されています。

しかし、制度を変えるだけでは十分ではありません。不動産会社の窓口で、銀行の窓口で、「この人は自分で決められるはず」と信じてもらえる社会——それは、私たち一人ひとりの意識にかかっています。

「守ること」と「縛ること」の境界線はどこにあるのか。その問いを、自分自身に向けてみてください。いつか自分が判断能力を失ったとき、誰に、どのように支えてほしいですか?成年後見制度の問題は、すべての人にとっての「自分ごと」なのです。

 

もう少し知りたい方へ
•厚生労働省「成年後見制度利用促進」ページ:基本計画、地域連携ネットワークの情報など•法務省「成年後見制度~成年後見登記制度~」:制度の仕組み、申立て手続きの解説

 

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