「成年後見制度」は誰のための制度か——意思決定支援という世界の潮流と、日本がいま問われていること

「成年後見制度」は誰のための制度か——意思決定支援という世界の潮流と、日本がいま問われていること

あなたの「決める権利」、誰かに預けていませんか?

「自分の暮らしのことは、自分で決めたい」——これは、障害のある人もない人も、誰もが当たり前に持っている願いです。ところが日本には、この「決める権利」そのものを他人に委ねてしまう仕組みが、法律として存在しています。それが成年後見制度です。 認知症の高齢者や知的障害・精神障害のある方の「権利を守るため」に作られたこの制度。でも実際には、本人が望んでいないのに財産を管理され、住む場所を決められ、契約を結ぶ自由を奪われてしまう——そんなケースが後を絶ちません。 2022年、国連障害者権利委員会は日本に対して、「代行決定の仕組みを廃止し、支援付き意思決定(Supported Decision Making)へ移行せよ」という明確な勧告を出しました。世界はすでに「本人に代わって決める」から「本人が決めるのを支える」へと舵を切っています。日本はなぜ、この流れに追いつけていないのでしょうか。 本記事では、成年後見制度の基本的な仕組みから、その歴史的背景、海外との比較、そして私たちが考えなくてはいけないことまで、一つひとつ紐解いていきます。

1. この制度って何?——成年後見制度をゼロから解説

ひとことで言うと

成年後見制度とは、判断能力が十分でないとされる人に対して、家庭裁判所が「後見人」を選び、その人に代わって財産管理や契約行為などを行わせる制度です。

3つの類型

成年後見制度には、本人の判断能力の程度に応じて3つの類型があります。
  • 後見:判断能力が「欠けているのが通常の状態」とされる場合。後見人にほぼすべての法律行為の代理権が与えられます。
  • 保佐:判断能力が「著しく不十分」とされる場合。重要な法律行為(不動産の売買、借金など)について保佐人の同意が必要になります。
  • 補助:判断能力が「不十分」とされる場合。本人の申立てにより、特定の行為について補助人の同意権・代理権が設定されます。
実際の利用状況を見ると、最高裁判所の統計では2023年12月時点で成年後見制度の利用者数は約24万9千人。そのうち約8割が最も権限の強い「後見」類型に集中しています。つまり、多くの利用者がほぼすべての法律行為を自分で行えない状態に置かれているということなんです。 また、後見人に選ばれるのは親族ばかりではありません。近年は約8割が弁護士・司法書士・社会福祉士などの専門職後見人です。月額2万〜6万円程度の報酬が本人の財産から支払われるため、「制度を使い始めたら、亡くなるまで毎月費用がかかり続ける」という経済的な負担も無視できません。しかも、現行制度では一度後見が開始されると、判断能力が回復しない限り原則として終了できないという硬直性も大きな課題です。

何が問題なのか

この制度の最大の問題点は、「保護」の名のもとに、本人の自己決定権が大幅に制限されてしまうことです。
  • 後見類型では、本人が行った契約を後見人が取り消せる(=本人の意思が事後的に否定される)
  • 本人が「この人に後見人になってほしい」と希望しても、家庭裁判所が別の人を選任することがある
  • 後見人と本人の間で意見が食い違った場合、後見人の判断が優先されがち
「守られている」はずなのに、「自分の人生を生きている実感がない」。当事者からそんな声が繰り返し上がっているのが現実です。

2. なぜこの制度は生まれたのか——歴史的背景を知る

「禁治産制度」からの脱却

成年後見制度の前身は、明治時代から続いていた「禁治産・準禁治産制度」です。「禁治産」という言葉自体が「財産を扱うことを禁じる」という意味であり、本人を社会から排除する色彩の強い仕組みでした。戸籍に記載されるため社会的なスティグマも大きく、利用は極めて限定的でした。 2000年4月、介護保険制度のスタートと同時に、成年後見制度が施行されます。介護保険によって福祉サービスが「措置(行政が決める)」から「契約(本人が選ぶ)」に変わったため、判断能力が十分でない人が不利益を被らないよう、契約を支援する仕組みとして導入されたのです。

「自己決定の尊重」は掲げられていたが……

制度設計の理念には、「自己決定の尊重」「残存能力の活用」「ノーマライゼーション」という3つの柱がありました。しかし実際の運用では、「本人を保護すること」が最優先され、「本人の意思を尊重すること」は後回しにされがちでした。 その結果、後見人が本人の意思を確認しないまま施設入所を決めたり、本人が望む買い物や外出を「浪費」として制限したりするケースが問題視されるようになります。制度の理念と運用の間に、大きなギャップが生まれてしまったんですね。

3. 海外ではどうしているか——「代行決定」から「支援付き意思決定」へ

日本の成年後見制度が「代行決定(Substituted Decision Making)」——つまり本人に代わって他者が決定を行う——を基本としているのに対し、国際社会はすでに「支援付き意思決定(Supported Decision Making)」へと大きく舵を切っています。

国連障害者権利条約(CRPD)第12条の衝撃

2006年に採択された国連障害者権利条約の第12条「法律の前にひとしく認められる権利」は、障害のある人も法的能力を完全に有することを明記しました。つまり、「判断能力が不十分だから、他の人に決めてもらう」という発想そのものを否定したのです。 条約が求めているのは、判断能力に困難がある人に対して、その人が自分で意思決定できるよう必要な支援を提供すること。決定を「代わりにする」のではなく、決定を「一緒に支える」という根本的な転換です。

イギリス:意思決定能力法(Mental Capacity Act 2005)

イギリスの意思決定能力法(MCA)は、以下の5つの原則を法律に明記しています。
  1. 能力の推定:すべての人は、反証がない限り意思決定能力があると推定される
  2. 支援の尽力:能力がないと判断する前に、あらゆる実行可能な支援を試みなければならない
  3. 不合理な決定の自由:客観的に「賢明でない」決定をしたからといって、能力がないとは判断できない
  4. 最善の利益:本人に代わって決定を行う場合は、本人の最善の利益に基づかなければならない
  5. より制限の少ない手段:本人の権利と自由を最も制限しない方法を選ばなければならない
特に注目すべきは原則3です。「その決定は間違っている」と周囲が思っても、本人が自分で決めたのであれば、それは尊重されるべきだという考え方。日本の後見実務では、後見人が「本人のため」と判断して本人の意思を覆すことが日常的に行われていますが、イギリスではそれ自体が原則違反になりうるのです。

オーストラリア:州レベルでの改革

オーストラリアでは、ビクトリア州やクイーンズランド州を中心に、後見制度の抜本的な見直しが進んでいます。2014年にはオーストラリア法改正委員会(ALRC)が報告書を公表し、「支援付き意思決定を法制度の中心に据えるべき」と提言しました。 具体的には、信頼できる人を「支援者」として登録し、本人の意思決定プロセスに関与してもらう仕組みが整備されつつあります。後見人のように「代わりに決める」のではなく、情報を分かりやすく伝えたり、選択肢を整理したり、本人の気持ちを引き出したりする「伴走型」の支援です。

スウェーデン:ゴッドマン制度

スウェーデンには「ゴッドマン(God man)」と呼ばれる制度があります。これは後見人とは異なり、本人の法的能力を奪わずに、日常生活の様々な場面でサポートを提供する仕組みです。ゴッドマンは本人の同意に基づいて選任され、本人の意思に反する行為はできません。約15万人が利用しており、「保護」ではなく「支援」を軸にした制度設計の好例とされています。

4. 私たちが考えなくてはいけないこと

日本はいま、どこにいるのか

2022年9月、国連障害者権利委員会は日本への総括所見(勧告)の中で、成年後見制度について「代行決定の仕組みを廃止し、支援付き意思決定に置き換えること」を明確に求めました。これは「改善してほしい」というお願いではなく、条約締約国としての義務に関わる重い指摘です。 これを受けて、日本国内でも動きが出ています。2024年には法務省の法制審議会で成年後見制度の見直しに向けた議論が本格化し、「必要なときだけ利用でき、不要になったら終了できる」制度への転換や、後見類型の一本化の見直しなどが検討されています。また、厚生労働省の障害者部会やDPI日本会議をはじめとする当事者団体も、「Nothing About Us Without Us(私たちのことを、私たち抜きに決めないで)」の理念に基づき、制度改革への積極的な提言を続けています。

でも、本当に変わるのか?

制度改革の議論は進んでいますが、課題は山積みです。
  • 支援者の担い手をどう確保するか:支援付き意思決定は、本人との信頼関係に基づく丁寧な関わりが必要です。現在の専門職後見人の報酬体系や人員体制で、それが可能なのか
  • 「意思決定が難しい人」への対応:重度の知的障害や認知症で、意思の表出自体が困難な方に対して、どのように「支援付き意思決定」を実現するのか。ここは世界的にも議論が続いている難題です
  • 不正防止と権利擁護のバランス:後見制度は、悪質な契約や経済的虐待から本人を守る機能も果たしてきました。支援付き意思決定に移行した場合、この「セーフティネット」をどう維持するのか
  • 社会全体の意識改革:「障害のある人は判断ができないから、誰かが代わりに決めてあげるべき」——この根深い意識が変わらなければ、制度だけ変えても実態は変わりません

読者の皆さんへの問いかけ

もしあなたが明日、事故や病気で判断能力が低下したとしたら。あなたの暮らし、あなたのお金、あなたの住む場所を、会ったこともない専門家が「あなたのために」決めることになったとしたら——それは「守られている」と感じるでしょうか。 成年後見制度の問題は、障害のある人だけの問題ではありません。高齢化が進む日本では、誰もが当事者になりうるテーマです。「自分で決める」ことの重みを、いま一度考えてみていただけたらと思います。

もう少し知りたい方へ

法務省「成年後見制度 ~成年後見登記制度~」:制度の概要、手続きの流れ、最新の法改正議論について公式情報がまとまっています。 https://www.moj.go.jp/MINJI/minji17.html 内閣府「障害者権利条約 日本についての総括所見(仮訳)」:2022年の国連勧告の全文(日本語訳)が掲載されています。第12条に関する指摘は特に必読です。 https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken/index_shogaisha.html 参照元(出典)
  1. 日本障害者協議会(jdnet.gr.jp)
  2. 第156回 社会保障審議会 障害者部会(令和8年6月5日開催予定)(wam.go.jp)
  3. 私たちの活動 | DPI日本会議(dpi-japan.org)
  4. 意見書・要望書 | 日本障害者協議会(jdnet.gr.jp)

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