
はじめに——月額1万6,000円で「働いている」と言えますか?
あなたは「工賃(こうちん)」という言葉を聞いたことがありますか?
私たちがふだん使う「時給」や「月給」とは違う、もうひとつの報酬の形。障害のある人たちが福祉サービスを利用しながら働く「福祉的就労」の現場では、受け取るお金を「工賃」と呼びます。
2022年度の厚生労働省の調査によると、就労継続支援B型事業所で働く人たちの月額平均工賃は約1万7,031円です。時給に換算すると約243円。最低賃金(2024年度の全国加重平均は1,055円)の4分の1にも届きません。
「それって、おかしくないですか?」
そう感じた方も多いと思います。でも、この仕組みには歴史的な経緯と制度上の理由があるんです。今回は、福祉的就労の中心にある「就労継続支援(A型・B型)」という制度を取り上げて、その成り立ち、海外との違い、そしてこれから私たちが考えなくてはいけないことを一緒に見ていきましょう。
1. この制度って何?——「就労継続支援A型・B型」を噛み砕いて説明します
福祉的就労とは
障害のある人の「働く」には、大きく分けて2つのルートがあります。
- 一般就労:一般企業に雇用され、労働基準法や最低賃金法が適用される働き方
- 福祉的就労:障害福祉サービスの枠組みの中で、支援を受けながら働く形
福祉的就労の代表的な制度が、障害者総合支援法に基づく「就労継続支援」です。これにはA型とB型の2種類があります。
A型とB型、何が違うの?
| 就労継続支援A型 | 就労継続支援B型 | |
|---|---|---|
| 雇用契約 | あり(労働者として雇用される) | なし(利用者として通う) |
| 最低賃金の適用 | 適用される | 適用されない |
| 月額平均報酬(2022年度) | 約8万3,551円 | 約1万7,031円 |
| 利用者数(2023年時点の概数) | 約8万人 | 約30万人以上 |
| 対象となる人 | 一般就労が難しいが、雇用契約に基づく就労が可能な人 | 雇用契約に基づく就労が困難な人 |
ここで重要なポイントがあります。B型事業所では雇用契約を結ばないため、利用者は法律上「労働者」ではなく「福祉サービスの利用者」という位置づけになるんです。だから最低賃金法の対象外になる。受け取るお金も「賃金」ではなく「工賃」と呼ばれます。
つまり、同じ「働く」という行為であっても、制度上は「労働」ではなく「訓練・支援の一環」として扱われている——これが福祉的就労の核心なんです。
2. なぜこの制度は生まれたのか——「保護」から「参加」への長い道のり
授産施設の時代
福祉的就労のルーツは、戦後に整備された「授産施設」にさかのぼります。1950年代から、障害のある人たちに「作業」を提供し、わずかでも収入を得る機会をつくることが目的でした。当時は「障害者は保護すべき存在」という考え方が主流で、「働く権利」という発想はまだ一般的ではありませんでした。
支援費制度から障害者自立支援法へ
2003年に導入された支援費制度を経て、2006年に障害者自立支援法(現・障害者総合支援法)が施行されます。このとき、従来の授産施設が再編され、現在の就労継続支援A型・B型という枠組みが生まれました。
法律の名前に「自立支援」とあるように、制度の目的は「いずれ一般就労に移行するためのステップ」として位置づけられていました。B型は訓練の場であり、スキルを身につけてA型へ、さらには一般企業へ——という「ステップアップモデル」が想定されていたんですね。
しかし、現実は
ところが実際には、B型から一般就労に移行できる人の割合は年間わずか数パーセントにとどまっています。多くの利用者にとって、B型事業所は「通過点」ではなく「長期的な居場所」になっているのが実情です。制度設計時の想定と、現場の実態の間に大きなギャップが生まれているんです。
3. 海外ではどうしているか——「日本だけの常識」に気づく
アメリカ:最低賃金以下の労働をめぐる転換点
アメリカでは長年、公正労働基準法(FLSA)のセクション14(c)という条項により、障害のある労働者に最低賃金以下の賃金(サブミニマムウェイジ)を支払うことが合法的に認められてきました。いわゆる「シェルタード・ワークショップ(保護作業所)」と呼ばれる仕組みです。
しかし近年、この制度は「障害者を労働市場から隔離し、低賃金を固定化している」として批判が高まっています。すでにメリーランド州やニューハンプシャー州など複数の州がサブミニマムウェイジを廃止。連邦レベルでも「Transformation to Competitive Integrated Employment Act」という法案が繰り返し提出され、保護的就労から競争的統合雇用(一般企業での対等な雇用)への転換が進んでいます。
ヨーロッパ:社会的企業という選択肢
イギリスやイタリアでは、社会的企業(ソーシャル・エンタープライズ)が障害者雇用の受け皿として大きな役割を果たしています。
特にイタリアの社会的協同組合(B型)は有名です。1991年に法制化されたこの仕組みでは、組合員の30%以上を障害者や社会的に不利な立場にある人が占めることが条件とされ、彼らは正規の労働者として雇用契約を結び、相応の賃金を受け取ります。税制上の優遇措置や公共調達での優先発注が、この仕組みを経済的に支えています。
スウェーデン:国が運営する社会的企業
スウェーデンでは、国営企業サムハル(Samhall)が約2万人の障害のある従業員を雇用しています。従業員は団体協約に基づく賃金を受け取り、一般企業への移行も支援されます。国が直接雇用の場を創出するという、日本とは大きく異なるアプローチです。
日本の制度が問いかけるもの
こうして比較すると、日本の福祉的就労制度が持つ特徴が浮かび上がります。
- 「支援」と「労働」を明確に分けていることで、B型利用者が労働者としての権利保障の外に置かれている
- 一般就労への移行率が低いまま、制度が長期化している
- 社会的企業への法的・制度的な支援が欧州に比べて手薄
海外が必ずしも正解というわけではありません。でも、「福祉の中の労働」と「労働の中の福祉」——どちらの方向から制度を設計するかで、当事者の暮らしは大きく変わるんですよね。
4. 私たちが考えなくてはいけないこと——「工賃」の先にある問い

工賃だけの問題ではない
月額1万7,031円という数字のインパクトは大きいですが、問題の本質は金額だけにあるわけではありません。
DPI日本会議をはじめとする当事者団体が指摘しているのは、「障害のある人が『労働者』として認められていない」という構造的な問題です。障害者権利条約第27条は、障害のある人が「他の者との平等を基礎として労働についての権利」を有すると明記しています。2022年に国連の障害者権利委員会が日本に対して出した総括所見(勧告)でも、保護的就労(シェルタード・ワークショップ)から開かれた労働市場への移行を促進するよう求められました。
「居場所」としての価値をどう守るか
一方で、現場からはこんな声も聞こえてきます。
「B型事業所は、私にとって社会とつながれる大切な場所。無理に一般就労を目指すのではなく、自分のペースで通える今の環境がありがたい」
これもまた、大切な当事者の声です。すべての人が一般企業で働くことを望んでいるわけではなく、B型事業所が日中活動の場、仲間とのつながり、生活リズムの維持といった多面的な役割を果たしていることは事実です。
問題は、「居場所としての価値」と「労働者としての権利」が二者択一になってしまっていること。安心できる環境を維持しながら、適正な報酬を得ることは、本来両立できるはずなんです。
私たちへの問いかけ
ここで、読者の皆さんに問いかけたいことがあります。
- あなたの職場の近くにあるB型事業所で、どんな製品やサービスが生まれているか知っていますか?
- その製品を「福祉だから」ではなく、品質やデザインで選んだことはありますか?
- 「障害者が働く」ということを、「支援してあげること」ではなく、「ともに働く社会をつくること」として考えたことはありますか?
工賃の問題は、福祉の専門家だけが考えればいい話ではありません。私たちが何を買い、どんな社会を望むのか——消費者として、市民として、一人ひとりに関わるテーマなんです。
制度を変えるのは政治の仕事かもしれません。でも、制度の前提にある「障害のある人の働きをどう評価するか」という価値観は、社会全体でつくっていくものだと思います。
もう少し知りたい方へ
- 厚生労働省「障害者の就労支援について」:就労継続支援A型・B型の制度概要、工賃の実績データなどがまとめられています。 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/service/shurou.html
- DPI日本会議「障害者の就労に関する提言」:障害者権利条約の視点から、福祉的就労の課題と改革の方向性を発信しています。当事者の声に触れることができます。 https://www.dpi-japan.org/
参照元(出典)
- ハートネット | NHK(heart-net.nhk.or.jp)
- 社会福祉施設等調査 | 政府統計の総合窓口(e-stat.go.jp)
- 私たちの活動 | DPI日本会議(dpi-japan.org)
執筆者プロフィール

主に福祉関連を中心に活動するライター
制度の枠組みから心の機微までを丁寧に言語化する傍ら、暮らしを彩るモノ・コトへの感性も鋭い。専門性の高い記事から、軽やかなエッセイ、実用的なレビューまで、多角的な視点で「日常の価値」を編み直す。