
朝、目覚めたときに「今日も暮らせる」と思えるか
朝、目が覚める。布団から出て、顔を洗い、朝食をとる。その当たり前の一日の始まりが、障害のある人にとっては「今月の生活費は足りるだろうか」「通院の交通費をどう捻出しよう」という不安と隣り合わせになっていることがある。
2025年5月、世界保健機関(WHO)が各国の健康格差を可視化した「国別健康格差プロフィール」を更新・公表した。同時期に、日本の厚生労働省は被保護者調査(令和7年2月分概数)の結果を公表し、年金生活者支援給付金法の改正案も国会審議が進んでいる。これら三つの動きを重ねて読むと、「障害」と「貧困」が交差する地点で何が起きているのか、その輪郭がくっきりと浮かび上がってくる。
本稿では、国際的なデータと国内の統計を突き合わせながら、「障害×貧困」の構造を解きほぐし、一人ひとりの暮らしの言葉に翻訳していきたい。
WHOが描く世界地図——健康格差は「運」ではなく「構造」
WHOの健康格差プロフィールは、所得階層・教育水準・居住地域・障害の有無といった社会的要因ごとに、各国の健康アウトカムを比較する枠組みだ。注目すべきは、障害のある人々が健康サービスへアクセスする際に直面するバリアが、先進国・途上国を問わず報告されている点である。
WHOの「World Report on Disability」以来繰り返し示されてきたデータによれば、障害のある人は必要な医療サービスを受けられない割合が障害のない人の2〜3倍にのぼる。また、障害のある人の世帯は、そうでない世帯に比べて可処分所得が低い傾向が各国で確認されている。これは個人の努力不足ではなく、就労機会の制約、追加的な生活コスト(介助費・移動費・補装具費など)、そして制度の隙間が重なった「構造的な問題」だとWHOは明確に指摘している。
つまり、健康格差は「たまたま病気になった」という運の話ではない。社会がどのような仕組みを用意しているか——あるいは用意していないか——によって生まれる格差なのだ。
被保護者調査が映す日本の現実
視点を日本に移そう。厚生労働省が公表した被保護者調査の概数によると、2025年2月時点の被保護実人員は約200万人。そのうち「障害者世帯」に分類される世帯は被保護世帯全体の約25〜26万世帯にのぼり、全体の約15%を占める。ただし、これは世帯類型上「障害者世帯」に分類されたものに限った数字であり、高齢者世帯やその他世帯に含まれる障害のある人を加えれば、実態はさらに大きい。
ここで立ち止まって考えたい。25万世帯という数字は、25万通りの朝がある、ということだ。ベッドから車いすに移乗して一日が始まる人、精神疾患の薬を飲んでから出勤の準備をする人、視覚障害のある子どもを学校に送り出す親。その一つひとつの朝が、生活保護という最後のセーフティネットによって、かろうじて支えられている。
「障害者世帯」の保護率はなぜ高いのか
障害のある人が生活保護に至る経路は複合的だ。主な要因を整理すると、以下のようになる。
1. 就労による収入の壁
障害者雇用促進法に基づく民間企業の法定雇用率は2024年4月から2.5%に引き上げられた。しかし、厚労省の「障害者雇用状況の集計結果」(2024年6月時点)によると、実雇用率は2.33%で、法定雇用率を達成している企業の割合は約50%にとどまる。さらに、雇用されていても短時間労働や非正規雇用が多く、平均賃金は一般労働者と比べて大きな開きがある。
厚労省の「障害者雇用実態調査」(令和5年度)によれば、身体障害者の平均月収は約23万5千円だが、知的障害者は約13万7千円、精神障害者は約14万9千円。障害種別によって収入格差が大きく、特に知的障害・精神障害のある人は、フルタイムで働いても生活保護基準を下回るケースが珍しくない。
2. 障害年金だけでは暮らせない現実
障害基礎年金の支給額は、1級で月額約8万5千円(2025年度)、2級で月額約6万8千円だ。一方、生活保護の生活扶助基準額は、単身・都市部で月額約7万5千円前後。ここに住宅扶助(上限約5万3千円前後、地域による)が加わると、最低生活費は月額12万〜13万円程度になる。
障害基礎年金2級の月額約6万8千円では、この最低生活費に約5〜6万円足りない。この「足りない分」を埋めるのが生活保護であり、実際に障害年金を受給しながら生活保護を併用している人は少なくない。年金があっても、それだけでは「暮らし」が成り立たないのだ。
3. 障害ゆえの追加コスト
見落とされがちなのが、障害があることで生じる追加的な生活コストだ。車いすのメンテナンス費、ヘルパーを呼ぶまでの待機中に使うオムツ代、感覚過敏に対応するための住環境整備、通院のためのタクシー代——公的制度でカバーされる部分もあるが、制度の対象外となる「こぼれ落ちるコスト」は当事者の自己負担として積み重なっていく。
英国の障害者団体Scopeが行った調査では、障害のある人は平均して月額約583ポンド(約11万円)の追加コストを負担しているという推計がある。日本では同種の大規模調査が十分に行われておらず、この「見えないコスト」の可視化自体が課題だ。
年金生活者支援給付金の改正案——届くべき人に届くか

現在、国会では年金生活者支援給付金法の改正案が審議されている。この給付金は、低所得の年金受給者に対して月額最大約5千円を上乗せする制度で、障害基礎年金の受給者も対象に含まれる。改正案では、物価変動に応じた給付額の改定ルールなどが論点となっている。
しかし、月額5千円という水準が、先に述べた「5〜6万円の不足」に対してどれほどのインパクトを持つのか。率直に言えば、焼け石に水と感じる当事者も多いだろう。もちろん、5千円は5千円分の食費であり、通院1回分の交通費であり、決して無意味ではない。だが、制度の根本的な設計——障害基礎年金の水準そのものや、追加コストへの公的補填のあり方——に踏み込まなければ、「障害×貧困」の構造は変わらない。
海外の視点を日本に持ち込むなら何が必要か
WHOの健康格差プロフィールは、各国に対して「健康の社会的決定要因」への介入を求めている。つまり、医療だけでなく、所得保障・住宅・教育・雇用といった社会政策全体を通じて健康格差を縮小せよ、というメッセージだ。
この視点を日本に適用するなら、少なくとも三つの課題が浮かぶ。
第一に、障害のある人の「追加コスト」を公的に把握し、給付設計に反映すること。英国では「Personal Independence Payment(PIP)」という制度が、障害の程度ではなく「日常生活における追加的な支援ニーズ」に基づいて給付額を決定する。日本の障害年金は等級制であり、生活実態との乖離が指摘されて久しい。
第二に、生活保護と障害福祉サービスの「つなぎ目」を滑らかにすること。現場では、生活保護のケースワーカーと障害福祉の相談支援専門員が別々に動き、情報共有が不十分なケースがある。当事者から見れば「同じ暮らし」なのに、制度の側が縦割りになっている。
第三に、健康格差データを自治体レベルで活用できる仕組みをつくること。WHOが国別プロフィールを公表する意義は、各国が自国の状況を客観的に把握し、政策に反映するためだ。日本でも、自治体ごとに障害のある住民の健康・生活データを分析し、地域の実情に合った施策を設計できる基盤が必要だ。
当事者の声を政策の真ん中に
制度を語るとき、私たちはつい「受給者数」「支給額」「雇用率」といった数字の世界に入り込んでしまう。しかし、その数字の一つひとつの背後には、名前を持った人がいて、その人の朝がある。
障害者権利条約の合言葉「Nothing About Us Without Us(私たちのことを私たち抜きに決めないで)」は、まさにこの場面で思い出されるべきだ。年金制度の改正も、生活保護の運用改善も、健康格差への政策対応も、当事者が議論のテーブルにいなければ、「届くべき人に届く制度」にはならない。
WHOのデータは世界の鏡であり、被保護者調査は日本の鏡だ。二つの鏡に映った姿を重ね合わせたとき、私たちが見るのは「障害があっても貧困に陥らない社会」への道のりが、まだ長いという現実だ。
けれど、道のりが長いことと、一歩も進めないことは違う。追加コストの可視化、制度のつなぎ目の改善、当事者参画の徹底——どれも今日から始められることだ。25万世帯の朝が、少しでも安心に近づくために、私たちメディアもまた、数字を「暮らしの言葉」に翻訳し続けたい。
参照元(出典)
- Newsroom(who.int)
- 被保護者調査(令和8年2月分概数)(mhlw.go.jp)
- 年金生活者支援給付金の支給に関する法律施行令の一部を改正する政令案に関する御意見の募集について(public-comment.e-gov.go.jp)
執筆者プロフィール

主に福祉関連を中心に活動するライター
制度の枠組みから心の機微までを丁寧に言語化する傍ら、暮らしを彩るモノ・コトへの感性も鋭い。専門性の高い記事から、軽やかなエッセイ、実用的なレビューまで、多角的な視点で「日常の価値」を編み直す。