成年後見制度、使ったら「自分で決められなくなる」?——いま知っておきたい「意思決定支援」という考え方

成年後見制度、使ったら「自分で決められなくなる」?——いま知っておきたい「意思決定支援」という考え方

「あなたのためだから」——その一言で、本人の人生が丸ごと誰かに委ねられてしまう。

成年後見制度という言葉を聞いたことがあるでしょうか。認知症の高齢者や、知的障害・精神障害のある方など、判断能力が十分でないとされる人の暮らしと財産を守るための制度です。とても大切な仕組みのはずなのに、いま「この制度を使ったら、かえって自分の人生を自分で決められなくなる」という声が当事者から上がっています。

この記事では、成年後見制度の基本を噛み砕いて説明したうえで、なぜこの制度が生まれたのか、海外ではどうしているのか、そしてこれから私たちが考えなくてはいけないことは何かを、一緒に見ていきたいと思います。

1. この制度って何?——成年後見制度をゼロから理解する

ひとことで言うと

成年後見制度とは、判断能力が不十分な方に代わって、家庭裁判所が選んだ「後見人」が財産管理や契約などの法律行為を行う仕組みです。2000年(平成12年)にスタートしました。

3つの類型

制度には、本人の判断能力の程度に応じて3つの類型があります。

  • 後見:判断能力が「ほとんどない」とされる場合。後見人にもっとも広い代理権が与えられる
  • 保佐:判断能力が「著しく不十分」とされる場合。重要な法律行為について同意権・取消権がある
  • 補助:判断能力が「不十分」とされる場合。本人の申立てにより、特定の行為について同意権等が付与される

このほか、まだ判断能力があるうちに自分で後見人を選んでおく「任意後見制度」もあります。

利用者の規模感

最高裁判所の統計によると、成年後見制度の利用者数は2023年末時点で約24万9千人。高齢化が進む日本で認知症の方は約700万人に達するとも推計されており、制度の潜在的な対象者に比べて利用率はかなり低い状態です。一方で、一度利用を始めると原則として本人が亡くなるまで続き、途中でやめることが極めて難しいという特徴があります。後見人への報酬は月額2万〜6万円程度が目安とされ、年間で24万〜72万円ほどの費用が本人の財産から支払われ続けることになります。

2. なぜこの制度は生まれたのか——「保護」の歴史をたどる

旧・禁治産制度からの転換

成年後見制度の前身は、明治時代に民法とともに導入された「禁治産・準禁治産制度」です。「禁治産」とは文字どおり「財産を扱うことを禁じる」という意味で、本人の戸籍に記載され、大きな社会的スティグマ(烙印)を伴いました。

2000年の民法改正で、この禁治産制度が廃止され、現在の成年後見制度に生まれ変わりました。改正の理念は「自己決定の尊重」「残存能力の活用」「ノーマライゼーション」の3つ。つまり、本人の意思をできるだけ尊重しようという思想のもとに設計されたはずだったのです。

「保護」が「支配」に変わるとき

ところが、制度の運用が進むにつれて、理念と現実のギャップが露わになっていきました。

  • 後見人が本人に会わないまま財産だけを管理するケースがある
  • 「本人のため」という名目で、本人が望む場所に住めない、好きなものを買えないといった制約が課される
  • 後見人による財産の横領・不正使用が年間数十億円規模で報告されている(最高裁調査では2021年に被害総額約26億円)

制度が本人を「守る」はずが、本人から「奪う」構造になってしまっている——これが、いま最も深刻な問題なんです。

3. 海外ではどうしているか——「代行決定」から「支援付き意思決定」へ

日本の成年後見制度は、後見人が本人に代わって決める「代行決定(substituted decision-making)」モデルが中心です。しかし、国際的な潮流は大きく変わりつつあります。

障害者権利条約(CRPD)第12条の衝撃

2006年に国連で採択された障害者権利条約(日本は2014年に批准)の第12条は、障害のある人も他の人と同じように「法的能力」を持つことを認め、その能力の行使に必要な「支援を受ける権利」を保障しています。

これは、「判断能力がないから誰かに代わってもらう」のではなく、「判断するために必要なサポートを受けながら、自分で決める」という発想の転換です。これを「支援付き意思決定(supported decision-making)」と呼びます。

2022年、国連の障害者権利委員会は日本に対する初めての審査(総括所見)で、成年後見制度の廃止を含む見直しを勧告しました。「代行決定の仕組みから、支援付き意思決定の仕組みへ移行すべきだ」という明確なメッセージだったのです。

イギリス——意思決定能力法(MCA 2005)

イギリスの意思決定能力法(Mental Capacity Act 2005)は、5つの基本原則を掲げています。

  1. 能力があると推定する——反証がない限り、すべての人に判断能力があるとみなす
  2. 支援を尽くす——あらゆる実行可能な支援を行ってから、はじめて「能力がない」と判断する
  3. 不合理な決定も尊重する——周囲から見て「賢明でない」決定をしたからといって、能力がないとは判断しない
  4. 本人の最善の利益——代行決定が必要な場合でも、本人の過去の意思・価値観を最大限考慮する
  5. 最も制限の少ない手段——本人の自由を最も侵害しない方法を選ぶ

特に原則3は印象的です。「ちょっと変わった選択をする人」を即座に「判断能力がない人」と決めつけない。当たり前のようで、日本ではまだ十分に共有されていない考え方ではないでしょうか。

ドイツ——世話法の改正(2023年)

ドイツは1992年に後見制度を廃止し「世話制度(Betreuung)」を導入しましたが、2023年の法改正でさらに本人の意思を重視する方向へ舵を切りました。世話人(Betreuer)は本人の「希望(Wünsche)」に拘束され、本人の意思に反する行為は原則として認められません

オーストラリア・カナダの動き

オーストラリアのビクトリア州やカナダのブリティッシュコロンビア州では、「支援付き意思決定」を法制度として導入する試みが進んでいます。信頼できる支援者のネットワークを公的に認め、本人が自分で契約や手続きを行えるようサポートする仕組みです。

こうして見ると、「本人に代わって決める」制度から「本人が決めるのを支える」制度へという転換は、もはや一部の国の実験ではなく、国際的なスタンダードになりつつあることがわかります。

4. 私たちが考えなくてはいけないこと

日本でも動き始めた改革

日本政府も手をこまねいているわけではありません。2022年に閣議決定された「第二期成年後見制度利用促進基本計画」では、「本人の意思決定支援を中核とする運用改善」が重点課題に掲げられました。また、厚生労働省は「意思決定支援ガイドライン」を策定し、福祉の現場での実践を促しています。

しかし、こうした動きはまだ「運用の改善」にとどまっており、制度の根本的な構造——一度始めたらやめられない、後見人に広範な代理権が集中する——は変わっていません。国連が求める「代行決定から支援付き意思決定への移行」には、民法そのものの改正が必要であり、法制審議会での議論が待たれるところです。

「意思決定支援」は特別なことではない

意思決定支援というと、何か専門的で難しいことのように聞こえるかもしれません。でも、本質はとてもシンプルなんです。

  • 本人にわかりやすい言葉や絵、写真を使って選択肢を伝える
  • 本人が安心して考えられる環境(場所・時間・人)を整える
  • 「この人は決められない」と決めつけず、まず「どうしたい?」と聞いてみる

私たちだって、大きな買い物をするとき、誰かに相談しますよね。情報を集めて、比べて、迷って、最後に自分で「これにしよう」と決める。そのプロセスを支えることが、意思決定支援の核心です。

「Nothing About Us Without Us」

障害者権利条約の策定過程で掲げられたスローガン「Nothing About Us Without Us(私たちのことを、私たち抜きに決めないで)」。この言葉は、成年後見制度の問題にもそのまま当てはまります。

本人の暮らしに関わるあらゆる決定に、本人が参加する。たとえ時間がかかっても、たとえ周囲が「非効率」と感じても、その人の人生の主人公はその人自身です。

読者への問いかけ

もしあなた自身が、ある日突然「あなたにはもう判断能力がない」と言われ、住む場所も、お金の使い方も、日々の暮らしの細かなことまで他人に決められるようになったら——どう感じるでしょうか。

成年後見制度の問題は、障害のある人や高齢の方だけの話ではありません。誰もがいつか当事者になりうる制度です。だからこそ、「自分ごと」として考えてみてほしいのです。

制度を使う人が「守られる」だけでなく、「自分の人生を生きられる」社会へ。その一歩は、この制度の存在と課題を知ることから始まるのだと思います。

もう少し知りたい方へ

厚生労働省「成年後見制度利用促進ポータルサイト」:制度の概要、意思決定支援ガイドライン、第二期基本計画の全文が閲覧できます。 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000202622.html

内閣府「障害者権利条約 対日審査 総括所見(仮訳)」:国連が日本に求めた勧告の内容を確認できます。 https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken/index_shogaisha.html

参照元(出典)

  1. 障害者施策|政策統括官(共生・共助担当)- 内閣府(www8.cao.go.jp)
  2. 日本障害者協議会(jdnet.gr.jp)
  3. 私たちの活動 | DPI日本会議(dpi-japan.org)
  4. 私たちの活動 | DPI日本会議(dpi-japan.org)

執筆者プロフィール

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