「雇用率の達成」で終わらせない——研究会報告書が描く、障害者が「働き続ける」ための設計図

「雇用率の達成」で終わらせない——研究会報告書が描く、障害者が「働き続ける」ための設計図

数字の向こう側にいる、一人ひとりの「月曜日の朝」

障害者雇用率が過去最高を更新した——そんなニュースを聞いて、「よかった」と思う人は多いだろう。けれど、私はいつも考えてしまう。その数字の中にいる一人ひとりは、月曜日の朝、どんな気持ちで職場に向かっているのだろうか、と。

厚生労働省の「今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会」が報告書を取りまとめた。この報告書が注目に値するのは、「雇用率の達成」という入口の話にとどまらず、「雇われた後」の時間——職場定着、キャリア形成、合理的配慮の質——にまで踏み込んでいる点だ。言い換えれば、「採用されること」ではなく「働き続けること」を制度の中心に据え直そうとする試みである。

現場で支援をしていた頃、就職が決まって笑顔で報告に来てくれた人が、半年後に「もう辞めたい」とうつむいて相談に来る場面を何度も見てきた。あの光景を思い出すたびに、この報告書が持つ意味の重さを感じる。

法定雇用率2.5%時代——数字の裏側で何が起きているか

2024年4月から、民間企業の法定雇用率は2.5%に引き上げられた(2026年7月にはさらに2.7%へ引き上げ予定)。厚労省の「令和5年 障害者雇用状況の集計結果」によれば、民間企業で働く障害者数は約64万2,178人と20年連続で過去最高を更新している。実雇用率も2.33%に達した。

数字だけを見れば、順調に見える。しかし、法定雇用率の達成企業割合は50.1%にとどまっている。つまり、約半数の企業がまだ基準に届いていない。そして、達成している企業の中にも、「とにかく数を満たす」ことが目的化し、配置や業務内容が本人の希望や能力と合っていないケースが少なくない。

さらに深刻なのは、職場定着率の問題だ。障害者職業総合センターの調査では、就職後1年時点の職場定着率は身体障害で約60.8%、知的障害で約68.0%、精神障害では約49.3%、発達障害で約71.5%とされている。精神障害のある人は、約2人に1人が1年以内に離職している計算になる。

この数字が意味するのは、毎年何万人もの人が「就職」と「離職」を繰り返しているという現実だ。雇用率が上がっても、その裏側で「働き続けられなかった」人たちの存在が見えにくくなっている。報告書が「雇用の質」に焦点を当てた背景には、こうした構造的な課題がある。

報告書の核心——「合理的配慮」を入口から日常へ

報告書が繰り返し強調しているのは、合理的配慮の「質」と「継続性」だ。

2024年4月から改正障害者差別解消法が施行され、民間事業者にも合理的配慮の提供が法的義務となった。しかし、現場では「最初の面談で配慮事項を聞いて終わり」というケースが珍しくない。障害の状態は変化するし、業務内容や人間関係も変わる。入社時に決めた配慮が、1年後にはまったく合わなくなっていることもある。

報告書は、合理的配慮を「一度決めたら終わり」ではなく、定期的に見直し、本人と対話しながら更新していくプロセスとして位置づけることを求めている。これは地味に見えるが、極めて重要な転換だ。「配慮」が固定的なメニューではなく、生きた対話になる。そこには、本人の声を聞き続ける仕組みが不可欠になる。

また、報告書は企業内での相談体制の強化にも言及している。現状、障害者雇用に関する相談窓口を社内に設けている企業は大企業に偏っており、中小企業では「誰に相談すればいいかわからない」という状況が生まれやすい。ジョブコーチ(職場適応援助者)の活用促進や、地域の就労支援機関との連携強化が具体策として挙げられている。

「キャリア形成」という、まだ遠い話

報告書のもう一つの重要な柱が、障害者のキャリア形成だ。

正直に言えば、「障害者のキャリアアップ」という言葉は、多くの職場ではまだ現実味を持って受け止められていない。障害者雇用で採用された人が、昇進したり、新しいスキルを身につけて業務の幅を広げたりする——そんな事例は確実に増えているが、まだ「例外的な成功談」として語られがちだ。

報告書は、障害のある労働者にも能力開発やキャリアアップの機会を体系的に提供することを企業に求めている。具体的には、障害者向けの研修プログラムの整備、人事評価制度における合理的配慮の反映、そしてテレワークやフレックスタイムなど柔軟な働き方の選択肢の拡充などが挙げられている。

ここで考えたいのは、「キャリア形成」とは必ずしも昇進や昇給だけを意味しないということだ。新しい仕事を任されること、「あなたがいて助かった」と言われること、自分の仕事に誇りを持てること——それも立派なキャリアだ。報告書が「多様なキャリアパス」という表現を使っているのは、画一的な成長モデルを押しつけるのではなく、一人ひとりの「働きがい」を大切にするという姿勢の表れだと読みたい。

精神障害・発達障害のある人の「働きづらさ」にどう向き合うか

近年の障害者雇用の増加を牽引しているのは、精神障害や発達障害のある人たちだ。2018年に精神障害者の雇用義務化が始まって以降、精神障害者保健福祉手帳を持つ人の雇用者数は急増している。

しかし、前述のとおり精神障害のある人の職場定着率は最も低い。その背景には、障害が外見からわかりにくいために周囲の理解が得られにくいこと、症状の波があり「調子のいい日と悪い日」の差が大きいこと、そしてストレスフルな環境が症状を悪化させやすいことがある。

報告書は、精神障害・発達障害のある人への支援について、医療機関・就労支援機関・企業の三者連携の重要性を指摘している。たとえば、主治医の意見を職場の配慮に反映させる仕組みや、体調の変化に応じて勤務時間を柔軟に調整できる制度の整備などだ。

私が現場にいた頃、ある統合失調症の男性が「薬の副作用で朝がつらい」と話してくれたことがある。始業時間を1時間遅らせるだけで、彼の表情は驚くほど変わった。制度の話は大きく聞こえるが、実際に人の暮らしを変えるのは、こうした「小さな調整」の積み重ねだ。

福祉的就労と一般就労の「あいだ」を埋める

報告書がもう一つ重要な論点として取り上げているのが、福祉的就労(就労継続支援A型・B型)と一般就労の接続だ。

現在、就労継続支援B型事業所の平均工賃は月額約1万7,031円(令和4年度)。一方、最低賃金は全国加重平均で1,004円(2023年度)を超えている。この圧倒的な格差の中で、福祉的就労から一般就労への移行率は依然として低い。

報告書は、この「あいだ」を埋めるために、就労選択支援(2025年10月施行予定)の活用を重視している。これは、障害のある人が自分の働き方を選択する際に、アセスメント(就労能力や適性の評価)を受けられる新しいサービスだ。本人の希望と能力を丁寧にすり合わせ、「一般就労か福祉的就労か」という二者択一ではなく、段階的に移行していく道筋を描くことが期待されている。

ただし、この仕組みが「本人の意思」を本当に尊重するものになるかどうかは、運用次第だ。アセスメントの結果が「あなたにはまだ一般就労は無理です」という振り分けの道具になってしまっては、本末転倒である。当事者の「働きたい」という気持ちを出発点にする——その原則が現場で守られるかどうかを、私たちは注視していく必要がある。

企業に求められる「覚悟」と、社会に求められる「想像力」

報告書の内容を実行に移すには、企業側にも相応の覚悟がいる。合理的配慮の継続的な見直し、キャリア形成の支援、相談体制の整備——いずれもコストと手間がかかる。特に中小企業にとっては、「そこまでの余裕がない」というのが本音だろう。

だからこそ、助成金制度の拡充や、好事例の共有、地域の支援機関との連携強化が欠かせない。障害者雇用納付金制度(法定雇用率未達成の企業から徴収し、達成企業に調整金を支給する仕組み)の見直しも議論されており、「罰則」から「支援」へと制度の重心を移していくことが求められている。

そして、私たち一人ひとりにも問いかけたい。隣の席で働く障害のある同僚が、何に困っていて、何を望んでいるか——想像したことはあるだろうか。制度がどれだけ整っても、最後にものを言うのは、職場の中の「人と人との関係」だ。

小さな希望を、制度の中に埋め込む

報告書は、あくまで「設計図」だ。これが実際の建物——つまり、一人ひとりの「働き続ける日常」——になるかどうかは、これからの政策と現場の実践にかかっている。

それでも、「雇用率の達成」から「雇用の質」へと議論の軸が動き始めたことは、確かな一歩だと思う。数字の向こう側にいる人たちの顔を思い浮かべながら、制度をつくる。その姿勢が報告書から読み取れることに、私は小さな希望を感じている。

月曜日の朝、少しだけ足取りが軽くなる人が増えること。この報告書が目指しているのは、きっとそういうことだ。

<参考資料> 厚生労働省「今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会」報告書 厚生労働省「令和5年 障害者雇用状況の集計結果」 障害者職業総合センター「障害者の就業状況等に関する調査研究」 厚生労働省「令和4年度工賃(賃金)の実績について」

参照元(出典)

  1. 今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会 報告書(令和8年2月6日公表)(wam.go.jp)
  2. 第13回 今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会(令和8年1月30日開催)(wam.go.jp)
  3. 第12回 今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会(令和7年12月24日開催)(wam.go.jp)
  4. 第11回 今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会(令和7年12月1日開催)(wam.go.jp)
  5. Greater investment in care could create almost 300 million jobs | International Labour Organization(ilo.org)

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