「あなたは、どこに住みたいですか?」「どんな暮らしがしたいですか?」
こう聞かれたとき、多くの人は「自分で決めるのが当たり前でしょ」と思うかもしれません。でも、認知症や知的障害、精神障害などによって判断能力に困難を抱える人たちにとって、この「当たり前」は長い間、当たり前ではありませんでした。
本人に代わって誰かが決める——それが日本の成年後見制度の基本的な姿だったからです。
いま、この仕組みが大きく見直されようとしています。キーワードは「意思決定支援」。本人の代わりに決めるのではなく、本人が自分で決められるように支える、という考え方です。
今回は、この「意思決定支援」という言葉を一つひとつ噛み砕きながら、なぜ今これが重要なのか、海外ではどうなっているのか、そして私たちは何を考えなくてはいけないのかを整理してみたいと思います。
1. この制度(用語)って何?——「意思決定支援」をかみ砕く
「代行決定」と「支援付き意思決定」のちがい
まず、2つの考え方を比べてみましょう。
| 代行決定(従来型) | 支援付き意思決定 | |
|---|---|---|
| 主語 | 後見人・支援者 | 本人 |
| 支援者の役割 | 本人に代わって決める | 本人が決められるよう手助けする |
| 本人の意思 | 「最善の利益」として支援者が判断 | 本人の意思・選好を最大限尊重する |
| リスク | 本人の望みが置き去りになりやすい | 支援に手間と時間がかかる |
「意思決定支援」とは、ひとことで言えば「本人が自分の人生を自分で選べるように、周囲が環境を整え、情報をわかりやすく伝え、気持ちを引き出す営み」のことです。
たとえば——
- 難しい契約書の内容を、イラストやわかりやすい言葉に置き換えて説明する
- 「施設に入るか、自宅で暮らすか」を決めるとき、実際に体験してもらう機会をつくる
- 本人の表情やしぐさ、過去の生活歴から「この人はこういうことを大切にしてきた」を読み取る
こうした丁寧なプロセスを経て、本人の「望み」にたどり着こうとするのが意思決定支援なんです。
成年後見制度のおさらい
成年後見制度は、2000年に介護保険制度と同時にスタートしました。判断能力が十分でない人の財産管理や契約行為を保護するための制度で、家庭裁判所が後見人を選任します。
2024年12月時点で、成年後見制度の利用者数は約25万人。一方、認知症の人だけでも約600万人以上と推計されており、制度の利用率は決して高くありません。「使いにくい」「一度始めたらやめられない」「本人の意思が反映されない」といった声が、利用をためらわせる要因として指摘されてきました。
2. なぜこの考え方は生まれたのか——「本人不在」への反省
日本の制度が抱えてきた問題
成年後見制度には、長年にわたって構造的な課題がありました。
- 本人の意思より「保護」が優先されがち:後見人が「本人のため」と判断して、本人が望まない施設入所や財産処分を行うケースが報告されてきました
- 終了が難しい:判断能力が回復しても、制度利用をやめる手続きが煩雑で、事実上「一生もの」になりやすかった
- 後見人の不祥事:親族後見人による財産の使い込みは、最高裁の調査で年間約30億円規模にのぼった時期もありました(2014年頃のピーク時)
こうした問題の根底にあったのは、「本人の意思を聴く」プロセスが制度の中に十分に組み込まれていなかったということです。
障害者権利条約がもたらした転換点
2006年に国連で採択された障害者権利条約の第12条は、「法律の前にひとしく認められる権利」を定めています。そして2014年、国連障害者権利委員会が出した一般的意見第1号は、代行決定モデルから支援付き意思決定モデルへの転換を各国に求めました。
この一般的意見のメッセージは明確です。「判断能力が不十分であること」は、法的能力を奪う理由にはならない。
日本は2014年に障害者権利条約を批准しましたが、2022年に国連から受けた総括所見(勧告)では、成年後見制度について「代行決定の仕組みを廃止し、支援付き意思決定に置き換えるべき」と厳しく指摘されています。
つまり、意思決定支援は「あったらいいな」ではなく、国際的に求められている義務なんですよね。
3. 海外ではどうしているか——「日本だけの常識」に気づく
オーストラリア:法律で「支援付き意思決定」を明文化
オーストラリアのビクトリア州やクイーンズランド州では、後見法の中に支援付き意思決定の枠組みが明記されています。具体的には、
- 「支援付き意思決定協定(Supported Decision-Making Agreement)」を本人と支援者が結ぶ仕組みがある
- 支援者は本人の代わりに決めるのではなく、情報収集や選択肢の整理を手伝う役割
- 支援がうまくいかない場合に初めて、後見的な介入が検討される(「最後の手段」としての後見)
この「最後の手段(last resort)」という発想は、日本の制度設計とは大きく異なります。日本では後見が「入口」になりがちですが、オーストラリアでは後見は「出口」に近い位置づけなんです。
カナダ:地域密着型の意思決定支援プログラム
カナダのブリティッシュコロンビア州では、「Representation Agreement(代理協定)」という独自の制度があり、本人が信頼する人を「代理人」に指名して、日常的な意思決定のサポートを受けることができます。
注目すべきは、この制度が法的な判断能力テストを必要としない点です。「この人は能力があるかないか」を判定するのではなく、「この人がどんな支援を必要としているか」に焦点を当てる。この発想の転換は、日本にとっても大きな示唆を含んでいます。
北欧:パーソナル・オンブズマン制度
スウェーデンでは、精神障害のある人を対象に「パーソナル・オンブズマン(PO)」制度が運用されています。POは行政からも医療機関からも独立した立場で、本人の側に立って意思決定を支援します。年間約6,000人が利用しており、制度の運営コストは1人あたり年間約5,000ユーロ(約80万円)程度とされています。
このコスト感は、不適切な後見による財産被害や、本人の意思に反した施設入所の社会的コストと比較すれば、決して高くないという評価がされています。
4. 私たちが考えなくてはいけないこと

日本の改革はどこまで来ているのか
2024年から2025年にかけて、日本でも成年後見制度の見直し議論が加速しています。社会保障審議会福祉部会の報告書では、以下のような方向性が示されました。
- 「必要なときに、必要な範囲で」利用できる制度への転換(終身利用の見直し)
- 意思決定支援を担う専門職の育成(研修プログラムの整備)
- 本人と支援者のコミュニケーションツールの開発
- 市町村の中核機関の体制強化
また、障害者基本計画(第5次)の実施状況のフォローアップにおいても、意思決定支援の推進は重要項目として位置づけられています。
それでも残る課題
しかし、課題は山積みです。
① 支援者は誰がなるのか
意思決定支援は、時間と手間がかかる営みです。現場の福祉専門職はすでに人手不足の中で働いており、「丁寧に本人の声を聴く時間」を確保すること自体が難しい現実があります。支援者の報酬体系や配置基準の見直しなしには、理念だけが先行してしまう恐れがあります。
② 「意思」をどう捉えるか
重度の知的障害や認知症の進行により、言葉で意思を表明することが困難な人もいます。そうした場合に、表情やしぐさ、生活歴から「本人の意思と推定されるもの」をどう読み取るのか。これは哲学的な問いでもあり、マニュアル化できない部分が残ります。
③ 「リスク」との向き合い方
本人の意思を尊重した結果、客観的には「不利益」に見える選択をすることもあり得ます。たとえば、医師が勧める治療を断る、経済的に不合理な契約を結ぶ——。「本人の意思の尊重」と「保護」のバランスをどこに置くのか。この問いに唯一の正解はありません。
読者への問いかけ
最後に、少し立ち止まって考えてみてほしいことがあります。
私たちは日常の中で、無数の意思決定をしています。今日のお昼に何を食べるか、どの電車に乗るか、転職するかしないか。その一つひとつを「自分で決められる」ことを、ふだん意識することはほとんどありませんよね。
でも、もしある日突然、自分の意思が「あなたには判断能力がないから」という理由で無視されたら——。
「Nothing About Us Without Us(私たちのことを、私たち抜きに決めないで)」
障害者権利条約の精神を象徴するこの言葉は、特別な誰かだけに向けられたものではありません。すべての人が「自分の人生の主人公でいられる社会」をどうつくるか。意思決定支援という言葉の奥には、その問いが横たわっています。
もう少し知りたい方へ
厚生労働省「意思決定支援ガイドライン」(障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドライン) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/index.html
法務省「成年後見制度の見直しに向けた検討」 https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00012.html
参照元(出典)
- 第87回 障害者政策委員会(令和8年1月29日開催)(wam.go.jp)
- 社会保障審議会 福祉部会 報告書(令和7年12月18日公表)(wam.go.jp)
- 第154回 社会保障審議会障害者部会・第18回 こども家庭審議会障害児支援部会 合同会議(令和8年1月19日開催)(wam.go.jp)
執筆者プロフィール

主に福祉関連を中心に活動するライター
制度の枠組みから心の機微までを丁寧に言語化する傍ら、暮らしを彩るモノ・コトへの感性も鋭い。専門性の高い記事から、軽やかなエッセイ、実用的なレビューまで、多角的な視点で「日常の価値」を編み直す。