
17歳の冬、届いた一通の通知
ある難病を抱える高校生のもとに、自治体から一通の書類が届く。「小児慢性特定疾病医療費助成の有効期間は、18歳の誕生日の前日までです」——。それまで当たり前のように受けてきた医療費助成が、誕生日を境に消えてしまう。次の制度に自分が該当するのか、どんな書類を揃えればいいのか、誰に相談すればいいのか。本人も家族も、手探りのまま「大人の制度」の入口に立たされる。
この断絶は「18歳の崖」と呼ばれてきた。令和7年5月23日に開催された厚生科学審議会の小児慢性特定疾病対策部会と難病対策委員会の合同委員会では、まさにこの崖をどう埋めるかが議論の焦点となった。本稿では、両部会の議論を手がかりに、制度の谷間に落ちかねない若者たちの「暮らしのリアル」を見つめたい。
二つの制度、二つの世界
日本には、子どもの難病を支える「小児慢性特定疾病対策」と、大人の難病を支える「指定難病制度」という二つの枠組みがある。前者は788疾病、後者は341疾病(令和7年4月時点)が対象だ。数字を見るだけで分かるように、子ども時代には支援の対象だった疾病が、大人になった途端に制度の網からこぼれ落ちるケースが構造的に存在する。
小児慢性特定疾病の医療費助成を受けている子どもは全国で約12万人。このうち、18歳を迎えて成人の指定難病制度へ移行する年齢層は毎年一定数いるが、移行先の指定難病に該当しない疾病を持つ若者は、助成の空白地帯に放り出される。たとえば、小児期に診断された先天性代謝異常症の一部や、小児がんの晩期合併症を抱える若者などは、「子どもの病気」としては支援されても、「大人の難病」としては認定されにくい。
医療費助成がなくなるということは、月々の自己負担が数千円から数万円単位で跳ね上がることを意味する。高額療養費制度があるとはいえ、18歳や20歳の若者にとって、年間数十万円の医療費負担は進学や就職の選択肢そのものを狭める。ある当事者団体の調査では、移行期に医療費負担を理由に通院頻度を減らした経験があると回答した若者が4割を超えたという報告もある。通院を減らすということは、病状の悪化リスクを自ら引き受けるということだ。
合同委員会で何が議論されたのか
令和7年5月23日の合同委員会では、小児慢性特定疾病から指定難病への移行(トランジション)に関する課題が改めて俎上に載せられた。論点は大きく三つに整理できる。
第一に、疾病対象の不一致の解消。小児慢性特定疾病の対象でありながら指定難病の対象になっていない疾病について、指定難病への追加を検討する作業が進められている。令和7年度中に指定難病検討委員会で新たな疾病の追加についてパブリックコメントを経た上での結論が出される見通しだ。ただし、指定難病の認定には「患者数が人口の0.1%程度以下」「客観的な診断基準が確立している」などの要件があり、すべての小児慢性特定疾病がそのまま指定難病に移行できるわけではない。ここに制度設計上の根本的なジレンマがある。
第二に、移行期医療の体制整備。小児科から成人診療科への引き継ぎが円滑に行われていないケースが多い。小児科医が長年診てきた患者を、成人診療科の医師がそのまま引き継げるとは限らない。疾病によっては成人期の症例が少なく、診療経験を持つ医師自体が限られる。合同委員会では、移行期医療支援センターの設置状況が報告されたが、全都道府県に設置されているわけではなく、地域間格差が依然として大きいことが指摘された。
第三に、医療費助成だけでなく「暮らし全体」の移行支援。18歳の崖は医療費だけの問題ではない。自立支援医療、障害福祉サービス、就労支援、住居の確保——。これらが縦割りのまま存在し、一人の若者の生活を横断的に支えるコーディネーターが不在であることが、繰り返し課題として挙げられた。
数字の向こうにある「朝の風景」
制度の話をしていると、つい数字と条文の世界に閉じこもりがちになる。でも、少し立ち止まって想像してみたい。
18歳で医療費助成が切れた若者が、毎月の薬代を払うためにアルバイトのシフトを増やす。体調を崩しやすい体で、週5日働くのは簡単ではない。通院日にシフトを入れられず、収入が減る。収入が減ると、次の通院を先延ばしにする。先延ばしにした結果、症状が悪化して入院する——。この悪循環は、決して架空の話ではない。
小児慢性特定疾病の医療費助成における自己負担上限額は、所得に応じて月額0円から15,000円程度に設定されている。一方、成人の指定難病制度に移行できた場合でも、自己負担上限額は月額2,500円から30,000円に上がる区分がある。移行できなかった場合は、通常の3割負担だ。年間の医療費が100万円を超える疾病も珍しくない中で、3割負担は年間30万円以上。これは、一人暮らしを始めたばかりの若者の家賃数ヶ月分に相当する。
海外の事例から見えるもの
移行期医療の課題は日本だけのものではない。イギリスのNHS(国民保健サービス)では、14歳頃から成人医療への移行準備を始める「Ready Steady Go」プログラムが広く導入されている。段階的に、自分の病気について自分で説明できるようになること、自分で予約を取れるようになること、医師と一対一で話せるようになることなど、「医療の自立」を数年かけて支援する仕組みだ。
また、カナダのオンタリオ州では、小児期の慢性疾患を持つ若者が25歳まで小児医療チームのフォローを受けられる移行期間を設けている例もある。日本の制度に直接移植することは難しいが、「18歳で一律に線を引く」のではなく、「移行に必要な時間を制度の中に組み込む」という発想は参考になるだろう。
日本で同様の仕組みを導入するならば、移行期医療支援センターの全国展開に加え、小児科と成人診療科の「共同診療期間」を診療報酬上で評価する仕組みが必要になる。現行の診療報酬体系では、移行期の引き継ぎに時間をかけても、医療機関の収入にはほとんど反映されない。制度を変えるなら、現場が動ける経済的な裏付けもセットでなければ、絵に描いた餅になる。
当事者・家族・支援者、それぞれの「崖」

この問題を考えるとき、立場によって見える景色が違うことも忘れてはならない。
当事者にとっての崖は、「自分の病気を自分で引き受ける」ことへの不安だ。それまで親が手続きをし、小児科医が全体を見てくれていた世界から、突然「自分で動いてください」と言われる。病気と向き合いながら、制度の迷路を一人で歩く心細さは想像に難くない。
家族にとっての崖は、「手を離すタイミング」の難しさだ。いつまでも親が代わりに手続きをするわけにはいかない。でも、子どもが一人で対処できるのか、見守る側の不安も大きい。特に知的障害を伴う難病の場合、本人による手続きが困難なケースもあり、成年後見制度との接続も課題になる。
支援者にとっての崖は、「制度の壁を越えられない」もどかしさだ。小児科の医師やソーシャルワーカーは、患者が18歳を超えると「うちの管轄ではなくなる」という制度上の線引きに直面する。引き継ぎ先が見つからないまま、患者が医療から離れていくのを見送るしかない——そんな経験を持つ支援者は少なくない。
小さな希望のありか
課題は山積している。しかし、動きがないわけではない。
令和6年4月に施行された改正難病法では、難病患者のデータベースの充実や、福祉・就労支援との連携強化が盛り込まれた。小児慢性特定疾病から指定難病への移行に関する実態調査も進められており、「どこで、誰が、どのように困っているのか」を可視化する取り組みが始まっている。
また、一部の自治体では独自に移行期支援の相談窓口を設け、18歳を迎える前から成人期の制度利用について情報提供を行う先進的な取り組みも出てきている。国の制度が追いつくまでの間、こうした地域発の工夫が若者たちのセーフティネットになっている。
令和7年度中には指定難病の新規追加に関する結論が出される予定であり、対象疾病の拡大が実現すれば、崖の一部は確実に低くなる。同時に、疾病の追加だけでは解決しない「暮らし全体の移行支援」について、障害福祉や就労支援の分野との横断的な議論がどこまで進むかが、次の焦点になるだろう。
「崖」を「坂道」に変えるために
18歳の崖は、一日で解消できる問題ではない。でも、崖を緩やかな坂道に変えることはできるはずだ。
移行に数年の猶予を持たせること。小児科と成人診療科が重なり合う期間をつくること。医療費だけでなく、暮らし全体を見渡すコーディネーターを配置すること。そして何より、当事者自身が「次の制度に移るとき、何が必要か」を声にできる場をつくること。
制度は人のためにある。人が制度に合わせるのではなく、制度が人の暮らしに寄り添うかたちへ——。合同委員会の議論は、その方向に少しずつ舵を切り始めている。17歳の冬に届く通知が、不安ではなく「次のステップへの案内」になる日を、私たちは諦めずに待ちたい。
参照元(出典)
- 第7回 社会保障審議会 小児慢性特定疾病対策部会 小児慢性特定疾病対策委員会(令和7年12月25日開催)(wam.go.jp)
- 第76回 厚生科学審議会 疾病対策部会 難病対策委員会(令和7年12月25日開催)(wam.go.jp)
- 第64回 厚生科学審議会 疾病対策部会 指定難病検討委員会(令和8年2月6日開催)(wam.go.jp)
- 第63回 厚生科学審議会 疾病対策部会 指定難病検討委員会(令和7年12月11日開催)(wam.go.jp)
- 第153回 社会保障審議会 障害者部会(令和7年12月8日開催)(wam.go.jp)
執筆者プロフィール

児童福祉、発達障害、自閉スペクトラム症(ASD)など、子どもを取り巻く社会課題について執筆を行う。保護者や教育関係者にも伝わりやすい表現を心掛け、一人ひとりの子どもの成長と権利を尊重する視点から情報発信を続けている。