
ある支援員の給与明細から始まる話
手取り19万8千円。ボーナスは年2回、合わせて基本給の3か月分。家賃を払って、光熱費を払って、奨学金を返すと、月末に残るのは数万円——。
これは、ある障害者支援施設で働く20代の生活支援員が見せてくれた給与明細から読み取れる暮らしの輪郭です。彼女は大学で社会福祉を学び、「この仕事がしたい」と思って現場に入りました。3年目の今、同期の半分はすでに辞めています。
社会保障審議会福祉部会がまとめた報告書と、同時期に公表された社会福祉法人経営指導専門官の募集。
この二つの動きは、福祉の現場が「よい支援をしたい」という志と「経営を続けなければならない」という現実の間で、どれほど苦しんでいるかを映し出しています。「よい支援」の値段は、いったい誰が、どうやって決めているのでしょうか。
報酬単価の構造——支援の「値段」はこうして決まる

障害福祉サービスの報酬は、国が定める「報酬単価」によって決まります。たとえば、生活介護の基本報酬は利用者1人あたり1日約5,000円〜8,000円程度(定員規模や区分による)。この報酬のなかから、人件費、施設の維持費、事務費、そして利用者の活動にかかる費用をすべてまかなわなければなりません。
福祉部会の報告書では、現行の報酬単価が「支援の質」を十分に反映していないことが繰り返し指摘されています。手厚い支援をすればするほど人件費がかさみ、経営は苦しくなる。かといって、人員を最低基準ギリギリまで減らせば、支援の質は下がる。この構造的なジレンマが、福祉現場を疲弊させています。
厚生労働省の「障害福祉サービス等経営実態調査」(令和5年度)によれば、障害福祉サービス事業所の収支差率(いわば利益率)は平均で約5〜6%。平均5%台という収支差率は、現場の踏ん張りの上に成り立っている数字とも言えます。職員の処遇改善に回したい想いがありながら、将来への備えで手一杯という事業所の苦悩が透けて見えます。
離職率が語る「持続不可能性」
介護・福祉職の離職率は、全産業平均を上回る水準で推移しています。公益財団法人介護労働安定センターの調査では、介護職員の離職率は約14〜15%。障害福祉分野に限ると、正確な統計は限られますが、現場感覚では「3年以内に半分が辞める」という声は珍しくありません。
離職の理由として最も多いのは「職場の人間関係」ですが、その背景には慢性的な人手不足があります。人が足りないから一人ひとりの負担が増え、余裕がなくなり、関係がぎすぎすする。そして、また誰かが辞める。この悪循環を断ち切るには、まず「人を雇える報酬」が必要です。
ある法人の理事長はこう話します。「処遇改善加算をフルに活用しても、職員の給与は地域の製造業と比べて月3〜5万円低い。『やりがい』だけで人を引き留められる時代ではない」。やりがいは大切です。でも、やりがいで家賃は払えません。
株式会社参入と指定取消の教訓
福祉部会の議論で避けて通れないのが、営利法人による福祉事業参入の問題です。近年、株式会社が障害福祉サービスに参入するケースが増えていますが、なかには利益の追求が先行し、支援の質が置き去りにされる事例は、福祉を信じて働く人たちにとって最も悲しいニュースです。だからこそ、運営主体の枠を超えて、支援の質をいかに守り抜くかが問われています。
大切なのは、「株式会社だから悪い」「社会福祉法人だから良い」という単純な図式ではないということです。問題は、経営の透明性と支援の質を担保する仕組みが十分かどうか。ここに、経営指導専門官の役割が浮か
び上がってきます。
経営指導専門官に求められるもの——「橋渡し」の専門性
今回募集された社会福祉法人経営指導専門官は、福祉法人の経営状況を分析し、改善に向けた助言を行う職種です。求められるのは、財務諸表を読み解く力だけではありません。
福祉の現場では、「経営改善」という言葉にアレルギーを持つ人が少なくありません。「利益を出すために支援を削るのか」という不信感がある。一方、経営が立ち行かなくなれば、そもそも支援を続けることができない。この両方の言葉を理解し、翻訳できる人が必要なのです。
経営指導専門官に期待したいのは、単なる数字のチェックではなく、その数字の奥にある『支援の汗』を読み取ること。経営と支援、一見正反対に見える二つを同じ言葉で語れる、現場の伴走者であってほしいのです。同時に、法人の理事会に対して「このままでは3年後に資金がショートする」と冷静に伝えられる存在であってほしい。福祉と経営の「橋渡し」ができる専門性が、いまこの分野に最も求められているものだと感じます。
「よい支援」の値段を考えるということ
「よい支援」とは何か。それは、利用者一人ひとりの望む暮らしに寄り添い、その人らしい生活を支えること。言葉にすれば当たり前のことですが、それを実現するには人が必要で、人を雇うにはお金が必要で、お金は報酬単価によって決まる。
つまり、「よい支援の値段」を決めているのは、最終的には私たちの社会です。介護報酬も障害福祉サービスの報酬も、財源は税金と保険料。「福祉にいくら払うか」は、「どんな社会に暮らしたいか」という問いと表裏一体です。
冒頭の支援員の話に戻ります。彼女は先月、ようやく初めての昇給がありました。月額5,000円。「たった5,000円」と思う人もいるかもしれません。でも彼女は「認めてもらえた気がした」と笑いました。
その5,000円の向こう側に、報酬改定の議論があり、福祉部会の報告書があり、経営指導専門官の仕事がある。制度は遠い世界の話ではなく、一人の支援員の給与明細につながっています。
「よい支援」の値段を、一緒に考えてみませんか。それは、私たちがどんな社会を選ぶかという問いでもあるのですから。
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