
「お母さん、家にいたい」と言われたとき
認知症と診断されたお母さんが、「家にいたい」と言う。その言葉を聞いたとき、家族の頭のなかには無数の疑問が浮かびます。訪問してくれるお医者さんはいるのか。夜中に何かあったらどうするのか。自分は仕事を続けられるのか。お金はどれくらいかかるのか——。
「家で暮らし続ける」という選択は、本人の願いであると同時に、家族にとっては覚悟を伴う決断です。そしてその決断を支えるはずの仕組みが、いま十分に整っているとは言い切れません。
認知症施策推進関係者会議と在宅医療・介護連携ワーキンググループ。この二つの会議が、それぞれの角度から「家での暮らし」を議論しています。本記事では、両者の議論を重ね合わせながら、「家で暮らし続ける」ために本当に必要なものは何かを考えます。
認知症の人の数と「家で暮らす」現実
日本における認知症の人の数は、2025年に約700万人に達すると推計されています(内閣府「高齢社会白書」)。65歳以上の約5人に1人。もはや「特別な病気」ではなく、誰もがなりうる、あるいは身近な人がなりうる状態です。
そして、認知症の人の多くは「家」で暮らしています。厚生労働省の調査によれば、要介護認定を受けている人のうち、約7割が在宅で生活しています。施設に入りたくても入れない人もいれば、本人が「家がいい」と望んでいる人もいます。いずれにしても、在宅生活を支える仕組みの充実は待ったなしの課題です。
第7回認知症施策推進関係者会議では、認知症施策推進基本計画の実施状況が報告されました。計画の柱の一つは「認知症の人が地域で安心して暮らせる環境づくり」。具体的には、認知症サポーターの養成、認知症カフェの設置、初期集中支援チームの配置などが進められています。
認知症サポーターの養成数は累計で1,500万人を超えました。数字としては印象的です。しかし、養成講座を受けた人が実際に地域で活動しているかというと、話は別です。「講座は受けたけれど、実際に何をすればいいかわからない」という声は多く、サポーターという『名前』があるだけでなく、地域でどう手を取り合えるか。その『活動の質』が今、改めて問われています。
在宅医療の「受け皿」は足りているか
在宅医療・介護連携ワーキンググループのとりまとめでは、在宅医療の推進に向けた課題が整理されています。なかでも深刻なのは、訪問診療を行う医師の偏在です。
全国の在宅療養支援診療所は約1万5千か所。しかし、その分布は都市部に偏っています。人口10万人あたりの在宅療養支援診療所数を見ると、東京都は約15か所であるのに対し、地方の県では5か所に満たない地域もあります。「家で暮らし続けたい」と思っても、『家で暮らしたい』という願いが、住む場所によって叶わなくなってしまう。そんな地域格差を埋めることが、在宅医療の真の使命です。
訪問看護についても同様です。訪問看護ステーションの数は全国で約1万5千か所まで増えましたが、小規模な事業所が多く、24時間対応が可能なステーションは限られています。認知症の人の在宅生活では、夜間の不穏や徘徊への対応が必要になることがあります。「夜中に電話しても誰も出ない」という状況では、家族は安心して眠ることができません。
地域医療構想との関係——病床が減れば在宅が増える
在宅医療の議論は、地域医療構想と切り離せません。地域医療構想では、2025年に向けて病床数の適正化が進められてきました。急性期病床を減らし、回復期や在宅医療にシフトする方針です。
この方針自体は、「病院から地域へ」という流れとして理解できます。しかし、病床を減らすスピードと、在宅医療の受け皿を整えるスピードが合っていなければ、行き場のない患者が生まれます。特に認知症の人は、急性期の治療が終わっても、すぐに自宅に戻れるとは限りません。退院後の生活環境の調整、家族への説明、介護サービスの手配——これらに時間がかかるのです。
令和8年3月に発表された地域医療構想の見直しでは、在宅医療の充実が改めて強調されました。しかし、「充実させる」という方針と、それを実現するための具体的な人材確保策・財源措置の間には、まだギャップがあります。
認知症の人の「声」をどう聴くか

認知症施策推進関係者会議で繰り返し強調されているのは、「認知症の人本人の視点」です。認知症施策推進基本法にも、本人の意思の尊重が明記されています。
しかし、認知症が進行すると、本人の意思を確認することが難しくなる場面があります。だからこそ、早い段階で本人の希望を聴いておくことが大切です。「どこで暮らしたいか」「どんな医療を受けたいか」「誰にそばにいてほしいか」。こうした対話を、認知症と診断された直後から始めることが求められています。
アドバンス・ケア・プランニング(ACP、人生会についての話し合い)の普及も進んでいますが、認知症の人に特化したACPの方法論はまだ発展途上です。認知症の初期段階では、本人が自分の言葉で希望を語れることが多い。その声を丁寧に記録し、症状が進行した後も支援に反映させる仕組みが必要です。
ある認知症の当事者の方がこう話してくれました。「忘れていくのは怖い。でも、自分が何を大事にしてきたかを誰かが覚えていてくれたら、少し安心できる」。この言葉は、制度設計の原点にあるべきものだと思います。
家族を支えることは、本人を支えること
在宅生活を支える議論では、「家族介護者」の存在を忘れてはなりません。認知症の人の在宅生活は、多くの場合、家族の献身によって成り立っています。
厚生労働省の「国民生活基礎調査」によれば、主な介護者の約5割が同居の配偶者や子どもです。介護者の平均年齢は上昇傾向にあり、「老老介護」の割合は6割を超えています。介護者自身が健康問題を抱えているケースも珍しくありません。
レスパイトケア(介護者の休息のための一時的なサービス)の充実が叫ばれていますが、実際にはショートステイの空きがない、利用手続きが煩雑、本人が「行きたくない」と拒否するなど、利用のハードルは高いのが現実です。
家族が倒れれば、在宅生活は崩壊します。家族を支えることは、本人の「家で暮らし続けたい」という願いを守ることと同義です。在宅医療の議論には、常に「介護する人の暮らし」も含まれていなければなりません。
「家で暮らし続ける」を諦めなくていい社会へ
認知症施策推進関係者会議と在宅医療ワーキンググループ。この二つの議論が目指しているのは、同じゴールです。認知症になっても、住み慣れた場所で、自分らしく暮らし続けられる社会。
そのために必要なのは、訪問診療の医師を増やすことだけではありません。夜中に不安になったときに電話できる相談窓口。近所の人が「最近お母さん見かけないけど大丈夫?」と声をかけてくれる関係。介護する家族が「今日は少し休んでいいよ」と言ってもらえる仕組み。医療と介護と地域の暮らしが、細い糸でつながっていること。
制度は万能ではありません。でも、制度がなければ始まらないことも確かです。「家で暮らし続ける」という小さな願いを、小さなままで終わらせないために。二つの会議の議論が、あのお母さんの「家にいたい」という言葉に届く日を、待っています。
いえ、制度が変わるのを待つだけでなく、今日、隣にいる人に『どこで、どう暮らしたい?』と聞いてみる。その小さな対話が、制度という大きな船を動かす、一番最初の風になるはずです。
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