
グループホームの夜勤が埋まらない。日中活動の支援員が足りず、利用者の外出プログラムを月2回に減らした——。障害福祉の現場で働く人なら、こうした話に何度もうなずくだろう。人手不足はもう「将来の課題」ではなく、いまこの瞬間の現実だ。
ところが、国の議論のテーブルに目を向けると、不思議なほど障害福祉の人材確保は「主役」になれていない。2025年5月に開催された厚生労働省「看護職員の養成・確保検討会」(第5回)では、2040年に向けて看護職員が最大約40万人不足するという推計をもとに、養成課程の見直しや働き続けられる職場づくりが本格的に議論された。医療の世界では、数字と期限を置いた具体策が動き始めている。
では、障害福祉はどうか。この問いを、検討会の資料と周辺データを並べながら考えてみたい。
看護は「40万人不足」の数字で政策が動いた
看護職員の需給推計は、厚労省が都道府県ごとのデータを積み上げて算出している。2040年時点の需要に対し、供給が追いつかないと見込まれる差が約40万人。この数字が検討会の出発点になり、養成定員の確保、離職防止、潜在看護師の復職支援といった施策が具体的な工程表とともに議論されている。
注目すべきは、議論の土台に「推計」があることだ。何人足りないのか、どの地域で深刻なのか、何年後にピークが来るのか。数字があるからこそ、予算要求にも根拠が生まれ、政策の優先順位がつく。
建設業でも同様の構図がある。国土交通省は技能労働者の高齢化と若年入職者の減少を数値で示し、令和7年度の概算要求では人材確保・育成関連に約500億円規模の予算を盛り込んだ。処遇改善、職業訓練、ICT活用による省人化——施策メニューは多岐にわたるが、いずれも「このままでは何万人足りない」という推計が起点になっている。
障害福祉の「不足数」は、実はよく見えていない
翻って障害福祉分野はどうか。現場の肌感覚では人手不足は深刻だ。公益財団法人介護労働安定センターの調査では、障害福祉サービス事業所の約6割が「従業員が不足している」と回答している。訪問系サービスに至っては、不足感を訴える事業所が7割を超える年もある。
しかし、看護のように「2040年に○万人足りない」という国レベルの需給推計は、障害福祉分野では公式に示されていない。介護分野では2040年に約57万人の追加人材が必要という推計(厚労省、2024年公表)があるが、この数字は高齢者介護が中心であり、障害福祉サービスの需要増はほとんど織り込まれていない。
障害福祉サービスの利用者数は、2013年度の約75万人から2023年度には約150万人へとこの10年で倍増した。精神障害者の地域移行、発達障害の診断増加、重度訪問介護の利用拡大など、需要の伸びは今後も続く見通しだ。それなのに「何人足りないか」の推計がなければ、政策の優先順位は上がらない。数字がないことは、問題がないことではない。問題が見えにくくなっているだけだ。
処遇の差が、人の流れをつくっている
人材が集まらない最大の理由は、やはり処遇だろう。厚労省の「賃金構造基本統計調査」(2023年)によれば、福祉施設介護員の平均月収は約25.5万円。看護師の約35.2万円、建設技能労働者の約33万円台と比べると、月に7万〜10万円近い差がある。年収に換算すれば80万〜120万円の開きだ。
この差は、同じ「人の命と暮らしに関わる仕事」を志す人が進路を選ぶとき、静かに、しかし確実に影響する。福祉系の大学や専門学校を卒業しても、障害福祉の現場ではなく医療機関や一般企業を選ぶ人が増えている背景には、この数字がある。
2024年度の障害福祉サービス等報酬改定では、福祉・介護職員等処遇改善加算の一本化と拡充が行われた。月額平均で約6,000円相当の引き上げとされるが、看護や建設との差を埋めるには程遠い。処遇改善加算は事業所が申請して初めて支給される仕組みのため、小規模事業所では事務負担から申請を見送るケースもあり、「加算があるのに届かない」という構造的な問題も残っている。
養成の仕組みにも空白がある

看護師には保健師助産師看護師法に基づく明確な養成課程があり、全国に約1,700の養成機関がある。国家資格としての社会的認知も高い。一方、障害福祉の現場を支える職種——生活支援員、就労支援員、世話人など——の多くには、特定の資格要件が設けられていない。社会福祉士や精神保健福祉士の有資格者が働いている場合もあるが、無資格で入職し、OJTで学びながら働く人も多い。
これは「誰でもできる仕事」という意味ではまったくない。強度行動障害のある人への支援、医療的ケアが必要な人の地域生活の支援、精神障害のある人のリカバリーに伴走する支援——いずれも高度な専門性が求められる。にもかかわらず、養成の体系が確立されていないために、「専門職」としての社会的評価が追いつかず、それが処遇にも反映されないという悪循環が生まれている。
2024年度報酬改定では、強度行動障害を有する人への支援についてスーパーバイズ体制の評価が新設されるなど、専門性を報酬で評価する動きは少しずつ出てきた。しかし、養成課程そのものを国としてどう設計するかという議論は、まだ入口にも立っていない。
「見える化」から始められること
看護や建設業の人材確保策から障害福祉が学べることがあるとすれば、それは「まず数字で現状を見える化する」というステップだろう。
具体的には、障害福祉サービスの種別ごと・地域ごとの需給推計を国として行うこと。サービス利用者数の伸び、事業所の充足率、離職率、平均勤続年数——必要なデータの多くはすでに各種調査に散在している。それを「2040年に何人必要で、何人足りないか」という一つの推計に統合するだけで、政策議論の風景は変わるはずだ。
また、看護の検討会が「養成」と「確保」を一体で議論しているように、障害福祉でも養成課程の設計と、離職防止・復職支援をセットで考える場が必要だ。現在、障害福祉の人材に関する議論は社会保障審議会障害者部会の一部で触れられる程度にとどまっている。独立したテーマとして検討の場を設けることが、最初の一歩になるのではないか。
数字の向こうにある暮らし
「40万人不足」と聞くと、とてつもなく大きな数字に感じる。でも、その一人ひとりは、誰かの夜勤を代わってくれる人であり、退院する患者さんの在宅療養を支える人だ。
障害福祉の人材不足も同じだ。支援員が一人足りないということは、グループホームで暮らす誰かの「今日、散歩に行きたい」に応えられないということ。就労支援員が確保できないということは、働くことを目指している誰かの訓練が先延ばしになるということ。数字の向こうには、いつも一人の人の一日がある。
看護職員の検討会が示した危機感と具体策は、障害福祉にとって「よその話」ではない。むしろ、同じ手法——推計を出し、養成を設計し、処遇を底上げし、働き続けられる環境をつくる——を障害福祉にも適用してほしいという、現場からの静かな願いがある。
その願いが政策のテーブルに届くために、まずは「足りない」を数字にすること。そこから始めてもいいのではないかと思う。
参照元(出典)
- 第5回2040年に向けた看護職員の養成・確保の在り方に関する検討会の開催について:開催案内(mhlw.go.jp)
- 建設業の人材確保・育成に向けた取組を進めていきます~厚生労働省・国土交通省の令和9年度予算概算要求の概要~(mhlw.go.jp)
- 令和9年度厚生労働省所管予算概算要求関係(mhlw.go.jp)
- 令和8年度「障害者雇用優良事業所等の厚生労働大臣表彰」受賞者決定(mhlw.go.jp)
- 第264回 社会保障審議会 介護給付費分科会(令和8年9月3日開催)(wam.go.jp)
執筆者プロフィール

主に福祉関連を中心に活動するライター
制度の枠組みから心の機微までを丁寧に言語化する傍ら、暮らしを彩るモノ・コトへの感性も鋭い。専門性の高い記事から、軽やかなエッセイ、実用的なレビューまで、多角的な視点で「日常の価値」を編み直す。