高齢者住まい法の改正案が出た——障害のある人の「住む場所」問題とどう交差するか

高齢者住まい法の改正案が出た——障害のある人の「住む場所」問題とどう交差するか

「65歳の壁」の向こう側で、住まいを探す人たちがいる

障害のある人が65歳を迎えたとき、それまで使っていた障害福祉サービスから介護保険制度へと「移行」を求められる——いわゆる「65歳の壁」。この制度の切り替わりのなかで、住む場所の選択肢が急に狭まってしまう人がいることを、どれだけの人が知っているだろうか。

2025年5月19日、国土交通省は「高齢者の居住の安定確保に関する法律施行規則」の改正案を公示し、パブリックコメントの募集を開始した。サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)の登録基準や運営に関わる見直しが中心だが、この改正案を「高齢者だけの話」として読み流してしまうのはもったいない。なぜなら、障害のある人の「住まい」の問題と、この制度は深いところでつながっているからだ。

サ高住の現在地——数字が語る「量」と「質」のギャップ

サービス付き高齢者向け住宅は2011年の制度創設以来、急速に供給が拡大してきた。2024年末時点で全国の登録戸数は約28万戸を超え、制度開始時の目標だった「2020年までに60万戸」には届かなかったものの、高齢者向け住まいの選択肢としては一定の存在感を持つようになった。

しかし、量の拡大と質の確保は別の話だ。国土交通省と厚生労働省が共同で設置している「サービス付き高齢者向け住宅に関する懇談会」では、入居者の要介護度が上がったときの対応力不足、併設する介護サービス事業所との不透明な関係、入居者の「囲い込み」問題などが繰り返し指摘されてきた。今回の施行規則改正案も、こうした課題への対応策の一環と位置づけられる。

月額費用の面でも、サ高住は決して「手軽」とは言い切れない。家賃・管理費・生活支援サービス費を合わせると、全国平均で月額10万〜15万円程度。都市部では20万円を超えるケースも珍しくない。障害基礎年金2級の月額は約6万8000円。仮に年金だけで暮らしている障害のある高齢者がサ高住に入居しようとすれば、家賃だけで年金の大半が消えてしまう計算になる。

「65歳の壁」が住まいの選択肢を奪う構造

障害のある人が65歳を迎えると、介護保険法の「保険優先原則」により、それまで利用していた障害福祉サービスの一部が介護保険サービスに切り替えられる。グループホームに暮らしていた人が、介護保険の施設やサ高住への転居を勧められるケースもある。

ここで問題になるのは、障害福祉の「暮らし方」と介護保険の「暮らし方」が、必ずしも同じ方向を向いていないことだ。障害福祉サービスにおけるグループホームは、地域で自分らしく暮らすための「生活の拠点」として設計されている。一方、サ高住は基本的に「高齢者の安心・安全な住まい」が主眼であり、自立支援や社会参加を軸にした支援体制が組まれているとは限らない。

知的障害のある60代の男性が、長年暮らしたグループホームから介護保険施設への移行を打診されたとき、本人が言った言葉がある。「ここにおりたい。ここが、おれの家やから」。制度の切り替わりは、本人にとっては「引っ越し」ではなく「家を失うこと」に等しい場合がある。

2018年の介護保険法・障害者総合支援法の改正で「共生型サービス」が創設され、高齢者と障害者が同じ事業所でサービスを受けられる仕組みが整備された。しかし、共生型サービスの指定を受けた事業所数は2024年時点でも全国で数百カ所にとどまり、「制度はあるが使える場所がない」という状態が続いている。

改正案を「障害者の住まい」の視点で読み直す

今回の施行規則改正案の詳細はパブリックコメント資料に譲るが、高齢者向け住宅の登録基準や運営ルールの見直しが含まれている。ここで大切なのは、この改正を「高齢者施策の話」で閉じてしまわないことだ。

サ高住の入居者のうち、何らかの障害を持つ人の割合は公式統計では明確に把握されていない。しかし、要介護認定を受けた高齢者の中には、脳血管疾患による肢体不自由、認知症による精神障害、加齢に伴う視覚・聴覚障害など、「高齢者であり、かつ障害者でもある」人が相当数含まれている。厚生労働省の調査によれば、サ高住入居者の平均要介護度は年々上昇しており、入居者の約9割が何らかの介護・支援を必要としている。

つまり、サ高住の制度設計は、事実上「障害のある高齢者の住まい」の制度設計でもある。にもかかわらず、住宅の設計基準や生活支援サービスの内容が「障害特性に応じた配慮」を十分に反映しているかといえば、心もとない。バリアフリー法に基づく段差解消や手すりの設置は進んでいるが、知的障害や精神障害のある人にとっての「住みやすさ」——たとえばコミュニケーション支援、パニック時の対応、感覚過敏への配慮——は、建築基準だけでは解決できない領域だ。

海外の事例から考える——「住まい」と「支援」を分ける発想

北欧諸国やイギリスでは、「住まいの確保」と「生活支援の提供」を制度的に分離する考え方が主流になりつつある。スウェーデンでは、障害のある人も高齢者も、まず一般住宅に住む権利が保障され、そのうえで必要な支援が「人」に紐づいて提供される。住む場所を変えなくても、支援の内容や量を柔軟に変えられる仕組みだ。

イギリスでは「サポーテッド・ハウジング」と呼ばれる制度があり、住宅手当と生活支援費が別々に給付される。これにより、本人が住みたい場所を選び、そこに支援を持ち込むことが可能になる。

日本にこうした仕組みをそのまま持ち込むのは難しい。住宅政策と福祉政策の所管が国土交通省と厚生労働省に分かれている縦割りの壁、地域ごとの住宅事情の格差、そして何より「施設に入れば安心」という社会の意識。これらを一つひとつ解きほぐしていく必要がある。

しかし、少なくとも「住まいの制度を変えるとき、障害のある人の暮らしへの影響を同時に検討する」という発想は、今すぐにでも取り入れられるはずだ。

パブリックコメントという「小さな参加」の意味

今回の改正案に対するパブリックコメントの募集期間は限られている。こうした意見募集に、障害のある当事者や家族、支援者の声が届くことの意味は大きい。

「私たちのことを、私たち抜きに決めないで(Nothing About Us Without Us)」——障害者権利条約の根幹にあるこの原則は、住まいの制度にも当てはまる。高齢者向け住宅の基準を決める場に、障害のある高齢者の声が届いているか。パブリックコメントは、その「声を届ける窓口」の一つだ。

もちろん、パブリックコメントだけで制度が劇的に変わるわけではない。しかし、「障害のある高齢者にとって、この基準では足りない」「知的障害のある人が安心して暮らせる住まいの要件を加えてほしい」——そうした具体的な声が一つでも記録に残ることは、次の制度改正の議論に向けた小さな種になる。

住まいが変わっても、その人らしい暮らしを守れる制度へ

65歳を迎えた知的障害のある女性が、慣れ親しんだグループホームを離れ、サ高住に移ったとする。朝、目が覚めて、隣の部屋にいつもの仲間がいない。食堂に行っても、長年の支援員の顔はない。新しいスタッフは親切だけれど、彼女が朝食前に必ず窓の外を5分間眺める習慣を知らない。「早く食べましょうね」と声をかけられて、彼女の一日は小さな違和感から始まる。

この違和感を「仕方がない」で片づけない制度をつくれるかどうか。高齢者住まい法の改正案は、そのための一歩になり得る。ただし、それは「障害のある人の暮らし」という視点が、制度設計の最初の段階から組み込まれていればの話だ。

改正案へのパブリックコメント募集は、制度に声を届けられる貴重な機会だ。住まいの制度が変わるとき、その変化が届くべき人に届いているか——私たちメディアも、問い続けていきたい。

参照元(出典)

  1. 高齢者の居住の安定確保に関する法律施行規則の一部を改正する省令案に関する意見募集について(public-comment.e-gov.go.jp)
  2. 障害者施策|政策統括官(共生・共助担当)- 内閣府(www8.cao.go.jp)
  3. 第257回社会保障審議会介護給付費分科会(Web会議)を開催します(mhlw.go.jp)

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