マイナンバーカードと障害者手帳の「ひも付け」で何が変わるのか——届く便利と、届かない不安のあいだで

マイナンバーカードと障害者手帳の「ひも付け」で何が変わるのか——届く便利と、届かない不安のあいだで

朝、玄関を出る前に立ち止まる人がいる

マイナンバーカードと障害者手帳の「ひも付け」——ニュースで見かけると、「便利になるんだな」と思う方が多いかもしれません。でも、私が想像するのは、少し違う風景です。

たとえば、グループホームで暮らす知的障害のある30代の男性が、朝、通所先に向かう前に財布の中を確認する場面。障害者手帳、交通系ICカード、そしてマイナンバーカード。「どれを持っていけばいいんだっけ」と、支援員さんに毎回聞く。デジタル化は「手続きが楽になる」と言われるけれど、その「楽」は、いったい誰にとっての楽なのだろう——。

本記事では、2024年以降本格化するマイナンバーカードと障害者手帳の連携について、制度の概要を整理しつつ、当事者の暮らしの目線から「本当に届いているか」を考えます。

そもそも「ひも付け」で何ができるようになるのか

まず、制度の基本を押さえておきましょう。

マイナンバーカードと障害者手帳の「ひも付け」とは、マイナポータル(政府のオンラインサービス)上で、自分の障害者手帳の情報を確認できるようにする仕組みです。具体的には、以下のようなことが可能になります。

  • 手帳情報のオンライン確認:手帳の等級や有効期限を、スマートフォンやパソコンから確認できる
  • 手続きのワンストップ化:自治体によっては、福祉サービスの申請や更新手続きを、窓口に行かずにオンラインで完結できるようになる
  • 民間サービスとの連携の可能性:将来的には、公共交通機関の割引や施設利用の際に、手帳の提示に代えてマイナンバーカードで本人確認ができるようになることも検討されている

厚生労働省の統計によると、2023年度末時点で障害者手帳を所持している方は、身体障害者手帳が約491万人、療育手帳が約120万人、精神障害者保健福祉手帳が約135万人。合わせておよそ746万人がこの制度の対象となりえます(重複所持を含む)。

数字だけ見れば、746万人の手続きが楽になる話です。でも、「746万人」と一括りにできないのが福祉の現場です。

「便利」の手前にある、いくつものハードル

現場で支援にあたる方々から聞こえてくるのは、制度そのものへの反対ではなく、「そこに至るまでの道のりが整備されていない」という声です。

ハードル①:暗証番号という壁

マイナンバーカードには、4桁の暗証番号と6〜16桁の署名用パスワードが設定されています。知的障害のある方や認知機能に波がある精神障害のある方にとって、この「番号を覚えて、正しく入力する」という行為自体が大きな壁になります。

3回連続で間違えるとロックがかかり、解除には市区町村の窓口に出向く必要があります。ある就労継続支援B型事業所の職員は、「利用者さんが暗証番号を忘れるたびに、平日の日中に付き添って役所に行かなければならない。その時間は本来、別の支援に充てられる時間なんです」と話します。

ハードル②:カードの物理的な管理

マイナンバーカードは「なくさないように大切に保管してください」と言われます。しかし、物の管理が苦手な方にとって、これは簡単なことではありません。紛失した場合の再発行には、手数料1,000円(電子証明書搭載の場合)と数週間の待ち時間がかかります。

障害基礎年金2級の月額は約6万8,000円。1,000円は、その方にとっての2日分の食費に相当するかもしれません。「たかが1,000円」とは、暮らしの文脈では言えないのです。

ハードル③:オンライン手続きそのものへのアクセス

総務省の「通信利用動向調査」(2023年)によれば、障害のある方のインターネット利用率は、障害のない方と比べて依然として低い水準にあります。スマートフォンを持っていない方、Wi-Fi環境が整っていないグループホームや入所施設も少なくありません。

「オンラインでできますよ」という案内は、ネット環境とデバイスと操作スキルがそろって初めて意味を持ちます。そのどれかひとつが欠けている人にとっては、「便利になりました」は、自分には関係のない話になってしまう。

エストニアの事例から——日本に持ってくるなら何が必要か

デジタル行政の先進国として、よく引き合いに出されるのがエストニアです。人口約134万人のこの国では、国民の99%が電子IDカードを保有し、行政手続きの99%がオンラインで完結できると言われています。

エストニアの注目すべき点は、単にデジタル化を進めたことではなく、「デジタルにアクセスできない人をどうするか」を制度設計の初期段階から組み込んだことです。具体的には、以下のような仕組みがあります。

  • 代理人制度の明確化:本人がオンライン手続きをできない場合、家族や支援者が法的に認められた代理人として手続きを行える仕組みが整備されている
  • 公共施設でのサポート窓口:図書館や郵便局に、デジタル手続きを支援するスタッフが常駐している
  • アクセシビリティ基準の法制化:公的なウェブサービスはすべて、障害のある方が利用できるアクセシビリティ基準を満たすことが法律で義務づけられている

では、日本にこのモデルを持ってくるなら、何が必要でしょうか。

まず、代理操作の法的な整備です。現在、マイナポータルの操作を支援者が代わりに行うことについて、明確なルールが定まっていません。個人情報保護の観点から慎重になるのは当然ですが、「本人ができないなら使えない」では制度の意味がありません。成年後見人や日常生活自立支援事業の枠組みと連携した、現実的な代理操作のガイドラインが求められます。

次に、窓口の人的支援の強化です。デジタル庁は「デジタル推進委員」の配置を進めていますが、2024年時点で約3万人。746万人の手帳所持者に対して、これで十分とは言いがたい状況です。特に、障害特性を理解したうえで支援できる人材の育成は、まだこれからの課題です。

そして、「デジタルを使わない選択肢」を残すこと。エストニアですら、オンラインでできない唯一の手続きとして「結婚届」と「離婚届」を対面に残しています。これは「すべてをデジタルにする必要はない」という思想の表れでもあります。日本でも、紙の手帳や窓口手続きを「遅れたもの」として廃止するのではなく、デジタルと紙の「どちらも使える」状態を当面は維持することが、現実的な選択ではないでしょうか。

当事者の声を、設計段階から

障害者権利条約の合言葉は「Nothing About Us Without Us(私たちのことを、私たち抜きに決めないで)」。この原則は、デジタル化の制度設計にもそのまま当てはまります。

2024年、障害者団体からデジタル庁に対して、マイナンバーカードの利用に関する要望書が複数提出されています。その中には、「暗証番号に代わる生体認証の導入」「カード紛失時の迅速な再発行体制」「やさしい日本語による操作画面の整備」など、具体的な提案が含まれています。

こうした声が、実際の制度改善にどこまで反映されるか。ここが、日本のデジタル化が「効率化」で終わるのか、「誰もが暮らしやすい社会づくり」につながるのかの分かれ道だと思います。

小さな変化が、朝の風景を変える

最後に、ひとつだけ希望の話を。

一部の自治体では、障害のある方がマイナンバーカードを申請する際に、自宅やグループホームへの出張申請を実施しています。また、顔認証による本人確認の導入も段階的に進んでおり、暗証番号を覚えられなくてもカードが使える場面は、少しずつ増えています。

制度は、一気に完璧にはなりません。でも、「この仕組みだと使えない人がいる」という声が届き、それが反映されて、ほんの少し使いやすくなる。その繰り返しが、制度を育てていくのだと思います。

冒頭のグループホームの男性が、いつか朝、財布の中身を確認しなくても安心して玄関を出られる日が来るといい。そのために必要なのは、最新のテクノロジーだけではなく、「あの人は関係ないだろう」と思わないこと、かもしれません。

デジタル化が届ける便利と、届かない不安。そのあいだを埋めていく作業は、結局のところ、人の手で行うものなのだと思います。

fukushi.tv では、マイナンバーカードと障害者手帳の連携に関する最新動向を引き続き追っていきます。当事者・ご家族・支援者の方で、「こんなことに困っている」「こんな工夫をしている」という声がありましたら、ぜひお寄せください。

参照元(出典)

  1. マイナンバーカードの普及・利用の推進に関する関係省庁連絡会議(第8回)の会議資料を追加しました(digital.go.jp)
  2. よくある質問(FAQ):民間事業者向けマイナンバーカード利活用(digital.go.jp)
  3. エストニア共和国とデジタル分野における協力覚書を取り交わしました(digital.go.jp)
  4. デジタル推進委員の取組について(digital.go.jp)
  5. 障害者施策|政策統括官(共生・共助担当)- 内閣府(www8.cao.go.jp)

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