
表彰の向こう側にある、毎日の「働く」を見つめる
障害者雇用優良事業所の表彰が発表されるたび、ニュースには「素晴らしい取り組み」という言葉が並ぶ。けれど、表彰状を受け取った企業の中で、実際に働いている人たちは、今日もいつもと同じ朝を迎えて、同じ職場に向かっている。その「いつもと同じ」が続くことこそが、雇用の質なのだと思う。
法定雇用率2.5%(2024年4月引き上げ)を達成しているかどうか。企業にとってはその数字が大きな関心事だ。しかし、率を満たしていても、入社から1年以内に離職してしまう人が多い職場と、5年、10年と同じ場所で働き続けられる職場では、そこにいる人の暮らしはまるで違う。表彰制度が光を当てようとしているのは、まさにその「違い」の部分だ。
定着率という数字が語ること
厚生労働省が公表している障害者雇用実態調査(令和5年度)によれば、就職後1年時点での職場定着率は、身体障害のある人で約60.8%、精神障害のある人では約49.3%となっている。つまり、精神障害のある人の場合、2人に1人が1年以内に職場を離れている計算になる。
この数字の裏には、一人ひとりの「続けたかったけれど続けられなかった」という経験がある。体調の波に合わせた勤務時間の調整ができなかった。相談できる人が職場にいなかった。仕事の内容が合わなかったけれど、言い出せなかった。理由はさまざまだが、共通しているのは「働き始めた後の支援」が手薄だったという点だ。
優良事業所として評価される企業の多くは、この「働き始めた後」に力を入れている。たとえば、定期的な面談の仕組みを設けている企業では、本人が困りごとを抱え込む前に気づける体制がある。ジョブコーチの配置や、業務内容を段階的に調整する仕組みを持つ企業もある。こうした取り組みは、特別なことではなく、「あなたの働き方を一緒に考えますよ」という姿勢の表れだ。
A型事業所の閉鎖が映し出す構造的な問題
一方で、就労継続支援A型事業所をめぐる状況は厳しさを増している。A型事業所は、雇用契約を結んで最低賃金以上の給与を支払う福祉サービスだが、近年、経営難による閉鎖が各地で相次いでいる。
2024年7月には、岡山県で大規模なA型事業所の閉鎖が報じられ、約770人の障害のある人が一斉に職を失った。この事例は記憶に新しいが、同様の閉鎖は全国で起きている。厚生労働省の集計では、2023年度にA型事業所の指定を廃止・取り消しされた件数は過去最多を更新した。
背景には、報酬改定による経営環境の変化がある。2024年度の報酬改定では、A型事業所の基本報酬にスコア方式が本格導入され、生産活動の収支や利用者の就労時間などが評価に直結するようになった。本来は質の向上を促す仕組みだが、もともと収益構造が脆弱だった事業所にとっては、経営を維持すること自体が難しくなっている。
閉鎖された事業所で働いていた人たちは、次の働く場所を探さなければならない。しかし、地方では選択肢が限られる。B型事業所に移行すれば雇用契約はなくなり、工賃は全国平均で月額約1万7000円(令和4年度)にとどまる。A型の平均賃金が月額約8万3000円であることを考えると、暮らしへの影響は大きい。
「率」の先にある、職場の文化
法定雇用率は、企業に障害のある人を雇う動機を与える重要な仕組みだ。未達成の企業には納付金(従業員100人超の場合、不足1人あたり月額5万円)が課され、達成企業には調整金(同、超過1人あたり月額2万9000円)が支給される。この仕組みがあるからこそ、民間企業の実雇用率は2023年に2.33%と過去最高を記録した。
しかし、率の向上と職場の質の向上は、必ずしも同じ速度では進まない。障害者職業総合センターの研究では、障害のある社員の職場定着に最も影響する要因として「職場の人間関係」と「業務とのマッチング」が挙げられている。制度や設備の整備はもちろん大切だが、それ以上に、日々のコミュニケーションや「この人にはどんな仕事が合うだろう」と考える文化があるかどうかが、定着を左右している。
ある中小企業の人事担当者は、こう話していた。「最初は正直、法定雇用率のために採用しました。でも一緒に働くうちに、この人がいないと困る、という場面が増えていった。今では、障害者雇用という枠ではなく、戦力として考えています」。この言葉は、率から質へと意識が変わっていく過程を端的に表している。
表彰制度に期待したいこと
障害者雇用優良事業所の表彰は、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)が毎年実施している。厚生労働大臣表彰や都道府県知事表彰など複数の段階があり、受賞企業の取り組みは事例集として公開されている。
この制度がより力を発揮するためには、「何をしたから表彰されたのか」をもっと具体的に、もっと多くの人に届ける工夫が必要だろう。たとえば、受賞企業の定着率や、導入している配慮の具体例、かかっているコスト感まで含めて公開されれば、他の企業にとって実践的な参考になる。「うちの規模でもできるかもしれない」と思えることが大切だ。
現在、従業員43.5人以上の企業に障害者雇用の義務がある。対象企業は全国で約10万社。そのうち法定雇用率を達成しているのは約半数の50.1%(2023年)だ。残りの約5万社にとって、優良事業所の事例は「自分たちには関係のない話」に見えてしまうかもしれない。でも、表彰された企業も最初から優良だったわけではない。試行錯誤の過程こそ、共有される価値がある。
数字の向こうにある一日
法定雇用率が2.5%から、2026年7月にはさらに2.7%へ引き上げられる。企業にとっては対応を迫られる数字だが、その数字の一つひとつは、朝起きて、支度をして、職場に向かう誰かの一日だ。
その一日が、明日も続くと思える職場をつくること。表彰制度が照らしているのは、そういう地道な積み重ねだと思う。率を満たすことはスタートラインであって、ゴールではない。表彰の「その先」にあるのは、障害のある人もない人も、お互いに「この職場でよかった」と思える日常をどうつくるか、という問いだ。
答えは一つではないし、すぐに出るものでもない。でも、問い続ける職場には、人が残る。そのことを、優良事業所の定着率は静かに物語っている。
参照元(出典)
- 令和8年度「障害者雇用優良事業所等の厚生労働大臣表彰」受賞者決定(mhlw.go.jp)
- 「令和7年外国人雇用実態調査」の結果を公表します(mhlw.go.jp)
- 令和7年雇用動向調査結果の概況(mhlw.go.jp)
- 第91回労働政策審議会雇用環境・均等分科会の資料を掲載しました。(mhlw.go.jp)
執筆者プロフィール

主に福祉関連を中心に活動するライター
制度の枠組みから心の機微までを丁寧に言語化する傍ら、暮らしを彩るモノ・コトへの感性も鋭い。専門性の高い記事から、軽やかなエッセイ、実用的なレビューまで、多角的な視点で「日常の価値」を編み直す。