「障害者雇用率2.7%時代」の死角——協議テーブルに当事者の椅子はあるか

「障害者雇用率2.7%時代」の死角——協議テーブルに当事者の椅子はあるか

数字は上がった。でも、誰のための数字なのか

2024年4月、民間企業の法定雇用率が2.5%に引き上げられ、2026年7月にはさらに2.7%へと段階的に上がることが決まっています。厚生労働省が公表した2023年の障害者雇用状況報告によれば、民間企業で働く障害者は約64万2,000人と過去最高を更新しました。実雇用率も2.33%に達し、数字の上では「前進」が続いています。

しかし、その数字の裏側で、ある沈黙が続いていることに気づいている人はどれだけいるでしょうか。

「今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会」の報告書を読むと、雇用率の算定方法、除外率の見直し、納付金制度の運用改善など、制度の骨格に関わる重要な論点が並んでいます。一方で、事業主団体との協議の場——つまり、制度が実際にどう運用されるかを左右する「現場寄りの交渉テーブル」では、予算配分や助成金の設計が中心議題となり、そこに障害のある当事者が同席している形跡はほとんど見えません。

64万2,000人。それは64万2,000通りの朝の支度であり、通勤であり、職場での一日です。その一人ひとりの暮らしを左右する政策が、「雇う側」だけで話し合われている。この構造的な不在こそ、今あらためて問い直すべき課題ではないでしょうか。

研究会報告書が示した論点——そこに「働く実感」はあるか

研究会報告書は、障害者雇用制度の今後について多角的な検討を行っています。特に注目すべきは以下の3点です。

第一に、雇用率制度の対象拡大の議論。精神障害者が雇用率の算定対象に加わって以降、精神障害のある人の雇用は増加傾向にあります。2023年の報告では、精神障害者の雇用数は約13万人に達し、前年から約1万8,000人増加しました。一方で、週20時間未満の短時間勤務にとどまる人も多く、「雇用されている」という数字と「安定して働けている」という実感の間には大きな隔たりがあります。

第二に、除外率制度の段階的縮小。特定の業種に設けられていた除外率は2025年4月にさらに10ポイント引き下げられることが決まっています。これにより、建設業や鉄鋼業など従来は雇用率の達成が緩やかだった業種にも、より実質的な障害者雇用が求められます。しかし、現場では「どう受け入れればいいかわからない」という声が根強く、受け入れ態勢の整備が追いついていないのが実情です。

第三に、納付金制度の実効性。法定雇用率を達成できない企業は、不足1人あたり月額5万円の納付金を支払います。常用労働者100人超の企業が対象ですが、「お金を払えば雇わなくていい」という認識が一部に根強く残っているという指摘もあります。研究会では、納付金の水準や使途の見直しも論点に上がっていますが、これもまた「企業がいくら払うか」という視点が中心で、「その結果、当事者の就労環境がどう変わるか」という回路が弱い印象を受けます。

報告書には重要な提言が詰まっています。しかし、読み進めるほどに感じるのは、制度設計の議論が「雇用率」「納付金」「助成金」という企業側の管理指標を軸に組み立てられていて、「働く人がその日をどう過ごしているか」という視点が薄いということです。

事業主団体との協議——テーブルに誰が座っているか

障害者雇用政策の実効性を左右するもうひとつの場が、事業主団体との協議です。ここでは予算案の調整や各種支援事業の運用方針が話し合われます。

事業主団体との協議は、企業の実情を政策に反映させるための重要なチャンネルです。企業がどんな困難を感じているか、どんな支援があれば雇用を増やせるか——そうした現場の声を吸い上げる機能は確かに必要です。

問題は、そのテーブルに「雇われる側」の椅子がほぼ用意されていないことです。

障害者権利条約の第27条は、障害者が「他の者との平等を基礎として労働についての権利」を有すると明記し、第4条第3項では、障害者に関する政策の策定において「障害者を代表する団体を通じ、障害者と緊密に協議し、及び障害者を積極的に関与させる」ことを求めています。日本は2014年にこの条約を批准しました。

2022年に国連の障害者権利委員会が日本に対して出した総括所見(勧告)でも、雇用分野において当事者団体との協議の強化が求められています。にもかかわらず、事業主団体との協議という「政策の台所」に当事者の声が届きにくい構造が続いているのです。

これは単なる「参加の問題」ではありません。テーブルに誰が座るかによって、議論の前提が変わります。企業側だけが座れば、「どうすれば雇用率を効率的に達成できるか」が中心議題になる。当事者が座れば、「この職場で明日も働き続けられるか」が論点に加わる。見えている景色がまったく違うのです。

海外の社会的企業モデル——「雇用の質」を問う仕組み

海外に目を向けると、障害者雇用の「質」を制度に組み込もうとする動きがあります。

フランスでは、従業員20人以上の企業に6%の障害者雇用率を義務づけています。日本より高い水準ですが、注目すべきはその達成方法の多様さです。直接雇用だけでなく、障害者が働く適応企業(Entreprise Adaptée)への発注も雇用率の達成手段として認められています。適応企業は、障害のある人が全従業員の55%以上を占める社会的企業で、一般企業と同じ市場で製品やサービスを提供しながら、当事者が経営や運営に参画する仕組みを持っています。

ドイツの統合企業(Inklusionsunternehmen)も同様の枠組みで、全従業員の30〜50%を重度障害者が占め、連邦政府や州政府からの助成を受けながら一般市場で事業を展開しています。ここでは、当事者が「支援される対象」ではなく「事業の担い手」として位置づけられています。

アメリカのGoodwill Industriesは、リサイクルショップの運営などを通じて年間約30万人に職業訓練や就労支援を提供しています。特徴的なのは、地域ごとに独立した組織として運営され、その地域の当事者コミュニティとの連携が組織運営の基盤になっている点です。

これらのモデルに共通するのは、「雇用率を達成したかどうか」ではなく、「その雇用の中で当事者がどれだけ主体的に関われているか」を評価軸にしていることです。

日本にこうしたモデルをそのまま持ち込むことは簡単ではありません。フランスの適応企業は手厚い公的助成に支えられており、日本の財政状況では同規模の支援は難しいかもしれません。しかし、就労継続支援A型・B型事業所という既存の枠組みを「社会的企業」として再定義し、一般市場への参入を後押しする政策は検討に値するのではないでしょうか。A型事業所は全国に約4,300カ所、利用者は約8万人。この規模のインフラを活かさない手はありません。

「合理的配慮」の先にあるもの——構造を変える議論へ

2024年4月から、改正障害者差別解消法の施行により、民間事業者にも合理的配慮の提供が義務化されました。これは大きな前進です。しかし、合理的配慮はあくまで「個別の調整」であり、制度や政策の設計段階に当事者が関わるという「構造的な参画」とは次元が異なります。

職場でスロープを設置することは合理的配慮です。しかし、「どんな職場をつくるか」を決める会議に車椅子ユーザーが参加していることは、配慮ではなく権利です。

研究会報告書が提起する制度改革の方向性は、多くの点で妥当なものです。しかし、その議論の過程に当事者がどれだけ実質的に関与できているかを問い続けなければ、制度はまた「雇う側の合理性」に回収されてしまいます。

小さな椅子をひとつ、テーブルに

64万2,000人という数字を、もう一度思い出してください。過去最高の雇用数。それ自体は確かに前進です。

でも、その中の何人が、自分の働き方について意見を聞かれたことがあるでしょうか。何人が、自分たちの雇用を左右する政策の議論に、声を届けられているでしょうか。

必要なのは、大きな制度改革だけではありません。まずは、事業主団体との協議のテーブルに、当事者代表の椅子をひとつ置くこと。研究会の委員構成に、現場で働く障害のある人を加えること。そうした小さな、しかし決定的な変化が、政策の景色を変えていきます。

「私たちのことを、私たち抜きに決めないで(Nothing About Us Without Us)」。この言葉は、障害者権利条約の精神を象徴するフレーズとして世界中で共有されています。日本の障害者雇用政策が次のステージに進むために、この原則を「理念」から「手続き」に変えていく。それが、数字の向こう側にいる一人ひとりの朝を変える第一歩になるはずです。

fukushi.tv 編集部注:本記事は、「今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会」報告書、厚生労働省「令和5年障害者雇用状況の集計結果」、事業主団体との協議に関する公開資料、および国連障害者権利委員会の対日総括所見をもとに構成しています。

参照元(出典)

  1. 今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会 報告書(令和8年2月6日公表)(wam.go.jp)
  2. 令和7年度 事業主団体との協議の場(令和7年12月18日開催)(wam.go.jp)
  3. 令和7年度 事業主団体との協議の場(令和8年3月13日開催)(wam.go.jp)
  4. 第12回 今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会(令和7年12月24日開催)(wam.go.jp)
  5. 第13回 今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会(令和8年1月30日開催)(wam.go.jp)

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