「孤立していますか?」と聞かれても答えられない——孤独対策の「網の目」から漏れる声

「孤立していますか?」と聞かれても答えられない——孤独対策の「網の目」から漏れる声

その質問は、届いているだろうか

「最近、孤独を感じることはありますか?」
内閣官房が実施した「孤独・孤立の実態把握に関する全国調査」では、こうした設問が用いられている。しかし、この問いに答えるためには、質問の意味を理解し、自分の状態を言語化し、回答手段にアクセスできなければならない。視覚障害のある人はオンライン調査のフォームを読めるだろうか。知的障害のある人は「孤立」という抽象的な概念を自分の暮らしに結びつけられるだろうか。国の調査票がポストに届く。けれど、もしその文字が読めなかったら、あるいは問いの意味が今の自分の暮らしと結びつかなかったら。その『声』は、なかったことにされてしまうのでしょうか。

令和8年3月19日に開催された第4回孤独・孤立対策推進会議では、孤独・孤立対策重点計画の改定が議論された。高齢者の社会的孤立、若者の孤独、ひとり親家庭の困難——さまざまな切り口が取り上げられる中で、障害者の孤立に特化した議論は十分とは言えない。「つながりにくさ」の構造そのものが、障害者を政策の視野から遠ざけているのではないか。

数字が語る「見えにくい孤立」

日本には約964万人の障害者がいる(令和5年版障害者白書)。身体障害者436万人、知的障害者109万人、精神障害者419万人。このうち、在宅で暮らす人が圧倒的多数を占める。

孤立の実態を示すデータは断片的だ。厚生労働省の「生活のしづらさなどに関する調査」では、障害者の外出頻度や社会参加の状況が調べられているが、「孤独感」を直接測定する設問は含まれていない。一方、みずほリサーチ&テクノロジーズが内閣官房の委託で実施した全国調査では、障害の有無別のクロス集計が公表されているものの、サンプル数の制約から詳細な分析は難しい。

しかし、現場の支援者たちの実感は一致している。「障害のある人の孤立は、見えにくい」。なぜなら、孤立している人はそもそも相談窓口に来ないし、調査に回答しないし、声を上げる手段を持たないことが多いからだ。

「つながりにくさ」の三つの壁

障害者の孤立には、一般的な孤立とは異なる構造的な要因がある。ここでは三つの壁として整理したい。

第一の壁
物理的アクセスの制約。移動に介助が必要な人にとって、地域のイベントや集まりに参加すること自体がハードルになる。ガイドヘルプ(移動支援)の支給量は自治体によって大きく異なり、月に数時間しか認められないケースもある。東京都内のある区では移動支援の月上限が50時間である一方、別の区では20時間に満たない。「友人に会いに行く」という目的では支給が認められない自治体もあり、誰かに会いに行くことが、制度によって『不要不急』とされてしまう。つながりを守るための福祉が、時として孤独を深める壁になってしまうという皮肉な現実があります。

第二の壁
コミュニケーションの障壁。聴覚障害者にとって、電話での相談は困難だ。知的障害者にとって、行政の文書は難解すぎる。発達障害者にとって、大人数の集まりは苦痛を伴うことがある。孤独・孤立対策で推進されている「相談窓口の充実」は重要だが、その窓口が障害特性に応じたコミュニケーション手段を備えていなければ、アクセスできない人を増やすだけだ。

第三の壁
社会的偏見と「遠慮」の文化。障害者自身が「迷惑をかけたくない」と感じ、自ら関係を閉ざしてしまうケースは少なくない。これは個人の性格の問題ではなく、長年にわたる社会的な経験の蓄積だ。幼少期からの排除経験、「お世話される側」という固定的な役割意識、そして善意の名のもとに行われる過剰な保護——これらが重なり、「助けを求めること」自体への心理的障壁を高くしている。

精神保健医療福祉検討会との交差——孤立が症状を悪化させる

精神保健医療福祉の今後の施策推進に関する検討会では、精神疾患に係る医療提供体制や地域移行の推進が議論されている。ここで見落とせないのは、孤立と精神疾患の双方向的な関係だ。

社会的孤立は、うつ病や統合失調症の症状を悪化させるリスク要因として知られている。逆に、精神疾患の症状が重くなると、外出や対人関係が困難になり、さらに孤立が深まる。この悪循環を断つためには、医療的な介入だけでなく、日常的な「居場所」や「つながり」の確保が不可欠だ。

しかし、孤独・孤立対策推進会議と精神保健医療福祉検討会の間に、制度的な連携の仕組みは見当たらない。孤立対策は内閣官房が司令塔となり、精神保健は厚生労働省の所管。縦割りの壁が、ここでも「同じ人」の暮らしを分断している。
いじめ防止対策との接点——子ども時代の排除が大人の孤立を生む
障害のある子どもがいじめに遭うリスクは、そうでない子どもに比べて高いことが国内外の調査で示されている。文部科学省のいじめ防止対策協議会では、いじめの早期発見・早期対応が議論されているが、障害のある子どもへのいじめの実態把握は十分とは言えない。

子ども時代にいじめや排除を経験した障害者が、大人になって「人とつながること」に恐怖を感じるのは、ごく自然な反応だ。孤独・孤立対策が大人の問題だけでなく、子ども時代からの予防的介入を視野に入れる必要があるのは、このためだ。障害のある子どもが安心して過ごせる学校環境の整備は、将来の孤立を防ぐ「先行投資」でもある。

「つながりにくさ」を制度の言葉に翻訳する

孤独・孤立対策重点計画の改定にあたり、障害者の「つながりにくさ」を政策に反映させるために、いくつかの具体的な提案をしたい。

1.孤独・孤立に関する全国調査に、障害特性に配慮した調査手法を導入すること。点字版・音声版・やさしい日本語版の調査票を用意し、必要に応じて調査員による聞き取りを実施する。これにより、これまで「見えなかった」障害者の孤立の実態が初めて可視化される。

2.移動支援の支給決定において、「社会参加」を明確な目的として位置づけること。通院や通学だけでなく、友人との交流や地域活動への参加を移動支援の正当な利用目的として認めることで、制度が「つながり」を後押しする仕組みに変わる。

3.相談窓口のアクセシビリティ基準を策定すること。電話だけでなく、チャット、ビデオ通話(手話対応)、やさしい日本語での対応など、多様なコミュニケーション手段を備えた相談体制を整備する。

「孤立していますか?」と聞く前に、できること

孤独・孤立対策が国の大きな課題として注目されるようになったことは、とても大切な一歩です。この「助けあいの網の目」をより細やかに、そして温かなものにしていくために、いま改めて、届きにくい場所にある小さな声に耳を澄ませる必要を感じています。

「孤立していますか?」という問いが、その人にちゃんと届く形になっているか。そして、勇気を出して届けてくれた声の隣に、そっと寄り添える支援の受け皿が用意されているか。

障害のある人たちの「つながりにくさ」を解きほぐすヒントは、意外にも身近なところに隠れているかもしれません。膨大な予算や新しい組織を待つだけではなく、例えば、移動支援のルールに「社会参加」という言葉をそっと添えてみる。

そんな、現場の知恵から生まれる「一行の書き換え」が、誰かの週末を彩り、一人ぼっちの不安を安心へと変えていく。そんな血の通った仕組みの積み重ねこそが、誰もが自分らしくいられる未来への一番の近道なのだと信じています。

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