精神科の「コミュニティケア」とは?入院中心から地域支援への転換を解説

精神科の「コミュニティケア」とは?入院中心から地域支援への転換を解説

「精神科に入院する」と聞いたとき、どんなイメージが浮かびますか。閉鎖的な病棟、長い入院期間、社会とのつながりが途切れてしまうこと――。日本では今も、精神疾患を抱える人の多くが長期入院を経験しています。一方で世界に目を向けると、「病院ではなく、地域のなかで暮らしながら支援を受ける」という考え方が広がっています。それが「コミュニティケア」です。

この記事では、コミュニティケアという制度の考え方を一から整理し、なぜ生まれたのか、日本の現場でどう使われているのか、そしてこれからの課題を考えます。

この制度(考え方)って何?

「コミュニティケア」とは、精神疾患や障害のある人が、入院や入所ではなく、住み慣れた地域のなかで必要な医療・福祉サービスを受けながら生活できるようにする支援の仕組みのことです。

もう少し具体的に言うと、次のような要素で成り立っています。

  • 訪問型の支援:看護師や精神保健福祉士が自宅を訪問し、服薬管理や生活上の困りごとを一緒に考える
  • 通所型の支援:デイケアや地域活動支援センターなど、日中に通える居場所を用意する
  • 危機対応(クライシスサポート):症状が悪化したとき、入院に至る前に地域のチームが駆けつけて対応する
  • 住まいの確保:グループホームや支援付き住居など、ひとりで暮らすことが難しい人のための住まいを整備する
  • 就労・社会参加の支援:就労継続支援事業所やピアサポート活動など、社会とのつながりを保つ仕組み

ポイントは、「病気を治してから地域に戻す」のではなく、「地域で暮らしながら回復を支える」という順序の転換にあります。治療の場と生活の場を分けず、暮らしのなかにケアを組み込んでいく発想なんです。

なぜこの考え方は生まれたのか

コミュニティケアの出発点は、20世紀半ばの欧米における「脱施設化(デインスティテューショナリゼーション)」の流れにあります。

1950〜60年代、欧米各国では大規模な精神科病院に何千人もの患者が収容されていました。しかし、長期入院は患者の社会性を奪い、人権侵害も起きやすいことが次第に明らかになります。イタリアでは精神科医フランコ・バザーリアが精神科病院の閉鎖を主導し、1978年に「バザーリア法(法律180号)」が成立。公立精神科病院の新規入院を禁止し、地域精神保健サービスへの移行を法律で定めました。

英国でも1960年代から段階的に大規模精神科病院を閉鎖し、地域のメンタルヘルスチーム(Community Mental Health Teams: CMHTs)を全国に配置していきました。NHSの枠組みのなかで、GPかかりつけ医と精神保健の専門チームが連携する体制を築いてきた歴史があります。

こうした転換の根底にあったのは、「精神疾患がある人にも、地域で暮らす権利がある」という考え方です。2006年に採択された国連・障害者権利条約(CRPD)第19条は、障害のある人が「どこで誰と生活するかを選択する機会」を持ち、「地域社会で生活する権利」を有することを明記しています。コミュニティケアは、こうした人権の視点と、長期入院がもたらす弊害への反省から生まれた仕組みなんですね。

日本の現場ではどうなっているのか

入院中心が続く日本の精神科医療

日本の状況は、欧米の流れとはかなり異なります。厚生労働省の「精神保健福祉資料(630調査)」によると、日本の精神科病床数は約32万床(2022年時点)。人口あたりの精神科病床数はOECD諸国のなかで突出して多く、平均在院日数も約270日と、他国と比べて桁違いに長いのが現状です。

なぜこうなったのか。背景には、1950年代〜60年代に国が民間精神科病院の増設を政策的に推進したことがあります。精神衛生法(1950年)のもとで病床が急増し、いったん作られた病床は経営上の理由もあって削減が進みにくい構造が生まれました。いわゆる「社会的入院」――医療的には退院可能だが、帰る場所や地域の受け皿がないために入院が続く状態――が長年にわたって問題視されてきました。

地域移行に向けた制度の整備

もちろん、日本でもコミュニティケアに向けた動きがないわけではありません。

  • 2004年「精神保健医療福祉の改革ビジョン」:厚生労働省が「入院医療中心から地域生活中心へ」という基本方針を打ち出しました。10年間で約7万人の社会的入院の解消を目標に掲げましたが、達成には至りませんでした。
  • 障害者総合支援法に基づくサービス:地域移行支援・地域定着支援という制度があり、入院中の人が退院に向けて住居探しや生活訓練を受けられる仕組みが用意されています。
  • 精神科訪問看護:医療保険のもとで、看護師や作業療法士が自宅を訪問して支援を行うサービスです。近年、利用者は増加傾向にあります。
  • 地域活動支援センター・就労継続支援事業所:日中の居場所や働く場として、地域での生活を支える拠点になっています。

自治体による温度差

ただし、これらのサービスの充実度は自治体によって大きく異なります。たとえば、精神科訪問看護ステーションの数は都市部に偏りがちで、地方では選択肢が限られます。地域移行支援の利用実績も、積極的に取り組む自治体とそうでない自治体の差が顕著です。

また、グループホームの整備状況にも地域差があります。退院しても住む場所がなければ地域生活は始まりません。住まいの確保は、コミュニティケアの「入口」であり、ここが整わなければ制度がいくら充実しても機能しないんです。

英国の最近の動きとの対比

参考までに、英国では2025年に保健社会福祉省(DHSC)がNHSメンタルヘルスセンター159か所の開設計画を発表し、約3.43億ポンド(約650億円)を投じる方針を示しました。救急外来(A&E)を経由せずに地域で早期に専門的な危機ケアを受けられる体制を目指すものです。こうした大規模な財政投入と制度設計は、コミュニティケアを「理念」から「インフラ」に落とし込む動きとして注目されます。

日本との違いは、財政規模だけではありません。英国ではNHSという公的医療制度のなかでメンタルヘルスチームが組織的に配置されるのに対し、日本では民間病院が精神科医療の大部分を担っているという構造的な違いがあります。この違いが、地域移行のスピードにも影響していると考えられます。

私たちが考えなくてはいけないこと

「地域に出す」だけでは足りない

コミュニティケアの議論で見落とされがちなのは、「退院させること」がゴールではないということです。地域に出たあと、孤立してしまう人は少なくありません。定期的に顔を合わせる人がいること、困ったときに相談できる場所があること、日中に行ける場所があること。こうした「つながり」の網の目が張り巡らされていなければ、地域生活は持続しません。

「受け入れる地域」の準備

精神疾患に対する偏見やスティグマも、依然として大きな壁です。グループホームの建設に地域住民が反対する事例は、残念ながら今も報告されています。コミュニティケアは、支援する側の制度設計だけでなく、「受け入れる地域」の意識や理解が伴って初めて機能する仕組みです。

当事者の声を聴く仕組みがあるか

もうひとつ問いたいのは、こうした制度の設計や運用に、当事者の声がどれだけ反映されているかということです。どんな支援があれば地域で暮らせるのか。何が不安で、何があれば安心できるのか。その答えを持っているのは、制度を使う本人です。ピアサポート(同じ経験を持つ人による支え合い)の仕組みを制度のなかに位置づけていくことも、これからの課題でしょう。

精神科医療が「入院中心」から「地域生活中心」に変わるとき、変わらなければならないのは制度だけではなく、私たちの社会そのものなのかもしれません。あなたの暮らす地域には、精神的な不調を抱えた人が安心して暮らせる場所がありますか。


もう少し知りたい方へ

参照元(出典)

  1. [更新] Department of Health and Social Care – GOV.UK gov.uk
  2. [更新] Mental Health Europe: Advocacy & Support for Well-being mentalhealtheurope.org
  3. [更新] ハートネット | NHK heart-net.nhk.or.jp
  4. [更新] ハートネット | NHK heart-net.nhk.or.jp

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