介護情報基盤と障害福祉は繋がるか——「私のデータ」が制度の壁を越える日

介護情報基盤と障害福祉は繋がるか——「私のデータ」が制度の壁を越える日

誕生日を迎えたら、支援者が「はじめまして」に戻ってしまう

64歳まで障害福祉サービスを使っていた人が、65歳の誕生日を境に介護保険へ移行する。制度上は「切り替え」と呼ばれるこの手続きが、当事者の暮らしにとっては断絶になることがある。それまでの支援記録、サービス利用の経緯、本人の特性や好み——長い時間をかけて積み重ねてきた「私の情報」が、新しいケアマネジャーの手元にはほとんど届かない。結果として、支援者との関係は「はじめまして」からやり直しになる。

この問題に風穴を開けるかもしれない動きが、2025年に入って静かに進んでいる。厚生労働省が公表した「介護情報基盤との連携に係るインタフェース仕様書」の改訂(第2.1版)と、デジタル庁による自治体向けマイナンバーカード活用情報の更新だ。一見すると技術文書の話に過ぎないが、その射程は「障害福祉と介護保険の間に横たわるデータの断絶」に確実に届いている。

仕様書改訂が意味すること——「箱」はできた、中身をどう詰めるか

介護情報基盤とは、介護事業所・自治体・医療機関などが利用者の情報を電子的にやりとりするための共通プラットフォームだ。今回の仕様書改訂では、ケアプランや要介護認定情報、主治医意見書などのデータ項目が整理され、システム間の連携ルールがより明確になった。

ポイントは「標準化」にある。これまで自治体ごと、事業所ごとにバラバラだったデータ形式を統一することで、A市で作成されたケアプランの情報がB市の事業所でもそのまま読み取れるようになる。引っ越しや施設の変更があっても、情報が途切れにくくなる仕組みだ。

しかし、現時点でこの基盤が対象としているのは「介護保険の中の情報」に限られる。障害福祉サービスの支援記録——たとえば相談支援専門員が作成したサービス等利用計画や、就労継続支援での作業記録、グループホームでの生活上の配慮事項——は、この基盤の外にある。

箱はできた。しかし、障害福祉側の情報をその箱に入れるためのルールは、まだ設計されていない。

「65歳の壁」の実態——届かない情報、途切れる支援

障害者総合支援法には「介護保険優先原則」がある。65歳になると、介護保険で対応可能なサービスについては介護保険を優先的に利用する仕組みだ。厚生労働省の統計によれば、障害福祉サービスの利用者のうち65歳以上の人は約30万人を超える。この中で介護保険との併用や移行を経験する人は年々増えている。

問題は、移行時に何が起きるかだ。

障害福祉の相談支援専門員と、介護保険のケアマネジャーは、制度上の所属が異なる。使うシステムも違えば、記録の書式も違う。ある自治体の相談支援専門員はこう話す。「移行の際にサービス等利用計画の写しを渡すことはできます。でも、紙1枚で伝わるのは概要だけ。10年かけて積み上げた関係性や、本人が言葉にしにくい不安、環境が変わると出やすいパニックの傾向——そうした情報は引き継ぎの場で口頭で伝えるしかない」。

口頭での引き継ぎは、担当者の異動や繁忙期の影響を受けやすい。結果として、移行直後にサービスの質が下がったり、本人が混乱して利用を中断してしまうケースが報告されている。

マイナンバーカードは「鍵」になるか

デジタル庁が自治体向けに更新したマイナンバーカードの活用情報は、主に本人確認や所得・資産情報の把握に関するものだ。介護保険の分野では、補足給付(施設入所時の食費・居住費の軽減)の判定に預貯金額の確認が必要となるが、現在は利用者本人が通帳の写しを提出するなどアナログな手続きが残っている。第3回「介護保険制度における預貯金等の把握に関する検討の場」が開催されたことからも、この仕組みの見直しが進行中であることがわかる。

マイナンバーを介して金融機関の情報を照会できるようになれば、手続きの負担は軽減される。だが、ここで考えたいのは、マイナンバー基盤が持つ「制度横断」の可能性だ。

現在、障害者手帳の情報や自立支援医療の受給者証情報は、マイナポータルで本人が確認できるようになりつつある。もしこの延長線上に、障害福祉サービスの利用履歴や支援計画の情報が載る未来が来れば、介護保険側のケアマネジャーが——本人の同意のもとで——過去の支援の文脈を参照できるようになる。

技術的には不可能ではない。問題は、そこに至るまでの制度設計と、何より「誰の同意で、どこまでの情報を、誰が見られるのか」という個人情報保護の設計だ。

海外の先行事例——エストニアの「X-Road」が示すもの

制度横断のデータ連携で先行するのがエストニアだ。同国の情報基盤「X-Road」は、医療・福祉・税務・教育など異なる省庁のデータベースを、共通のプロトコルで安全に接続する。国民はデジタルIDを使って自分のデータにアクセスでき、誰がいつ自分のデータを閲覧したかも確認できる。

人口約134万人の小国だからこそ実現できた面はある。しかし、設計思想には学ぶべき点が多い。特に「データは本人のものであり、行政はその預かり手に過ぎない」という原則は、日本の福祉データ基盤を考えるうえでも重要な指針になる。

日本でこれを実現するには、まず障害福祉と介護保険の間でデータ項目の標準化を進める必要がある。さらに、約1,700の自治体がそれぞれ異なるシステムを使っている現状を踏まえると、標準化のコストと時間は小さくない。自治体の基幹システム標準化は2025年度末を目標に進められているが、福祉分野の情報連携はその先の課題として残されている。

当事者・家族・支援者、それぞれにとっての意味

データ連携の話は、ともすると技術論に閉じてしまう。だが、その先にあるのは一人ひとりの暮らしだ。

当事者にとって——65歳を迎えるたびに「自分の障害をゼロから説明し直す」負担が軽くなる。特に知的障害や精神障害のある人にとって、自分の状態や必要な配慮を言語化すること自体が大きなハードルであり、データが橋渡しをする意味は大きい。

家族にとって——高齢の親が障害のある子の支援情報を抱え込んでいるケースは少なくない。親亡き後、あるいは親自身が介護を必要とする状態になったとき、支援の情報が電子的に残っていれば、次の支援者への引き継ぎが格段にスムーズになる。

支援者にとって——相談支援専門員もケアマネジャーも、限られた時間の中で最善のプランを組み立てている。過去の支援記録にアクセスできれば、アセスメントの精度は上がり、本人に同じ質問を何度も繰り返す必要がなくなる。

残された問い——「つなぐ」のは技術か、意志か

介護情報基盤の仕様書改訂は、介護保険の内側でのデータ連携を一歩前に進めた。マイナンバーカードの活用拡大は、制度を横断する「鍵」の可能性を広げた。しかし、障害福祉と介護保険の間にある制度の壁は、技術だけでは越えられない。

必要なのは、「障害福祉の情報を介護情報基盤に接続する」という明確な政策意志だ。そしてその設計には、当事者の声が欠かせない。「私のデータを、私の同意のもとで、私の暮らしのために使ってほしい」——この当たり前の願いを制度に実装するために、技術と制度と対話を重ねていく必要がある。

仕様書の改訂は地味なニュースかもしれない。けれど、その一行一行が、いつか誰かの「はじめまして」を「お待ちしていました」に変える日が来る。その日を少しでも早く引き寄せるために、私たちはこの動きを追い続けたい。

参照元(出典)

  1. 「介護情報基盤との連携におけるインタフェース仕様書(第2.1版)」について(wam.go.jp)
  2. 第3回介護保険制度における預貯金等の把握等に係る検討の場の開催について(mhlw.go.jp)
  3. 自治体向けマイナンバーカード活用情報において「マイナンバーカードの利用に必要となる基本情報」の資料を更新しました(digital.go.jp)
  4. 地方公共団体情報システム機構における個人番号カード関係事務に係る評価資料を掲載しました(digital.go.jp)

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