「ここしかなかった」をなくすために——有料老人ホームの情報公開と、障害のある高齢者が暮らしを選ぶということ

「ここしかなかった」をなくすために——有料老人ホームの情報公開と、障害のある高齢者が暮らしを選ぶということ

「本当はもっと自分に合う場所があったかもしれない。でも、探す方法がわからなかった」。ある視覚障害のある80代の女性が、有料老人ホームに入居して半年後にこぼした言葉だ。彼女は65歳を過ぎて障害福祉サービスから介護保険へと移行し、慣れ親しんだ支援者との関係が途切れた。新しい施設を探そうにも、パンフレットは読めず、ウェブサイトの情報はどこも似たような文言ばかり。結局、ケアマネジャーに紹介された一か所を見学しただけで入居を決めた。

こうした「選べない」現実は、決して珍しい話ではない。いま、厚生労働省が進める「有料老人ホームにおける望ましいサービス提供のあり方に関する検討会」では、まさにこの問題が議論の俎上に載っている。情報がなければ選べない。選べなければ、自分の暮らしを自分で決められない。これは介護の質の問題であると同時に、一人ひとりの尊厳に関わる問題だ。

数字の向こうにある「暮らし」のこと

内閣府の「障害者白書」(令和5年版)によれば、身体障害者手帳を持つ人のうち65歳以上が占める割合は約7割、およそ300万人を超える。知的障害や精神障害のある人も高齢化が進んでおり、障害と加齢が重なる人の数は年々増えている。

一方、有料老人ホームの数は全国で約1万6,000か所(2023年時点)。数だけを見れば選択肢は多いように思えるが、障害特性に応じた対応ができる施設がどれだけあるかは、外からはほとんど見えない。「バリアフリー対応」と書いてあっても、それが車いすでの移動を指すのか、視覚障害者への音声案内があるのか、聴覚障害者向けの緊急通報システムがあるのか——具体的な中身がわからなければ、判断のしようがない。

300万人という数字は、300万通りの暮らしがあるということだ。一人ひとりの障害の状態も、これまでの生活歴も、大切にしたいことも違う。それなのに、「空きがあるから」「近いから」という理由だけで住む場所が決まってしまう現実がある。

「65歳の壁」——制度の切れ目が暮らしの切れ目になるとき

障害のある人が65歳を迎えると、原則として障害福祉サービスから介護保険サービスへと移行する。これがいわゆる「65歳の壁」だ。

この移行によって何が起きるか。まず、長年の関係を築いてきた障害福祉の相談支援専門員から、介護保険のケアマネジャーへと担当が変わる。支援の枠組みが変わるだけでなく、「自分のことをわかってくれる人」が変わるということだ。新しいケアマネジャーが障害福祉の制度や支援のあり方に詳しいとは限らない。結果として、本人の障害特性が十分に理解されないまま、介護保険の枠内でサービスが組み立てられることがある。

有料老人ホームの選択においても同じことが起きる。障害福祉サービスを利用していた時期には、グループホームや入所施設など、障害特性に配慮された選択肢があった。しかし65歳を境に、選択肢は介護保険の世界に限定される。有料老人ホームの多くは「高齢者」を想定して設計されており、障害のある高齢者の固有のニーズ——たとえばコミュニケーション支援、感覚過敏への配慮、行動障害への理解——に対応できる体制が整っているとは限らない。

2018年に始まった「共生型サービス」は、この壁を低くするための仕組みだ。障害福祉と介護保険の両方の指定を受けた事業所が、65歳を超えても同じ場所でサービスを受けられるようにする。しかし、共生型サービスの指定を受けた事業所は全国でもまだ限られており、都市部と地方の格差も大きい。制度はできたが、暮らしの現場にはまだ届ききっていない。

情報を届ける仕組みをどうつくるか

厚生労働省の検討会で議論されている柱のひとつが、情報公開の仕組みの見直しだ。

現在、介護サービス事業所の情報は「介護サービス情報公表システム」で公開されている。しかし、このシステムに掲載されている情報は画一的で、施設ごとの特色や強みが見えにくいという課題がある。たとえば、「認知症ケアに力を入れている」「リハビリが充実している」といった情報はあっても、「障害のある方の受け入れ実績がある」「手話ができるスタッフがいる」「自閉スペクトラム症の方への環境調整ができる」といった情報は、ほとんど掲載されていない。

また、厚生労働省が推進する「科学的介護情報システム(LIFE)」は、介護の質をデータで可視化する試みとして注目されている。各施設が提供するケアの内容と利用者の状態変化をデータとして蓄積し、エビデンスに基づいた介護の実現を目指すものだ。2024年度の介護報酬改定では、LIFEへのデータ提出が加算要件としてさらに拡大された。

ただし、LIFEはあくまで事業者と行政のためのシステムであり、利用者や家族が施設を選ぶための情報源としては設計されていない。「データが集まること」と「そのデータが必要な人に届くこと」のあいだには、まだ大きな溝がある。

では、どうすればいいのか。ひとつの方向性は、情報公表システムの項目に「障害特性への対応状況」を加えることだ。具体的には、対応可能な障害種別、過去の受け入れ実績、スタッフの研修歴、設備の詳細(筆談ボードの有無、感覚過敏に配慮した個室の有無など)を、チェックリスト形式で公開する。これだけでも、探す側の手がかりは格段に増える。

もうひとつは、情報の「届け方」を変えることだ。ウェブサイトだけでなく、音声読み上げ対応、やさしい日本語版、多言語対応など、アクセシビリティの確保が欠かせない。障害のある本人が自分で情報を得られること。これは情報公開の前提条件であるはずだ。

施設の側に求められること

情報を公開する仕組みが整っても、施設の側に受け入れる力がなければ、選択肢は絵に描いた餅になる。

有料老人ホームのスタッフの多くは、介護福祉士やヘルパーとしての研修を受けているが、障害福祉の専門的な知識を持つ人は少ない。たとえば、強度行動障害のある方への対応、高次脳機能障害のある方とのコミュニケーション、精神障害のある方の服薬管理と生活リズムの支援——これらは介護の研修だけではカバーしきれない領域だ。

2026年度の介護報酬改定に向けた議論では、サービス提供体制の強化が論点のひとつになっている。ここに「障害のある高齢者への対応力」という視点を組み込めないだろうか。たとえば、障害福祉の現場経験があるスタッフの配置や、障害特性に関する研修の実施を加算要件に含めることで、施設側のインセンティブを高めることができる。

また、地域の障害者支援センターや相談支援事業所との連携も重要だ。施設の中だけで完結しようとするのではなく、地域の専門家と一緒に支援を組み立てる。そうした連携の実績も、情報公開の項目に含めるべきだろう。

海外の事例から考える——イギリスの「ケアの質委員会」

イギリスには「Care Quality Commission(CQC、ケアの質委員会)」という独立機関がある。すべての介護・医療サービス提供者を定期的に査察し、その結果を「Outstanding(傑出)」「Good(良好)」「Requires Improvement(改善が必要)」「Inadequate(不十分)」の4段階で公開している。利用者はウェブサイトで地域の施設を検索し、評価結果を比較できる。

注目すべきは、CQCの評価基準に「利用者の個別性への対応」が含まれている点だ。障害の有無にかかわらず、一人ひとりの状態やニーズに合わせたケアが提供されているかどうかが、査察の重要な観点になっている。

日本にこの仕組みをそのまま持ち込むことは難しい。独立した査察機関の設置にはコストも人材も必要だし、日本の介護保険制度の構造とも異なる。しかし、「第三者が評価し、その結果を誰でも見られるようにする」という原則は、日本でも取り入れられるはずだ。現在の第三者評価制度を拡充し、障害特性への対応を評価項目に加えること。そして、その結果を情報公表システムと連動させること。これなら、既存の仕組みの延長線上で実現できる。

「選べる」ということは、「自分の暮らしを決められる」ということ

冒頭の女性の話に戻りたい。彼女が「もっと自分に合う場所があったかもしれない」と感じたのは、入居後に別の施設の存在を知ったからだ。そこには視覚障害者向けの生活訓練プログラムがあり、点字メニューで食事を選べ、スタッフが日常的にガイドヘルプの技術を使っていた。「知っていたら、そっちを選んだかもしれない」。彼女はそう言って、少し笑った。

施設を選ぶという行為は、単に「どこに住むか」を決めることではない。どんな暮らしをしたいか、何を大切にしたいか、誰とどう過ごしたいか——自分の人生を自分で決めるということだ。障害者権利条約第19条が掲げる「地域社会で生活する権利」の根幹にあるのも、この「自己決定」の尊重にほかならない。

情報公開の仕組みを整えること。施設の対応力を高めること。制度の切れ目を埋めること。どれも一朝一夕にはいかない。けれど、「あの人が次に施設を探すとき、もう少し選びやすくなっていたらいいな」——そう思いながら、一つずつ進めていくことはできる。

「選べない」を「選べる」に変える。それは制度の話であると同時に、一人ひとりの暮らしの話だ。検討会の議論が、書類の上の整理で終わらず、あの女性のような人の手元に届く変化につながることを、静かに、でも強く願っている。

参照元(出典)

  1. 有料老人ホームにおける望ましいサービス提供のあり方に関する検討会(第8回)の資料について(mhlw.go.jp)
  2. 社会保障審議会(介護給付費分科会)|厚生労働省(mhlw.go.jp)
  3. 「介護情報基盤との連携におけるインタフェース仕様書(第2.1版)」について(wam.go.jp)
  4. 介護保険最新情報Vol.1530(PDF)(wam.go.jp)

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