生活保護基準部会×退職手当共済×介護給付費──「支える人」のお金が静かに動いている

生活保護基準部会×退職手当共済×介護給付費──「支える人」のお金が静かに動いている

今、3つの審議会が同時に動いている。生活保護基準部会、社会福祉施設職員退職手当共済制度検討会、そして介護給付費分科会。それぞれ別のテーブルで議論されているけれど、横に並べてみると、ひとつの問いが浮かび上がる。

「福祉を支える人は、ちゃんと支えられているのか」。

この記事では、3つの審議会を横断しながら、福祉の現場で働く人たちの「お金」の構造を、できるだけ具体的に見ていきたい。

生活保護基準と福祉職員の給与──「支える側」と「支えられる側」の境界線

生活保護基準部会では、令和9年度の基準改定に向けた検証作業が進んでいる。生活保護の生活扶助基準は、単身世帯(65歳)の場合、級地や地域によって月額約6万5,000円〜約7万8,000円程度。住宅扶助を加えると、都市部では月額約12万〜13万円台になることが多い。

この金額は「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するラインだ。では、福祉の現場で働く人の暮らしはどうか。

厚生労働省の「令和5年度介護従事者処遇状況等調査」によれば、介護職員(常勤)の平均月収は約29万3,000円。一見すると生活保護基準を大きく上回っているように見える。しかし、ここから社会保険料や税金を引いた手取りは22万〜23万円前後になる。さらに奨学金の返済や家賃を差し引くと、都市部の一人暮らしでは自由に使えるお金がほとんど残らない、という声は現場で珍しくない。

特に非常勤やパートで働く福祉職員の場合、月収が15万円を下回ることもある。生活保護基準との差が数万円しかない——そんな現実が、福祉の現場には確かに存在している。

「支える側」と「支えられる側」の境界線が、思っている以上に近い。この事実を、私たちはもっと正面から見つめる必要があるのではないだろうか。

ただし、誤解してほしくないのは、これは「生活保護基準が高すぎる」という話では決してない、ということだ。最低限度の生活を保障する基準は守られるべきもの。問題は、人の命と暮らしを支える仕事の対価が、その基準のすぐそばにあるという構造そのものにある。

退職手当共済制度──「長く働いてほしい」の仕組みは機能しているか

社会福祉施設職員退職手当共済制度検討会では、福祉職員の退職後の暮らしを支える仕組みについて議論が行われている。

この制度は、社会福祉法人が運営する施設の職員を対象に、独立行政法人福祉医療機構が退職手当金を支給するものだ。掛金は事業主が負担し、公費助成も一部入っている。福祉の現場で長く働いた人が、辞めた後も安心できるように——という趣旨で設けられた制度である。

では、実際にどのくらいの金額になるのか。

同制度における退職手当金は、勤続年数と掛金月額に応じて計算される。たとえば勤続10年で退職した場合、支給額はおよそ90万〜110万円程度。勤続20年でも250万〜300万円前後にとどまることが多い。

一方、人事院の調査によれば、国家公務員の勤続20年以上の定年退職者の退職手当は平均で約2,100万円。民間企業(大卒・勤続20年以上の定年退職)でも約1,900万円という数字がある。もちろん勤続年数や規模の違いがあるため単純比較はできないが、福祉職員の退職手当が相対的に手薄であることは否めない。

さらに見逃せないのは、この制度の対象が「社会福祉法人が運営する施設の職員」に限られている点だ。近年、福祉サービスの担い手は株式会社やNPO法人にも広がっている。そこで働く職員には、この制度は適用されない。同じ仕事をしていても、運営主体によって退職後の保障に差が出る。この「制度の外側にいる人たち」の存在を、検討会がどこまで視野に入れるかは注目すべきポイントだ。

「長く働いてほしい」と言うなら、長く働いた先に何があるのかを示す必要がある。退職手当共済制度は、その「先」を描く数少ない仕組みのひとつだからこそ、もっと議論されていい。

介護給付費分科会──報酬改定は「誰の朝」を変えるのか

介護給付費分科会では、次期介護報酬改定に向けた議論が本格化している。介護報酬とは、介護サービスの公定価格のこと。この金額が上がれば事業所の収入が増え、職員の処遇改善にもつながり得る。

令和6年度の介護給付費は約11兆円を超える見通しだ(厚生労働省推計)。2000年の介護保険制度創設時は約3.6兆円だったことを考えると、約3倍に膨らんでいる。高齢化の進展に伴い、この数字は今後も増え続ける。

これまでも「処遇改善加算」という仕組みで、介護職員の賃上げは段階的に進められてきた。令和6年度の報酬改定では、処遇改善に関する加算が一本化・拡充され、月額平均で約6,000円の賃上げ効果があるとされた。

しかし、現場の受け止めは複雑だ。加算の算定には計画書の作成や実績報告など事務負担が伴う。小規模な事業所ほど、その負担が重くのしかかる。「加算を取るための書類を書く時間で、もう一人の利用者さんに向き合えるのに」——そんな声を、取材のなかで何度も聞いてきた。

また、介護報酬の引き上げは、そのまま介護保険料の上昇につながる。65歳以上の第1号被保険者の介護保険料は、全国平均で月額約6,225円(令和6〜8年度)。制度開始時の約2,911円から倍以上になっている。つまり、介護を受ける可能性のある高齢者自身の負担も増えている。

報酬を上げれば職員の暮らしは少し楽になるかもしれない。でも、その財源は保険料や税金として、利用者やその家族、そして私たち一人ひとりの暮らしから出ている。「誰かの暮らしを良くするために、別の誰かの暮らしが苦しくなる」——そんな構造にならないための知恵が、今まさに求められている。

3つの審議会を横に並べて見えること

生活保護基準部会、退職手当共済制度検討会、介護給付費分科会。この3つは、それぞれ別の制度を扱っている。でも、横に並べてみると、ひとつの風景が見えてくる。

福祉を支える人の「入口の給与」「出口の退職金」「その財源」が、すべて同時に揺れているということだ。

入口——現役時代の給与は、生活保護基準のすぐ上にある人もいる。

出口——退職後の手当は、他業種と比べて手薄なままだ。

財源——介護報酬を上げれば保険料が上がり、利用者の負担が増える。

この三角形のどこかひとつだけを動かしても、全体は変わらない。だからこそ、3つの議論を「別々の話」として聞くのではなく、「ひとつの暮らしの話」としてつなげて考える視点が必要だと思う。

「こうなったらいいのに」を、小さく描いてみる

では、どうすればいいのか。大きな制度改革の話は専門家に委ねるとして、この記事を読んでくれたあなたと一緒に、「こうなったらいいのに」を小さく描いてみたい。

たとえば、退職手当共済制度の対象を、運営主体にかかわらず「福祉の仕事をしているすべての人」に広げること。たとえば、処遇改善加算の事務負担を思い切って減らして、現場の時間を利用者に返すこと。たとえば、福祉職員の給与水準を議論するとき、生活保護基準との関係を公式に検証する場を設けること。

どれもすぐに実現するものではないかもしれない。でも、「こうなったらいいのに」を言葉にすることが、制度を動かす最初の一歩だと信じている。

冒頭のグループホームの職員は、今朝も誰かの「おはよう」を支えている。その人が10年後も、20年後も、安心してその場所にいられるように。3つの審議会の議論の先に、そんな未来があることを願っている。

今後の注目スケジュール

  • 生活保護基準部会:令和9年度改定に向けた検証作業が継続中。消費実態調査のデータ分析と基準の妥当性検証が焦点
  • 退職手当共済制度検討会:制度の持続可能性と対象範囲の見直しが論点。公費助成のあり方も議題に
  • 介護給付費分科会:次期報酬改定(令和9年度)に向けた実態調査と論点整理が進行中。処遇改善の効果検証が鍵

fukushi.tvでは、これらの審議会の動きを引き続き追いかけていきます。「知らなかった」が「知ってよかった」に変わる瞬間を、一緒に見つけていけたらうれしいです。

参照元(出典)

  1. 第57回社会保障審議会生活保護基準部会 資料(mhlw.go.jp)
  2. 社会福祉施設職員等退職手当共済制度の在り方に関する検討会(第2回)配布資料(wam.go.jp/mhlw.go.jp)
  3. 第257回 社会保障審議会 介護給付費分科会(令和8年5月25日開催)(wam.go.jp)
  4. 介護給付費等実態統計月報(令和8(2026)年2月審査分)(mhlw.go.jp)

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