国連の目が見つめる日本の障害者政策——「私たちのことを私たち抜きに決めないで」は、どこまで届いたか

国連の目が見つめる日本の障害者政策——「私たちのことを私たち抜きに決めないで」は、どこまで届いたか

「Nothing about us without us(私たちのことを私たち抜きに決めないで)」——障害者権利条約の精神を一言で表すこの言葉が、いま改めて問い直されている。国連障害者権利条約の特別報告者による日本への関心が高まるなか、DPI日本会議は2026年の国政選挙を見据えた政党への公開質問状の準備を進め、欧州障害者フォーラム(EDF)は当事者参画の国際基準を次々と更新している。条約批准から11年。日本の障害者政策は「当事者とともにつくる」段階に本当に進んだのか。制度の文言ではなく、一人ひとりの暮らしの手触りから検証したい。

批准から11年——数字が語る「変わったこと」と「変わらないこと」

日本が障害者権利条約を批准したのは2014年1月。その前後で、障害者差別解消法の制定(2013年)、改正障害者雇用促進法の施行(2016年・2024年段階的引き上げ)など、法制度の整備は確かに進んだ。民間事業者への合理的配慮の提供義務化が2024年4月に施行されたことは、大きな一歩だった。

一方で、数字は別の現実も映し出す。内閣府の障害者白書(2024年版)によれば、日本の障害者数は約1,160万人。国民のおよそ9.2%にあたる。しかし、障害者の実雇用率は民間企業で2.33%(2023年6月時点)にとどまり、法定雇用率2.3%をわずかに上回る水準だ。2024年4月からは法定雇用率が2.5%に引き上げられたが、達成企業の割合は約50%前後で推移しており、「制度はあるが届いていない」層が依然として厚い。

さらに深刻なのは、障害のある人の死亡率が一般人口と比較して顕著に高いという国際的な指摘だ。WHOの報告では、障害者の平均寿命は非障害者と比べて最大20年短いケースもあるとされる。日本国内でも、東日本大震災における障害者の死亡率は全体の約2倍に達した。この数字は、防災・減災における「合理的配慮」がいかに不十分であったかを物語っている。日本障害者協議会はこうした現実を踏まえ、災害時の避難支援体制やバリアフリーの抜本的強化を求める声明を繰り返し発表してきた。

数字の向こうには、朝起きてヘルパーが来るまで動けない人がいる。通勤ラッシュの駅でエレベーターに3本待ちする車いすユーザーがいる。制度の「進捗」は、その人たちの朝をどれだけ変えただろうか。

DPI日本会議の挑戦——選挙を「当事者の声」で動かす

DPI(障害者インターナショナル)日本会議は、「障害の有無によって分け隔てられない社会」を掲げ、地域生活の自立支援、インクルーシブ教育の推進、交通バリアフリーの拡充など多岐にわたる政策提言を行ってきた。

注目すべきは、2026年に予定される次期国政選挙に向けた動きだ。DPI日本会議は各政党に対して障害者政策に関する公開質問状を送付し、回答を一覧表にして公表する計画を進めている。過去にも同様の取り組みは行われてきたが、今回はより踏み込んだ質問項目——たとえば「重度訪問介護の支給決定における地域間格差をどう是正するか」「精神科病院における長期入院の解消に向けた具体的工程表はあるか」など——を盛り込む方針だという。

この取り組みの意義は、単に政党の姿勢を「見える化」することにとどまらない。質問項目そのものを当事者が議論し、策定するプロセスに価値がある。何を問うかを決めること自体が、政策形成への参画だからだ。

ただし、課題もある。公開質問状への回答は各政党の「建前」にとどまりやすく、実際の予算配分や法案提出との乖離が生じることも少なくない。DPI日本会議の副議長は「回答を引き出すだけでなく、その後の実行を監視し続ける仕組みが必要だ」と語る。選挙が終われば忘れられる——そんな繰り返しを断ち切れるかどうかが、この取り組みの真価を決める。

欧州から学ぶ——当事者参画は「席を用意する」だけでは足りない

欧州障害者フォーラム(EDF)は、EU加盟国を中心に約1億人の障害者を代表する欧州最大の障害者団体ネットワークだ。EDFが一貫して求めてきたのは、政策の「あらゆる段階」への当事者参画である。

具体的には、EU指令や規則の草案段階でEDFが公式にコンサルテーションを受ける仕組みが制度化されている。2019年に成立した欧州アクセシビリティ法(European Accessibility Act)の策定過程では、EDFが法案の条文レベルで修正提案を行い、実際に複数の条項に反映された。これは「意見を聞きました」という形式的な参画とは質が異なる。

さらにEDFは、障害のある若者のリーダーシップ育成プログラムを運営し、次世代の当事者が国際会議やEU機関で発言する機会を体系的に提供している。政策を「つくる側」に当事者が立つための人材育成まで視野に入れている点は、日本が学ぶべき重要な示唆だ。

翻って日本はどうか。障害者政策委員会には当事者委員が含まれているものの、委員の選任プロセスの透明性や、知的障害・精神障害のある当事者の参画率には課題が残る。会議資料が事前に十分な時間的余裕をもって提供されない、手話通訳や要約筆記の体制が不十分といった「参画の質」の問題も指摘されてきた。

席を用意するだけでは足りない。その席に座った人が実質的に発言でき、その発言が政策に反映される回路が保障されて初めて、「私たち抜きに決めないで」は実現する。

日本に持ってくるなら何が必要か——3つの提案

欧州の仕組みをそのまま日本に移植することはできない。EUという超国家的な枠組みと、日本の中央集権的な政策形成プロセスは構造が異なる。しかし、エッセンスを翻訳することはできる。

第一に、政策形成の「上流」への参画を制度化すること。現在、障害者政策委員会は主に既存の計画の進捗を監視する役割が中心だ。法案の企画立案段階、予算編成の概算要求段階から当事者団体が関与できる仕組みを設計すべきだろう。具体的には、各省庁の障害者関連施策の企画段階で当事者ヒアリングを義務化し、その結果を公文書として残す制度が考えられる。

第二に、「参画のコスト」を公的に保障すること。当事者が会議に出席するためには、介助者の確保、移動支援、情報保障(手話通訳・点字資料・わかりやすい版の作成)が必要だ。これらの費用を「参画する側」の自己負担とするのではなく、政策形成のインフラコストとして予算化すべきだ。EDFでは、EU機関がこうしたアクセシビリティ費用を負担する仕組みが確立されている。日本でも、たとえば年間数千万円規模の「当事者参画保障基金」のような枠組みが検討に値する。

第三に、次世代の当事者リーダーを育てる投資。現在の障害者運動を支えるリーダー層の高齢化は深刻な課題だ。20代・30代の障害のある若者が政策提言のスキルを学び、国際会議で発言できるようになるための研修プログラムを、官民連携で整備する必要がある。

小さな希望の在りか

取材を重ねるなかで、ひとつ印象的だった言葉がある。ある地方自治体の障害福祉計画策定委員会に初めて参加した知的障害のある男性が、会議後にこう言った。「難しかったけど、自分の話を関係ない人が関係あるって顔で聞いてくれた。それが嬉しかった」。

制度を変えることは大切だ。しかし、制度が変わる前に、「聞く姿勢」が変わることもある。その小さな変化の積み重ねが、やがて制度を動かす力になる。

2026年の選挙、国連の次回審査、そして日々の暮らしのなかで、「私たちのことを私たち抜きに決めないで」という声がどこまで届くか。その声を届ける回路を太くすることが、メディアの責任でもあると思っている。

制度の文言の奥にある、一人ひとりの朝の風景を、これからも伝えていきたい。

参照元(出典)

  1. 日本障害者協議会(jdnet.gr.jp)
  2. 私たちの活動 | DPI日本会議(dpi-japan.org)
  3. Homepage – European Disability Forum(edf-feph.org)
  4. World Federation of the Deaf | Inclusion & Equal Rights(wfdeaf.org)

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