英国10年計画×日本の障害者部会──福祉の「設計図」を比べたら、見えてきた3つの差

英国10年計画×日本の障害者部会──福祉の「設計図」を比べたら、見えてきた3つの差

「あなたの暮らしは、誰が設計したのか」

家を建てるとき、住む人の声を聞かずに図面を引く建築家はいない。けれど福祉制度の「設計図」はどうだろう。制度をつくる人と、制度のなかで暮らす人との距離が遠いまま、図面だけが積み上がっていく──そんな光景に心当たりはないだろうか。

2025年春、英国保健社会福祉省(DHSC)はNHS(国民保健サービス)と社会的ケアの未来を描く10年計画の骨格を公表した。同じ時期、日本では社会保障審議会・障害者部会の第157回会合が開かれ、障害者総合支援法の次期改正に向けた論点整理が進んでいる。さらに内閣府の障害者政策委員会第88回では、障害者基本計画(第5次)の実施状況が点検された。

海の向こうの計画と、足元の審議会。舞台はまったく違うが、どちらも「これからの10年、障害のある人の暮らしをどう支えるか」という同じ問いに向き合っている。本稿では「当事者参画」「予算と資源配分」「評価指標」の3つの軸で両国の設計思想を比べ、日本の議論に何が足りていて、何が足りていないのかを考えてみたい。

1. 当事者参画──「声を聞く」と「一緒につくる」の違い

英国:13万件の声を設計に組み込む

英国の10年計画策定プロセスで目を引くのは、計画の骨格を固める前に全国規模の公開協議(パブリック・エンゲージメント)を実施し、約13万件の市民の意見を集めたという事実だ。オンラインアンケートだけでなく、地域ごとの対面イベント、障害当事者団体との共同ワークショップが複数回開かれた。集まった意見は独立した分析チームがテーマごとに分類し、計画本文にどの意見がどう反映されたかを対照表として公開する仕組みになっている。

つまり「声を聞きました」で終わらせず、「聞いた声をこう使いました」まで可視化する。これは、当事者にとって「自分の言葉が制度の一部になった」と実感できるプロセスだ。

日本:委員構成は進んだ、しかし「反映の見える化」が弱い

日本の障害者部会や障害者政策委員会にも、身体・知的・精神・難病など多様な障害種別の当事者委員が参加している。第88回障害者政策委員会の名簿を見ると、委員30名のうち当事者・家族団体の代表は10名を超える。委員構成だけを見れば、国際的にも決して見劣りしない。

しかし課題は「その先」にある。委員が会合で述べた意見が、最終的な計画や報告書のどの文言に、どう反映されたのか。その対応関係を示す資料は公開されていない。議事録は公開されるものの、数百ページに及ぶ議事録を読み解いて「自分の発言がどこに着地したか」を追跡できる当事者は限られる。

英国との差は、参画の「入口」ではなく「出口」にある。声を集める仕組みは整いつつあるが、集めた声の行き先を透明にする仕組みがまだ弱い。ここを埋めない限り、「形だけの参画」という批判は消えないだろう。

2. 予算と資源配分──数字の解像度が暮らしの解像度を決める

英国:地域ケアに年間約226億ポンドの輪郭

英国の10年計画は、NHSの年間予算約1,820億ポンド(約34兆円、2024-25年度)の再配分を軸に据えている。計画のなかで特に注目されるのは、病院中心の医療から地域・在宅ケアへの資金シフトだ。社会的ケア(ソーシャルケア)への公的支出は年間約226億ポンド(約4.3兆円)とされ、10年計画ではこの領域の拡充方針が明記された。障害者のパーソナルバジェット(個別予算)制度の拡大や、介護人材の賃金底上げなど、「誰に・いくら・何のために」が比較的はっきり示されている。

もちろん英国にも課題は山積している。社会的ケアの待機者は約40万人に上り、地方自治体の財政逼迫で計画通りに資金が届くかは不透明だ。それでも「数字を出して議論する」という土俵が整っている点は大きい。

日本:約3.9兆円の障害福祉予算、しかし「配分の地図」が見えにくい

日本の障害福祉サービス等関係予算は、2024年度で約3兆9,000億円。10年前の約2倍に膨らんでおり、予算規模だけを見れば決して小さくない。問題は、この3.9兆円がどの地域の、どのサービスに、どんな優先順位で配分されているかが、一般市民にはほとんど見えないことだ。

障害者部会の第157回会合でも、報酬改定や処遇改善加算の議論は行われているが、それが全国約130万人の障害福祉サービス利用者一人ひとりの暮らしにどう波及するのかを示すシミュレーションは提示されていない。たとえば「処遇改善加算の引き上げで、支援員の平均月収が◯万円上がり、離職率が◯ポイント下がる見込み」といった因果の道筋が示されれば、予算の議論は一気に「暮らしの議論」に変わる。

英国のパーソナルバジェットのように「一人の利用者に年間いくらの予算が紐づいているか」を可視化する発想は、日本の障害福祉計画にも応用できるはずだ。数字の解像度を上げることは、暮らしの解像度を上げることに直結する。

3. 評価指標──「やりました」と「変わりました」の間にあるもの

英国:アウトカム指標を公開し、毎年検証する

英国の10年計画には、施策の成果を測るアウトカム指標(成果指標)が組み込まれている。たとえば「地域で暮らす障害者の主観的ウェルビーイング・スコア」「入院から地域生活への移行日数」「パーソナルバジェットを利用している人の割合」などだ。これらの指標はNHS Digitalのウェブサイトで定期的に更新・公開され、誰でもアクセスできる。

指標があるからこそ、「計画は進んでいるのか、止まっているのか」を市民が自分の目で確かめられる。政策の透明性とは、情報を出すことだけではなく、「判断材料を渡すこと」だ。

日本:プロセス指標は豊富、アウトカム指標は発展途上

日本の障害者基本計画(第5次)にも進捗管理の仕組みはある。障害者政策委員会が毎年度、各府省の実施状況を点検し、意見を付す。しかし報告書を読むと、指標の多くは「◯◯事業を実施した」「◯◯件の相談を受け付けた」といったプロセス指標(活動指標)であり、「その結果、当事者の暮らしがどう変わったか」を測るアウトカム指標は限定的だ。

たとえば「障害者の地域移行」を掲げるなら、施設入所者数の推移だけでなく、「地域に移行した人の1年後の生活満足度」「再入所率」「地域での社会参加頻度」といった指標がなければ、移行が本当に「良い暮らし」につながったのかは分からない。第88回政策委員会でも複数の委員から「数値目標の具体化」を求める発言があったが、具体的な指標セットの提案には至っていない。

ここにこそ、英国の手法を参照する意味がある。すべてを輸入する必要はないが、「何を測れば、暮らしの変化が見えるか」という問いを共有することは、日本の議論を一段深くしてくれるはずだ。

日本に持ってくるなら、何が必要か

英国の10年計画を「進んでいる」と称賛するだけでは意味がない。英国には英国の文脈がある。NHSという国営医療制度、地方自治体の社会的ケア責任、パーソナルバジェットの歴史的蓄積。これらは一朝一夕に移植できるものではない。

それでも、日本が明日からでも取り入れられることが3つある。

第一に、「反映の見える化」。審議会で出た意見と、最終報告書の文言を対照表にして公開する。技術的には難しくない。これだけで当事者参画の実質性は大きく変わる。

第二に、「一人あたりの予算」の試算公開。障害福祉予算3.9兆円を利用者数で割れば、一人あたり年間約300万円。この数字を出発点に、サービス種別ごとの配分を可視化するだけで、予算の議論は抽象論から脱却できる。

第三に、「暮らしの変化を測る指標」の導入。まずは小規模なパイロット調査でもいい。地域移行した人の生活満足度を1年間追跡し、その結果を政策委員会に報告する。データが蓄積されれば、制度設計の精度は飛躍的に上がる。

設計図の先にある暮らし

どんなに美しい設計図も、住む人が快適でなければ意味がない。英国の10年計画も、日本の障害者部会の議論も、最終的に問われるのは「あの人の朝が、少しでも楽になったか」だ。

制度を比べることは、優劣をつけることではない。「自分たちの設計図に足りない線はどこか」を見つけるためだ。日本の福祉制度には、きめ細かいサービス体系や、世界に誇れる国民皆保険の基盤がある。そこに「声の行き先の透明性」「数字の解像度」「暮らしの変化を測る目」を加えることができれば、設計図はもっと住みやすい家の形に近づく。

次の障害者部会、次の政策委員会で、一枚の対照表が配られる日を待ちたい。それは小さな一歩だが、制度の中で暮らす130万人にとっては、自分の声が届いた証になる。

参照元(出典)

  1. Department of Health and Social Care – GOV.UK(gov.uk)
  2. 第157回 社会保障審議会 障害者部会(令和8年7月10日開催)(wam.go.jp)
  3. 第88回 障害者政策委員会(令和8年7月8日開催)(wam.go.jp)

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