災害時、障害のある人の情報はどこにあるか——個別避難計画とデータ連携の「現在地」を考える

災害時、障害のある人の情報はどこにあるか——個別避難計画とデータ連携の「現在地」を考える

あの日、名簿はあったのに——届かなかった支援

大きな地震が起きたとき、避難所に誰が来ていないかを把握できる自治体は、いったいどれくらいあるだろうか。

2011年の東日本大震災では、障害のある人の死亡率は全体の約2倍に達したと報告された。2024年1月の能登半島地震でも、在宅の障害者や高齢者の安否確認に数日を要した地域があった。「避難行動要支援者名簿」は災害対策基本法で市区町村に作成が義務づけられているにもかかわらず、その名簿が実際の避難行動に結びつかなかった事例は繰り返されている。

名簿はある。しかし、一人ひとりの「逃げ方」を決めた個別避難計画はどこまで整っているのか。そして、その計画に書かれた情報は、いざというとき支援者の手元に届くのか。本記事では、DINF(障害保健福祉研究情報システム)が蓄積してきた知見、匿名医療情報等の提供に関する専門委員会での議論、デジタル庁が進めるデータ連携基盤の動向を手がかりに、「災害時に障害のある人の情報がどこにあるか」という問いの現在地を探る。

個別避難計画——「つくること」と「使えること」の距離

2021年の災害対策基本法改正により、市区町村には避難行動要支援者一人ひとりについて個別避難計画を作成する努力義務が課された。対象となるのは、障害のある人、要介護認定を受けた高齢者、難病患者など、自力での避難が困難な人々だ。内閣府の2023年調査によると、個別避難計画の策定に「着手した」と回答した市区町村は全体の約45%。しかし、対象者全員分の計画を「策定済み」とした自治体は1割にも満たない。

この数字が意味するのは、日本全国で数百万人規模の避難行動要支援者のうち、実際に「誰が迎えに来て、どこへ、どうやって逃げるか」が紙の上で決まっている人はごく一部だということだ。

なぜ進まないのか。現場の声を拾うと、いくつかの構造的な壁が見えてくる。

第一に、人手の問題。個別避難計画の策定には、本人・家族へのヒアリング、福祉専門職の関与、地域の避難支援者の確保が必要になる。ケアマネジャーや相談支援専門員が計画作成に関わることが推奨されているが、日常業務に加えて計画策定を担う余力がないという声は多い。一件あたりの作成に数時間から半日を要するとされ、仮に一自治体で対象者が5,000人いれば、その労力は膨大だ。国は一件あたり7,000円程度の補助単価を設定しているが、実務の負担感に見合っているとは言いがたい。

第二に、情報の分散。障害者手帳の情報は福祉部局、介護認定の情報は介護保険部局、医療情報は医療機関——一人の人に関する情報が複数の部署や機関に散在しており、それを統合して「この人はどんな支援が必要か」を一枚の計画にまとめるのは容易ではない。個人情報保護との兼ね合いもあり、部署間の情報共有すら慎重にならざるを得ない自治体が多い。

第三に、「つくった後」の問題。計画は一度つくれば終わりではない。障害の状態や生活環境は変化する。引っ越し、サービスの変更、家族構成の変化——こうした更新が追いつかなければ、災害時に「計画はあるが中身が古い」という事態になる。紙ベースで管理している自治体では、更新の仕組みそのものが確立されていないケースもある。

DINFが照らす「情報アクセス」の課題

障害保健福祉研究情報システム(DINF)は、日本障害者リハビリテーション協会が運営する情報基盤であり、障害に関する国内外の政策・研究情報を収集・発信してきた。DINFが蓄積してきた知見のなかで、災害と障害者に関するテーマは繰り返し取り上げられている。

特に重要なのは、「情報アクセシビリティ」の視点だ。災害時の情報伝達は、音声(防災無線、テレビ)と文字(メール、SNS)が中心だが、聴覚障害のある人には音声情報が届きにくく、視覚障害のある人には文字情報が届きにくい。知的障害のある人にとっては、専門用語や抽象的な表現が理解の壁になる。こうした「情報の届かなさ」は、個別避難計画の中身以前の問題として存在している。

DINFの情報発信を通じて見えてくるのは、災害時の障害者支援は「福祉」と「防災」の両方の知見が必要であるにもかかわらず、両者の連携が制度的にも人的にも不十分だという現実だ。福祉の専門職は防災の知識が乏しく、防災の担当者は障害特性への理解が浅い。この溝を埋めるための研修や人材育成は、まだ緒に就いたばかりである。

医療情報の壁——匿名化と「いざというとき」の矛盾

匿名医療情報等の提供に関する専門委員会(次世代医療基盤法に基づく)では、医療ビッグデータの利活用に関する議論が進められている。この法律の趣旨は、個人が特定されない形で医療情報を研究や政策立案に活用することにある。

しかし、災害時に求められるのは「匿名」の情報ではなく、「この人に、今、何が必要か」という極めて個別的な情報だ。人工呼吸器を使っている人には電源の確保が最優先であり、インスリン注射が必要な人には薬剤の継続供給が不可欠だ。透析を受けている人は、透析可能な医療機関へのアクセスが生命線になる。

この矛盾——平時には匿名化・プライバシー保護が原則だが、災害時には個人を特定した情報共有が必要になる——をどう制度設計するかは、まだ明確な解が出ていない。専門委員会の議論は直接的に災害時の個人情報共有を扱うものではないが、医療情報の流通基盤をどう設計するかという根本的な問いは、災害時の障害者支援と地続きである。

一部の自治体では、災害時に限定して医療・福祉情報を共有する協定を医師会や薬剤師会と結ぶ動きが出ている。たとえば、「災害時要配慮者カード」に医療情報を記載し、本人が携帯する仕組みを導入した自治体もある。ただし、こうした取り組みは自治体ごとの判断に委ねられており、全国的な標準化には至っていない。

デジタル庁のデータ連携基盤——期待と懸念

デジタル庁は、行政が保有するデータの連携基盤を整備する方針を掲げている。マイナンバーを軸とした情報連携の拡充、自治体システムの標準化、防災分野のデジタル化——これらが進めば、個別避難計画に必要な情報を複数の部署・機関から集約することが技術的には可能になる。

デジタル推進委員の制度は、デジタル機器やサービスの利用に不安を抱える人々をサポートする民間の人材を活用する仕組みだ。2024年時点で約3万人が任命されている。高齢者のスマートフォン操作支援が主な活動だが、障害のある人のデジタルアクセス支援にも活動領域を広げる可能性がある。

ただし、技術基盤が整うことと、それが「人の暮らし」に届くことの間には距離がある。

たとえば、データ連携によって個別避難計画の情報が電子化され、発災時にクラウド上で共有できるようになったとしよう。しかし、その情報を受け取る側——地域の民生委員や自治会の避難支援者——がシステムを使いこなせなければ意味がない。また、大規模災害時には通信インフラ自体が損壊するリスクがある。デジタルとアナログの両方の備えが必要だという、当たり前だが見落とされがちな前提を忘れてはならない。

海外の事例から——アメリカの「FEMA個別支援計画」と日本への示唆

参考になるのは、アメリカ連邦緊急事態管理庁(FEMA)の取り組みだ。FEMAは障害者や高齢者を含む「要配慮者(people with access and functional needs)」に対し、個別の避難・支援計画を事前に策定する枠組みを持っている。特徴的なのは、障害当事者団体が計画策定プロセスに制度的に参画している点だ。

また、オーストラリアでは、障害者の災害対応を専門に扱う「Disability Inclusive Disaster Risk Reduction(DiDRR)」の枠組みが国家レベルで導入されており、障害者自身が地域の防災リーダーとして活動する仕組みが構築されている。

日本にこうした仕組みを持ち込むとすれば、何が必要か。まず、個別避難計画の策定プロセスに障害当事者団体が制度的に関与する仕組みが求められる。現状では、計画は行政と福祉専門職が「つくってあげる」構造になりがちだ。当事者が自分の避難計画を「自分ごと」として主体的に関わる仕組みへの転換が必要だろう。

小さな希望——「顔の見える関係」がデータを生かす

制度やシステムの話が続いたが、最後に現場の話をしたい。

筆者がかつて勤務していた障害者支援施設では、毎年の防災訓練のたびに、利用者一人ひとりの「避難カルテ」を更新していた。車いすの種類、パニックになりやすい状況、好きな音楽(落ち着くために必要な情報だ)、服薬の内容——こうした情報を、本人や家族と話しながら書き込んでいく。手間のかかる作業だが、この過程そのものが「あなたのことを気にかけている」というメッセージになっていた。

データ連携やデジタル化は、こうした「顔の見える関係」を代替するものではない。むしろ、顔の見える関係のなかで集められた情報を、いざというときに確実に届けるための道具であるべきだ。

個別避難計画の策定率を上げることは重要だ。データ連携基盤を整えることも必要だ。しかし、その先にあるのは、一人の人の「明日の朝」を守れるかどうかという問いだ。人工呼吸器のバッテリーが切れる前に電源を届けられるか。パニックになった人のそばに、その人を知っている誰かがいるか。

制度とデータと、人の手。その三つが重なるところに、災害時の障害者支援の答えがある。まだ道半ばだが、各地で始まっている取り組みの芽を、丁寧に追いかけていきたい。

fukushi.tv では、個別避難計画の先進事例や当事者の声を継続的に取材していきます。「うちの地域ではこんな取り組みをしている」という情報がありましたら、ぜひ編集部までお寄せください。

参照元(出典)

  1. ホーム | 障害保健福祉研究情報システム(DINF)(dinf.ne.jp)
  2. 第43回 匿名医療情報等の提供に関する専門委員会(令和8年6月8日開催)(wam.go.jp)
  3. デジタル推進委員の取組についてご協力いただいている企業・団体等の一覧を更新しました(digital.go.jp)
  4. 第23回デジタル社会推進会議幹事会の議事概要および資料等を掲載しました(digital.go.jp)
  5. 「人とペットの災害対策ガイドライン」の改訂案に係る意見の募集(パブリック・コメント)について(public-comment.e-gov.go.jp)

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