
深夜2時、ナースコールが鳴ったとき——支援員の手元にある情報が、ケアを変える
深夜2時、施設のナースコールが鳴る。駆けつけた夜勤の支援員が最初にほしいのは、「この方は誰で、どんな持病があって、今どんな薬を飲んでいて、昨日の日勤帯で何があったか」という情報だ。
けれど現実には、紙の申し送りノートをめくり、分厚いファイルから薬の一覧を探し、場合によっては日勤の同僚に電話をかける——そんな光景が、いまも多くの施設で繰り返されている。
令和9年度の介護報酬改定に向けて、社会保障審議会・介護給付費分科会の議論が本格化している。同時に、厚生労働省の医療情報利活用ワーキンググループ(WG)では、医療・介護データの連携基盤づくりが進む。「データでつながる」という言葉は、政策文書の中ではもう珍しくない。でも、それが現場の夜勤をどう変えるのか、具体的に想像できている人はどれくらいいるだろう。
この記事では、ある夜勤支援員の一晩の動線をたどりながら、いま議論されている制度やテクノロジーが「あの人の夜」をどう変えうるのかを考えてみたい。
夜勤支援員の一晩——いま、何に時間がかかっているのか
介護施設の夜勤は、多くの場合16時間の長丁場だ。特別養護老人ホーム(特養)の場合、夜勤1人あたりの担当利用者数は平均で20〜25人。公益財団法人介護労働安定センターの「令和5年度介護労働実態調査」によれば、介護職員の約3割が「夜勤時の人員体制に不安がある」と回答している。
夜勤の業務を時間軸で追ってみよう。
- 16:30 出勤。日勤帯からの申し送りを受ける。口頭と紙ベースが中心の施設では、ここで15〜30分かかることも珍しくない。
- 18:00 夕食介助。食事形態や服薬の確認が必要だが、情報が複数の場所に分散していると、一人ひとりの確認に時間がかかる。
- 21:00 就寝介助と巡回開始。体位変換のタイミング、夜間のトイレ誘導の頻度など、個別のケア計画を頭に入れておく必要がある。
- 0:00〜5:00 定時巡回と記録。バイタルの変化や睡眠状態を記録する。紙の記録用紙に手書きしている施設では、記録だけで1巡回あたり10〜15分かかる。
- 6:00 起床介助、朝食準備。
- 9:00 日勤帯への申し送り。夜間に起きたことを漏れなく伝える責任がある。
この一晩の中で、「情報を探す」「情報を書く」「情報を伝える」という作業にどれだけの時間が費やされているか。ある調査では、介護職員の業務時間の約25〜30%が記録・情報共有に充てられているとされる。夜勤帯に限れば、人員が少ない分、その負担感はさらに大きい。
介護給付費分科会で何が議論されているのか——「見える化」と「標準化」
令和9年度改定に向けた介護給付費分科会では、介護サービスの質の評価と、それを支えるデータ基盤の整備が重要テーマのひとつになっている。
具体的には、以下のような論点が挙がっている。
1. LIFE(科学的介護情報システム)の活用促進:
LIFEは、介護施設が利用者のADL(日常生活動作)や栄養状態などのデータを厚労省に提出し、フィードバックを受ける仕組みだ。令和3年度の導入以降、対応事業所数は約4万5,000か所に達したが、「データを入力するだけで精一杯」「フィードバックをケアに活かせていない」という声も根強い。分科会では、入力負担の軽減とフィードバックの実用性向上が議論されている。
2. 介護現場のICT導入に対する加算・評価の見直し:
見守りセンサーやインカム、介護記録ソフトなどの導入を後押しする加算の拡充が検討されている。すでに令和6年度改定では、生産性向上に資するテクノロジー導入に関する取り組みが評価対象に加わった。
3. ケアプランデータ連携システムの普及:
居宅介護支援事業所とサービス事業所の間で、ケアプラン情報を電子的にやりとりする仕組みだ。令和5年4月に本格稼働したが、導入率はまだ低い。利用料(年間約21,000円)の負担感や、事業所間のシステムの互換性が課題として指摘されている。
これらの議論に共通するのは、「データを集めること」自体が目的ではなく、「集めたデータが現場のケアを良くする循環をどうつくるか」という問いだ。
医療情報利活用WGの議論——医療と介護の「壁」を溶かすデータ連携
一方、医療情報利活用WGでは、医療機関と介護施設の間のデータ連携が議論されている。
いま、多くの介護施設が直面している課題のひとつが、「利用者の医療情報が断片的にしか手に入らない」ということだ。入所時に主治医から提供される診療情報提供書はあるが、その後の通院結果や処方変更がリアルタイムで共有される仕組みは、ほとんどの施設にない。
厚労省が推進する「全国医療情報プラットフォーム」構想では、マイナンバーカードを基盤にした医療情報の共有が段階的に進められている。電子処方箋の普及(令和5年1月開始、令和6年末時点で対応医療機関・薬局は約3万か所超)や、診療情報のオンライン閲覧の拡大がその柱だ。
この流れが介護現場に届くとき、何が変わるのか。たとえば、こんな場面を想像してみてほしい。
夜勤中、Aさん(82歳・認知症・糖尿病)の血糖値がいつもより高い。支援員がタブレットを開くと、3日前の通院で主治医が糖尿病薬の用量を変更したことが表示される。「ああ、薬が変わったばかりだから経過観察でいいのか、それとも連絡が必要か」——判断の材料が手元にある。
現状では、この情報を得るために、翌朝まで待って看護師に確認するか、夜間のオンコール医師に電話するしかないケースが多い。情報がつながるだけで、支援員の不安は減り、利用者の安全は高まる。
プライバシーと安全のあいだ——「誰のための情報共有か」を問い続ける

データ連携の話をするとき、避けて通れないのがプライバシーの問題だ。
介護施設で扱う情報は、病歴、服薬内容、家族関係、経済状況、時には本人が誰にも知られたくないと思っている過去まで含まれる。それらがデジタル化され、複数の機関をまたいで共有されるとなれば、「本人の同意」と「情報の範囲」を慎重に設計する必要がある。
医療情報利活用WGでも、匿名加工情報や仮名加工情報の取り扱い、本人同意の取得方法、オプトアウト(本人が拒否しない限り情報提供に同意したとみなす方式)の是非が議論されている。
ここで大切にしたいのは、「情報共有は誰のためにあるのか」という原点だ。
施設の効率化のため? 行政のデータ収集のため? いや、それは「あの人が安心して眠れる夜」のためにある。だからこそ、本人が「自分の情報がどう使われているか」を理解でき、「嫌だ」と言える仕組みが前提でなければならない。
認知症の方の場合、本人の意思表示が難しいケースもある。だからこそ、家族や成年後見人との丁寧な合意形成、そして「本人の最善の利益」を軸にした判断プロセスが欠かせない。テクノロジーの議論と権利擁護の議論は、セットで進めなければ意味がない。
「データでつながる夜勤」の具体像——テクノロジーは魔法ではないけれど
では、データ連携とICTが進んだ先に、夜勤はどう変わるのか。すでに先進的な取り組みを始めている施設の事例から、いくつかのヒントが見える。
見守りセンサーとの連動:ベッドに設置したセンサーが心拍・呼吸・体動をリアルタイムで検知し、異常があればスマートフォンに通知する。これにより、「念のための巡回」を減らし、本当に必要なときに駆けつけられる。経済産業省の調査によれば、見守りセンサー導入施設では夜間の巡回回数が平均40%削減され、支援員の睡眠確保にもつながったという報告がある。
音声入力による記録の効率化:巡回しながら音声で記録を残し、AIが自動でテキスト化・要約する。手書き記録に比べ、記録時間を約50%短縮できるとするベンダーの報告もある。ただし、現場からは「誤変換が多い」「専門用語に対応しきれない」という声もあり、精度向上が課題だ。
多職種間のリアルタイム情報共有:クラウド型の介護記録システムを導入し、日勤・夜勤・看護・リハビリ・ケアマネジャーが同じ画面で情報を確認できる環境をつくる。申し送りの時間が大幅に短縮され、「聞いていなかった」「伝え忘れた」というヒヤリハットが減る。
これらはいずれも「魔法の杖」ではない。導入にはコストがかかる(見守りセンサーは1台あたり10〜30万円、介護記録ソフトは月額数万円〜が相場)。現場のスタッフがシステムに慣れるまでの移行期間も必要だ。小規模な事業所ほど、初期投資と人材育成の負担は重い。
だからこそ、介護報酬上の加算や、ICT導入補助金(各都道府県の地域医療介護総合確保基金を活用、1事業所あたり上限100万円程度のケースが多い)といった制度的な後押しが重要になる。分科会で議論されている「テクノロジー活用による人員基準の柔軟化」も、現場にとっては大きな論点だ。
忘れてはいけないこと——データの向こうに「人」がいる
ここまで制度やテクノロジーの話をしてきたけれど、最後にひとつ、忘れたくないことがある。
データ連携が進んで、タブレットに情報が表示されるようになっても、夜中に不安で目を覚ました利用者の手を握るのは、やっぱり人の手だ。
「データでつながる」ことの本当の意味は、支援員が情報を探す時間を減らして、その分だけ「人のそばにいる時間」を増やすことにある。記録や情報収集に追われて、目の前の人の表情の変化に気づけない——そんな夜勤を変えたいのだ。
介護給付費分科会の議論も、医療情報利活用WGの構想も、最終的にたどり着くべき場所は同じだと思う。それは、深夜2時にナースコールが鳴ったとき、支援員が迷わず、安心して、その人にとって最善のケアを届けられること。そしてその支援員自身も、過度な負担なく、誇りを持って働き続けられること。
制度の設計図は、いま描かれている最中だ。その設計図が「現場の夜」を本当に変えるものになるかどうかは、当事者や家族、そして現場の支援員の声がどれだけ反映されるかにかかっている。
「私たちのことを、私たち抜きに決めないで」——この原則は、介護DXの議論にもそのまま当てはまる。データの話をするときこそ、データの向こうにいる一人ひとりの顔を思い浮かべていたい。
今後の注目スケジュール
- 介護給付費分科会:令和9年度改定に向けた具体的な論点整理が今後本格化
- 全国医療情報プラットフォーム:段階的な機能拡充が進行中
- LIFE:次期改定でのフィードバック機能強化とデータ項目見直しが焦点
- 各自治体のICT導入補助金:年度ごとに公募。申請時期の確認を
参照元(出典)
- 第258回 社会保障審議会 介護給付費分科会(令和8年6月15日開催)(wam.go.jp)
- 第33回 健康・医療・介護情報利活用検討会 医療等情報利活用ワーキンググループの開催案内(mhlw.go.jp)
- 第25回匿名医療・介護情報等の提供に関する委員会の開催について(mhlw.go.jp)
- 介護サービス施設・事業所調査 | 政府統計の総合窓口(e-stat.go.jp)
執筆者プロフィール

介護や高齢者問題に関する執筆を多数担当。介護に携わる家族や支援者の視点を大切にしながら、現場で役立つ情報をわかりやすく発信している。