誰かの暮らしを支えている人が、自分の暮らしを手放さなくていい。そんな当たり前のことを、法律の言葉で約束しようとしている国がある。
イギリスで今、介護者(ケアラー)に新たな雇用上の権利を保障する提案が動き出した。一方、日本には「ケアラー」を法的に定義する法律すら存在しない。制度の名前がないということは、その人たちの困りごとに、社会が正式な窓口を持っていないということだ。
「Backing Britain’s Carers」——500万人に届けようとしている権利
イギリス政府が進める「Backing Britain’s Carers」プログラムは、無償で家族や近しい人のケアを担う人たちに対し、雇用上の権利を新たに設けようとする政策提案だ。対象には、高齢の親を介護する人だけでなく、重い病気や障がいのある子どもを育てる親も含まれている。2026年9月1日までパブリックコメント(意見募集)を受け付け、その声を反映した上で具体的な法制化を目指す。
提案の柱はおおまかに3つある。
- 介護休暇の権利化:ケアのために仕事を休む必要があるとき、法律に基づいて休暇を取得できるようにする
- 柔軟な働き方の保障:勤務時間や勤務場所の調整を、雇用主に対して正式に申請できる権利を設ける
- 不利益取扱いの禁止:ケアを理由とした解雇や降格などから、労働者を法的に守る
イギリスには現在、約500万人の無償ケアラーがいるとされる。Carers UKの推計によれば、彼らが担うケアの経済的価値は年間約1,620億ポンド(約30兆円)にのぼる。これはNHS(国民保健サービス)の年間予算に匹敵する規模だ。つまり、無償ケアラーの存在なしには、イギリスの社会保障制度そのものが成り立たない。にもかかわらず、その人たち自身の雇用や生活が十分に守られてこなかった——という認識が、この提案の出発点にある。
注目すべきは、この提案が「介護サービスの充実」ではなく「ケアラー自身の労働者としての権利」に焦点を当てている点だ。ケアを担う人が、ケアをしているという理由で職を失ったり、キャリアを諦めたりしなくてよい社会。それは福祉の話であると同時に、労働政策の話でもある。
日本のケアラーは「いる」のに「いない」ことになっている
翻って、日本の状況を見てみたい。
総務省「就業構造基本調査」(2022年)によると、日本で家族の介護をしている人は約629万人。このうち、仕事をしながら介護をしている「ビジネスケアラー」は約365万人にのぼる。経済産業省の試算では、介護離職や労働生産性の低下による経済的損失は年間約9兆1,000億円に達するとされている。
629万人。これは、北海道の人口(約514万人)を超える数だ。それだけの人が日々ケアを担っているのに、日本には「ケアラー」を法的に定義し、その権利を保障する国の法律がない。
介護保険法は「要介護者」を中心に設計された制度であり、ケアを受ける側の権利は定められているが、ケアをする側の権利については正面から扱っていない。介護休業制度は育児・介護休業法に定められているものの、取得率はわずか1%台にとどまる。制度があっても「使えない」「使うと職場に迷惑がかかる」という空気が、数字にはっきりと表れている。
この状況は、自治体レベルでは少しずつ変わり始めている。埼玉県は2020年に全国初の「ケアラー支援条例」を制定し、北海道栗山町や三重県名張市なども独自の条例を設けた。しかし、条例はあくまで自治体ごとの取り組みであり、隣の市に引っ越せば支援の内容がまるで変わることもある。ケアラーの権利が、住む場所によって左右される。それは「権利」と呼べるだろうか。
ヤングケアラー、障がい児の親——見えにくい人たちのこと
ケアラーの中でも、特に見えにくくなりがちな人たちがいる。
ヤングケアラー——家族のケアを日常的に担う18歳未満の子どもたちだ。厚生労働省と文部科学省の調査(2021年)では、中学2年生の約17人に1人(5.7%)が「世話をしている家族がいる」と回答した。クラスに2人はいる計算になる。彼らは授業中に眠くなったり、部活を諦めたり、友人と遊ぶ時間がなかったりする。けれどもそれを「大変だ」と言葉にできる子は少ない。家族を助けることは当たり前だと思っているからだ。
また、医療的ケアが必要な子どもの親たちも、制度の狭間に置かれやすい。たんの吸引や経管栄養など、24時間の見守りを必要とする子どもは全国に約2万人。その親の多くは夜間もケアが途切れず、睡眠時間が細切れになる日々を何年も続けている。レスパイト(一時的な休息)サービスは地域によって利用できる時間も頻度も大きく異なり、「月に数時間だけ」というケースも珍しくない。
こうした人たちに共通するのは、「自分がケアラーである」という自覚を持ちにくいということだ。法律に名前がなければ、支援の入り口にもたどり着けない。
イギリスの提案を「日本に持ってくる」なら、何が必要か

イギリスの「Backing Britain’s Carers」は、そのまま日本にコピーできるものではない。雇用慣行も社会保障の仕組みも異なる。しかし、そこにある「考え方の骨格」は、日本にとっても大きなヒントになる。
まず、ケアラーを法的に定義すること。誰がケアラーなのかを国の法律で明確にしなければ、支援策も権利保障も土台がないまま積み上げることになる。日本でも「ケアラー支援法」の制定を求める声は以前からあるが、国会での議論は十分に進んでいない。
次に、介護休業制度を「使える」ものに変えること。取得率1%台という数字は、制度設計か職場文化のどちらか、あるいは両方に問題があることを示している。イギリスの提案のように、不利益取扱いの禁止を明確に法定化し、「休んでも大丈夫」という安心感を制度の側から保障する必要がある。
そして、ケアラーアセスメントの導入。イギリスでは2014年のケア法(Care Act 2014)により、ケアラー自身のニーズを自治体が個別に評価する仕組みが法定化されている。「あなたは何に困っていますか」「あなた自身の生活で大切にしたいことは何ですか」と、ケアラー本人に向き合う場を制度として設けている。日本の介護保険制度にはこの視点が決定的に欠けている。ケアマネジャーが家族の状況を聞き取ることはあっても、それはあくまで要介護者のケアプランを作るためであり、ケアラー自身の「暮らしの計画」を立てるためではない。
名前がつくことで、見える景色が変わる
法律に「ケアラー」という言葉が書き込まれること。それは一見、ただの定義の問題に思えるかもしれない。でも、名前がつくということは、「あなたの存在を社会が認識していますよ」というメッセージでもある。
介護をしながら働いている人、学校に通いながら親のケアをしている子ども、夜中に何度も起きて子どもの呼吸を確認している親。その一人ひとりに「あなたは一人で抱え込まなくていい」と、制度の言葉で伝えること。それが、ケアラー支援の出発点になる。
イギリスの提案が最終的にどのような法律になるかは、まだわからない。パブリックコメントを経て修正される部分もあるだろう。しかし、「ケアする人の権利を、国として議論する」という一歩を踏み出したこと自体に意味がある。
日本でも、埼玉県の条例をきっかけに各地で動きが生まれている。国レベルの法整備はまだ先かもしれない。けれど、「まだ名前がない」ということに気づいた人が増えれば、名前はきっと生まれる。
629万人の暮らしに、届く言葉を。その議論を、ここから始めたい。
参照元(出典)
- Social care – Department of Health and Social Care(socialcare.blog.gov.uk)
- 社会保障審議会(介護給付費分科会)|厚生労働省(mhlw.go.jp)
- 第2回介護保険制度における預貯金等の把握等に係る検討の場の開催について(mhlw.go.jp)
- 社会保障審議会(介護保険部会)|厚生労働省(mhlw.go.jp)
執筆者プロフィール

介護や高齢者問題に関する執筆を多数担当。介護に携わる家族や支援者の視点を大切にしながら、現場で役立つ情報をわかりやすく発信している。