ケアの仕事に「値段」をつけたら3億人の雇用が生まれる——ILO報告書が問いかける「あなたの暮らしを支える人」の価値

ケアの仕事に「値段」をつけたら3億人の雇用が生まれる——ILO報告書が問いかける「あなたの暮らしを支える人」の価値

あなたの一日を支えている人は、いくらで働いているだろう。

早朝、まだ薄暗い住宅街を自転車で走るヘルパーがいる。寝たきりの高齢者のおむつを替え、朝食を準備し、「今日もいい天気になりそうですよ」と声をかけて、次の利用者のもとへ向かう。グループホームの夜勤明けの支援員は、利用者が「おはよう」と笑ってくれた顔を思い出しながら、疲れた体で帰路につく。この国の暮らしは、そうした無数の「ケアの手」によって成り立っている。

その手に、社会はいくらの値段をつけてきたのか。国際労働機関(ILO)が2024年に発表した報告書は、世界規模でその問いに正面から向き合った。そして出てきた数字は、想像を超えるものだった。

「3億人の雇用」——ILO報告書が描いた未来

ILOが発表した報告書「Care at Work: Investing in Care Leave and Services for a More Gender Equal World of Work」は、ケア労働に関する包括的な政策提言をまとめたものだ。報告書の核心はシンプルだが力強い。世界中のケアサービスの「空白」を埋めるために必要な投資を行えば、2035年までに約2億9,900万人——およそ3億人の雇用が生まれるというのだ。

ここでいう「ケアサービスの空白」とは、本来必要なのに届いていないケアのことだ。報告書によれば、世界では6億4,900万人の女性が適切な母性保護を受けられていない。育児や介護のために労働市場から退出せざるを得ない人、十分なサービスを受けられないまま在宅で介護を続ける家族——そうした「見えないケアの負担」が、特に女性に偏って積み重なっている。

3億人という数字は途方もなく聞こえるかもしれない。しかしこれは「新しい産業を作る」という話ではない。すでに誰かが無償で、あるいは不当に低い対価で担っている仕事を、社会が正当に引き受け直すという話だ。つまり、ケアの仕事に「ふさわしい値段」をつけたとき、それだけの雇用が必要になるということを意味している。

日本の現実——「誰がケアを担うのか」が崩れ始めている

この報告書を読んで、私が真っ先に思い浮かべたのは日本の介護現場だ。

厚生労働省の推計によれば、2026年度には約240万人の介護人材が必要とされる一方、供給の見込みは約215万人。約25万人の「担い手の空白」が生じる計算だ。2040年度にはその差はさらに広がり、約57万人が不足するとされている。

障害福祉の分野でも状況は深刻だ。令和5年度の障害福祉サービス等経営実態調査の結果を見ると、多くの事業類型で収支差率が低下傾向にあり、人件費率は上昇している。つまり、事業者は人材を確保するために賃金を上げようとしているが、報酬の枠組みがそれに追いついていないのだ。

介護職員の平均年収は、厚労省の賃金構造基本統計調査(2023年)によれば約370万円前後。全産業平均の約460万円と比べて約90万円低い。障害福祉分野の支援員はさらに低い水準にとどまるケースも多い。夜勤や身体介助を伴う過酷な労働に対して、この差は何を意味するのか。

現場で働いていた頃、ある先輩職員がこう言っていた。「やりがいはある。でも、やりがいだけじゃ家賃は払えないんだよね」。あの言葉は、10年経った今も胸に刺さったままだ。

介護報酬改定の議論——「値段」は誰がどう決めるのか

令和8年度の介護報酬改定に向けた議論が、社会保障審議会の介護給付費分科会で進んでいる。令和6年度改定では処遇改善加算の一本化や、ベースアップ等支援加算の拡充が行われたが、現場からは「まだ足りない」という声が絶えない。

ILOの報告書が示唆するのは、ケア労働の報酬は「コスト」ではなく「投資」として捉えるべきだという視点だ。報告書は、ケアへの公的投資がGDPの押し上げ効果を持ち、特に女性の労働参加率向上を通じて経済成長に寄与することを、複数の国のデータを用いて示している。

日本の介護報酬は、3年に一度の改定サイクルで見直される。しかしその改定幅は、物価上昇や賃金水準の変化に対して後追いになりがちだ。令和6年度改定では全体で1.59%のプラス改定となったが、そのうち0.98%は処遇改善分であり、サービスの質を高めるための原資としては限定的だった。

ケアの仕事に「値段」をつけるとは、この社会が何を大切にしているかを数字で示すことだ。介護報酬の水準は、単なる財政技術の問題ではなく、社会の価値観そのものを映す鏡である。

北欧との比較——制度の「思想」が違う

国際比較の視点も重要だ。よく引き合いに出されるスウェーデンでは、介護職員の月額賃金は日本円換算で約30〜35万円程度とされ、日本の介護職員の平均月収(約25〜27万円)を上回る。しかし、単純な賃金比較だけでは本質は見えない。

スウェーデンのケア制度の根底にあるのは、「ケアは個人や家族の責任ではなく、社会全体で担うもの」という思想だ。高齢者ケアは主にコミューン(基礎自治体)が責任を持ち、税財源で運営される。介護職員は自治体の正規職員として雇用され、労働協約に基づく安定した待遇が保障されている。

一方、日本の介護保険制度は「社会保険方式」を採用し、利用者負担と保険料、公費の組み合わせで成り立っている。制度設計そのものが異なるため、北欧モデルをそのまま移植することはできない。しかし、「ケアを社会の基盤として位置づけ、そこに働く人を正当に処遇する」という思想は、制度の形を超えて学ぶことができる。

ILOの報告書が日本に問いかけているのは、まさにこの点だ。制度の枠組みは各国で異なっていい。しかし、ケア労働を「安くて当然」とする社会の前提を変えなければ、どんな制度改革も砂上の楼閣になる。

3億人のうち、日本は何人分を引き受けるのか

ILOが示した「3億人の雇用創出」は世界全体の数字だ。では、日本はそのうち何人分を引き受ける覚悟があるのか。

日本の介護・福祉分野で働く人は現在約350万人とされる。2040年に必要とされる介護人材だけで約280万人。障害福祉、保育、医療的ケアまで含めれば、ケア労働全体ではさらに大きな数字になる。

しかし、人を集めるだけでは意味がない。ILO報告書が繰り返し強調するのは、「ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)」としてのケア労働だ。適切な賃金、安全な労働環境、キャリアパスの見通し、社会的な尊重——これらが揃って初めて、人はケアの仕事を「選べる職業」として認識する。

令和8年度の介護報酬改定、そして次期障害福祉サービス等報酬改定は、その試金石となる。処遇改善の加算を積み増すだけでなく、基本報酬そのものの水準をどこまで引き上げられるか。ICTやロボット技術の活用による業務効率化と、対人援助の本質である「人と人との関わり」をどう両立させるか。議論の行方を注視したい。

小さな希望を、制度の言葉に変えていく

最後に、ひとつだけ付け加えたいことがある。

ILOの報告書を読んでいて、ある一節が目に留まった。ケアへの投資は「経済的リターン」だけでなく、「社会的結束(ソーシャル・コヒージョン)」を強化するという記述だ。ケアが行き届いた社会では、人々の孤立が減り、信頼関係が育まれ、コミュニティが強くなる。

私が障害者支援施設で働いていた頃、利用者のAさんが地域の祭りに初めて参加した日のことを今でも覚えている。Aさんが焼きそばを買って、隣に座った近所のおばあちゃんと笑い合っていた。あの光景を支えていたのは、何か月もかけて地域との調整を重ねた支援員たちの仕事だった。その仕事に、社会はどれだけの「値段」をつけていただろうか。

3億人という数字は、マクロ経済の話に聞こえるかもしれない。しかしその一人ひとりは、誰かの朝を支え、誰かの笑顔を引き出し、誰かの「ふつうの暮らし」を守る人だ。ケアの仕事に正当な値段をつけること。それは、この社会が「誰も取り残さない」と本気で言えるかどうかの試金石だと思う。

介護報酬改定の数字の向こう側に、何百万人もの暮らしがある。その暮らしを想像しながら、これからも伝え続けていきたい。

参照元(出典)

  1. Greater investment in care could create almost 300 million jobs | International Labour Organization(ilo.org)
  2. 令和8年度 介護報酬改定に関する審議報告(令和7年12月23日公表)(wam.go.jp)
  3. 第251回 社会保障審議会 介護給付費分科会(令和7年12月19日開催)(wam.go.jp)
  4. 障害福祉サービス等経営実態調査 | 政府統計の総合窓口(e-stat.go.jp)

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