
会議室のドアの向こうに、あの子の声はあるだろうか
「Nothing About Us Without Us(私たちのことを、私たち抜きに決めないで)」。障害者権利条約の精神を象徴するこの言葉は、いまや世界中の障害者運動の合言葉になっています。
では、この言葉は「障害のある子ども」にも届いているでしょうか。
大人の障害当事者が政策決定の場に参画する仕組みは、少しずつ整ってきました。障害者政策委員会には当事者委員が参加し、意見を述べています。けれど、障害のある子ども——たとえば10歳の自閉症の男の子や、14歳の車いすユーザーの女の子——が、自分たちに関わる政策について意見を言える場は、どれだけあるでしょうか。
こども家庭審議会のこども・若者参画及び意見反映専門委員会と、内閣府の障害者政策委員会。この二つの会議体が、それぞれ「子どもの参画」と「障害者の参画」を議論しています。本記事では、両者の議論を重ね合わせ、障害のある子ども・若者の意見表明権がどこまで保障されているのかを検証します。
障害者政策委員会の現在地——大人の「参画」は進んだけれど
令和8年1月に開催された第87回障害者政策委員会では、障害者基本計画の実施状況が報告されました。
計画には「障害者の意思決定支援」「社会参加の促進」など、多岐にわたる施策が盛り込まれています。
注目すべきは、委員会そのものの構成です。障害者政策委員会には、身体障害、知的障害、精神障害など、さまざまな障害のある当事者が委員として参加しています。手話通訳、要約筆記、点字資料の用意など、合理的配慮も提供されています。「当事者参画」という点では、日本の審議会のなかでも先進的な取り組みと言えるでしょう。
今、期待されているのは、こうした専門的な議論の場に、障害のある子どもや10代の若者のリアルな感覚をどう繋いでいくかという視点です。専門的な言葉が飛び交う会議室と、子どもたちの日常。その二つを隔てるドアを閉ざすのではなく、誰もが自分に関わることとして意見を寄せられる「翻訳」の工夫が、これからの参画のかたちを創っていくはずです。
こども・若者参画専門委員会の挑戦——「聴く」の方法を変える
こども家庭審議会のこども・若者参画及び意見反映専門委員会は、子どもの意見をどう政策に反映するかを議論しています。こども基本法の施行により、子どもの意見表明権は法的にも位置づけられました。
令和8年1月の会議では、意見聴取の方法について具体的な議論が行われました。オンラインアンケート、ワークショップ形式の対話、SNSを活用した意見収集など、多様な手法が検討されています。
ここで重要なのは、「聴く方法」を変えなければ、障害のある子どもの声は届かないということです。たとえば、知的障害のある子どもにとって、文字で書かれたアンケートに答えることは困難かもしれません。でも、絵カードを使えば「好きな場所」「嫌いなこと」を伝えられるかもしれない。重度の身体障害がある子どもでも、視線入力装置を使えば意思を表明できるかもしれない。
「意見を言えない子ども」がいるのではなく、「意見を受け取れていない大人」がいる。この発想の転換が、参画の第一歩です。
海外の事例——北欧とイギリスに学ぶ「子ども参画」のかたち
海外では、障害のある子どもの政策参画に先進的な取り組みがあります。
イギリスでは、「Young People’s Advisory Group」のような仕組みがあり、障害のある若者が研究プロジェクトや政策提言に直接関わっています。重要なのは、これが「お飾り」ではなく、実際に政策に影響を与えている点です。若者たちの提言がきっかけで、学校のバリアフリー基準が見直された事例もあります。
スウェーデンでは、自治体レベルで「子ども議会」が設置されており、障害のある子どもも参加できるよう、手話通訳やイージーリード(わかりやすい文章)での資料提供が標準化されています。参加した子どもには、交通費や軽食が提供され、「参加すること自体が負担にならない」配慮がなされています。
デンマークでは、障害者団体と教育機関が連携し、障害のある子どもが「自分の意見を持つ」ためのトレーニングプログラムを実施しています。意見を「言う」前に、意見を「持つ」ことを支援する。この順番が大切です。
これらの国々の取り組みを日本に持ってくるなら、何が必要でしょうか。まず、意見聴取のための合理的配慮に予算をつけること。次に、子どもの意見を「聴きました」で終わらせず、政策にどう反映したかをフィードバックする仕組みをつくること。そして、障害のある子どもの参画を「特別なこと」ではなく「当たり前のこと」にしていく文化をつくること。制度と文化の両方が必要です。
合理的配慮のコストは「投資」である
「障害のある子どもの意見を聴くには手間もお金もかかる」。そう言われることがあります。たしかに、手話通訳者の派遣には1時間あたり3,000円〜5,000円程度の費用がかかります。絵カードや支援ツールの作成にも時間と労力が必要です。
しかし、これは「コスト」ではなく「投資」です。障害のある子どもが、幼い頃から「自分の意見には価値がある」と感じられる経験を積むこと。それは、その子が大人になったときに、社会の一員として主体的に生きる力につながります。逆に、子ども時代に「あなたの意見は聞かなくていい」というメッセージを受け取り続けた人が、大人になってから突然「参画してください」と言われても、それは酷な話です。
障害者権利条約第7条は、障害のある子どもが「自由に自己の意見を表明する権利」を持ち、その意見が「年齢及び成熟度に従って相応に考慮される」ことを求めています。これは理念ではなく、日本が批准した条約上の義務です。
二つの委員会をつなぐ「翻訳者」が必要
障害者政策委員会とこども・若者参画専門委員会。この二つの会議体をつなぐ存在が、いま求められています。
障害者政策委員会は「障害」の専門知識を持っています。こども・若者参画専門委員会は「子どもの声を聴く」方法論を持っています。この二つを組み合わせれば、「障害のある子どもの声を聴く」ための具体的な方法が見えてくるはずです。
合同の勉強会を開くこと。互いの議事録を共有すること。障害のある若者をゲストスピーカーとして招くこと。大きな制度改正がなくても、できることはあります。
「聴こえていますか」と問い続けること
「私たち抜きに決めないで」。この言葉が本当に力を持つのは、「私たち」のなかに子どもが含まれているときです。
障害のある子どもの声は、小さいかもしれません。聴き取りにくいかもしれません。でも、確かにそこにあります。
絵カードで指さす「ここがいい」も、視線で追う「あれがほしい」も、泣いて訴える「いやだ」も、すべて意見です。
会議室のドアを開けて、その声が届く場所をつくること。それが、二つの委員会に今いちばん求められていることではないでしょうか。
小さな声を聴くために、大人の側が変わる。その覚悟が、インクルーシブな社会の本当のスタートラインだと、私は思います。
執筆者プロフィール

主に福祉関連を中心に活動するライター
制度の枠組みから心の機微までを丁寧に言語化する傍ら、暮らしを彩るモノ・コトへの感性も鋭い。専門性の高い記事から、軽やかなエッセイ、実用的なレビューまで、多角的な視点で「日常の価値」を編み直す。