
ある家族の一日が始まる
朝7時。6歳の息子を起こして、着替えを手伝い、朝ごはんを食べさせる。ここまでは、どこの家庭でもある風景かもしれません。でも、自閉スペクトラム症のある子どもの朝は、少しだけ段取りが違います。感覚過敏があるから服の素材を選ぶ。食事の順番にこだわりがあるから、いつもと同じお皿に同じ配置で盛る。そうやって丁寧に時間をかけた朝の先に待っているのが、「今日はどっちの窓口に電話するんだっけ」という制度との格闘だとしたら——その家族の一日は、もう少しだけ軽くなってもいいはずです。
2026年、児童福祉法施行規則の改正と障害福祉サービス報酬改定が同時に進行しています。障害のある子どもたちへの支援体制が、大きな見直しの時期を迎えているのです。「児童福祉」と「障害福祉」——二つの制度の境界線が、ようやく揺らぎ始めました。でも、その揺らぎは、本当に現場の暮らしまで届くのでしょうか。
二つの制度改正が同時に動く意味
児童福祉法施行規則の改正
児童福祉法施行規則の改正案は、2026年6月に公示され、同年7月13日まで意見公募(パブリックコメント)が行われる予定です。所管は成育局成育基盤企画課。子どもの成長を支える枠組みそのものを見直そうという動きです。
この改正で注目されるのは、障害のある子どもに対する支援が「児童福祉」の文脈の中でより明確に位置づけられようとしている点です。これまで、障害児通所支援(児童発達支援や放課後等デイサービスなど)は児童福祉法に基づきながらも、実際の報酬体系や運営基準は障害福祉サービスの枠組みと深く連動していました。制度の根っこが二つに分かれている状態が、現場の混乱を生んできたのです。
障害福祉サービス報酬改定
同時期に、障害福祉サービス報酬改定検討チームも始動しています。報酬改定は原則3年に一度行われるもので、障害福祉サービスを提供する事業所の運営費に直結します。
今回の改定では、報酬単価の引き上げが議論の俎上に載っています。前回2024年度改定では全体で平均1.12%の引き上げが実施されましたが、物価高騰や人件費の上昇を考えると十分とは言えませんでした。現場からは「加算をいくら積み上げても、基本報酬が低ければ経営は安定しない」という声が根強くあります。
厚生労働省の調査によれば、障害福祉サービス事業所の平均利益率は約5〜6%程度(2023年経営実態調査)。一般的な中小企業と比較しても決して高くはなく、特に小規模事業所では赤字経営に陥っているケースも少なくありません。児童発達支援事業所に限ると、全国に約9,800か所(2024年時点)ありますが、その約3割が定員充足率80%未満という状況です。報酬改定は、こうした事業所の「持続可能性」を左右する問題でもあります。
同時に動くからこそ見えるもの
この二つの改正が同時期に進むことには、大きな意味があります。児童福祉法の改正が「子どもの育ちをどう支えるか」という理念の話だとすれば、報酬改定は「その理念を現場で実現するためのお金の話」です。理念とお金が同時に動くタイミングだからこそ、制度の縦割りを超える可能性が生まれます。
しかし、逆に言えば、ここで連携が取れなければ、「法律は変わったのに現場は変わらない」という、これまで何度も繰り返されてきた風景がまた広がることになります。
「制度の谷間」に立つ家族たち

障害のある子どもを育てる家族にとって、制度の縦割りは抽象的な行政課題ではありません。それは、毎日の暮らしの中で直面する具体的な壁です。
たとえば、こんなケースを想像してみてください。
4歳の子どもに発達の遅れがあり、医師から療育を勧められた。まず市区町村の窓口で「障害児通所受給者証」を申請する。これは児童福祉法に基づく手続きです。同時に、療育手帳の申請も必要になる場合がある。こちらは知的障害者福祉法の枠組み。さらに、特別児童扶養手当の申請は厚生労働省の所管で、診断書の様式も異なる。
一つひとつの手続きは、それぞれの制度の中では合理的に設計されています。でも、それを一人の親が、子育てをしながら、仕事を調整しながら、同時に進めなければならないとしたら——その負担は「手続きの煩雑さ」という言葉では収まりません。
全国手をつなぐ育成会連合会が2024年に実施した調査では、障害のある子どもを持つ保護者の約67%が「制度やサービスの情報収集に困難を感じている」と回答しています。また、必要な支援にたどり着くまでに「3か所以上の窓口を回った」と答えた保護者は42%にのぼりました。
この数字は、42%の家族が少なくとも3回、子どもを連れて(あるいは預け先を確保して)、役所や相談支援事業所に足を運んだということです。平日の日中に。
海外の統合モデルから学べること
「一つの窓口で、必要な支援がすべて見渡せる」——そんな仕組みは、夢物語ではありません。
スウェーデンでは、障害のある子どもへの支援は「ハビリテーリング(habilitation)」と呼ばれる統合的な支援体制のもとで提供されています。医療・教育・福祉の専門職がチームを組み、一つの拠点で子どもと家族を支える仕組みです。親が複数の窓口を回る必要はなく、コーディネーターが支援全体を調整します。
デンマークでも同様に、コムーネ(基礎自治体)が教育と福祉を一体的に所管し、障害のある子どもの支援計画を一元的に策定しています。特筆すべきは、支援計画の策定に親だけでなく子ども本人の意見が反映される仕組みが制度として組み込まれている点です。
イギリスでは、2014年の「子ども・家族法(Children and Families Act)」により、Education, Health and Care Plan(EHCP)という統合的な支援計画が導入されました。教育・医療・福祉の三領域を一つの計画書にまとめ、0歳から25歳まで切れ目なく支援を継続する仕組みです。
では、こうした統合モデルを日本に持ってくるには何が必要でしょうか。
まず、省庁の壁があります。日本では、子ども家庭庁(児童福祉)、厚生労働省(障害福祉)、文部科学省(特別支援教育)と、所管が三つに分かれています。2023年のこども家庭庁発足は大きな一歩でしたが、障害福祉サービスの報酬改定は依然として厚生労働省の所管です。制度設計の段階で「子どもの暮らし全体」を見渡せる司令塔が、まだ十分には機能していません。
次に、自治体の体制です。スウェーデンやデンマークの統合モデルは、自治体に大きな裁量と財源が与えられていることが前提です。日本の市区町村が同様の体制を築くには、人員配置と財源の確保が不可欠です。全国1,741の市区町村のうち、障害児支援の専門職を配置できている自治体がどれほどあるか——この問いに正面から向き合う必要があります。
そして何より、「統合」の目的を見失わないことが大切です。窓口を一つにすることは手段であって、目的ではありません。目的は、障害のある子どもとその家族が「支援を探す時間」ではなく「一緒に過ごす時間」を増やすことです。
今後の注目ポイント——制度が「届く」ために
今回の制度改正と報酬改定が、実際に現場の暮らしを変えるかどうか。いくつかの注目ポイントを整理しておきます。
1. パブリックコメントの行方
意見公募に、当事者や家族の声がどれだけ届くか。パブリックコメントは誰でも提出できる制度ですが、その存在自体を知らない保護者も多いのが実情です。
2. 基本報酬の水準
加算の仕組みが複雑化する一方で、基本報酬が据え置かれれば、小規模事業所ほど経営が苦しくなります。特に、地方部で唯一の児童発達支援事業所が閉鎖に追い込まれれば、その地域の子どもたちは支援そのものを失います。報酬改定の議論では、「全国どこに住んでいても必要な支援が届く」という視点が欠かせません。
3. 自治体間格差への対応
同じ制度でも、自治体によって運用が大きく異なるのが日本の福祉の現実です。ある自治体ではワンストップの相談窓口が整備されている一方、隣の自治体では担当課をたらい回しにされる——そんな格差が、引っ越し一つで支援環境を激変させます。制度改正が自治体の裁量に委ねられる部分が大きいほど、この格差は広がるリスクがあります。
4. 子ども本人の声
制度の議論では、つい「保護者の負担軽減」が中心になりがちです。もちろんそれは重要ですが、支援を受けるのは子ども自身です。年齢や障害の特性に応じて、子ども本人の意思や希望をどう汲み取るか。イギリスのEHCPのように、子どもの声を制度の中に位置づける仕組みを、日本でも検討する時期に来ているのではないでしょうか。
小さな希望を、制度のかたちに
冒頭の家族の朝に、もう一度戻ります。
6歳の息子が、今日も同じお皿で朝ごはんを食べている。その「同じ」を大切にできることが、彼にとっての安心です。そして、その安心を守るために奔走する親の一日が、少しでも穏やかになること。それは、制度の設計図の中に「人の暮らし」を書き込むことでしか実現できません。
児童福祉法の改正も、報酬改定も、それ自体は法令の文言や数字の話です。でも、その一行一行の向こう側には、朝の着替えに手を貸す親がいて、教室の隅で不安そうにしている子どもがいて、限られた人員で奮闘する支援者がいます。
制度が縦割りを超えるというのは、省庁の組織図を書き換えることではなく、あの家族の朝の動線を一つ減らすことです。窓口が一つ減ること。電話が一本で済むこと。「あちらの課に聞いてください」と言われないこと。
今回の二つの制度改正が同時に動くこのタイミングは、小さいけれど確かなチャンスです。届けたい声がある方は、ぜひその声を届けてください。制度は、届いた声の分だけ、暮らしに近づきます。
参照元(出典)
- 児童福祉法施行規則第六条の二の三第二項の規定に基づきこども家庭庁長官の定める者の一部を改正する件(案)に関する御意見の募集について(public-comment.e-gov.go.jp)
- 児童福祉法第十八条の二十の四第一項の規定に基づきこども家庭庁長官が定める事項の一部を改正する件(案)に関する御意見の募集について(public-comment.e-gov.go.jp)
- 第56回 障害福祉サービス等報酬改定検討チーム(令和8年6月15日開催予定)(wam.go.jp)
- 社会保障審議会(介護給付費分科会)|厚生労働省(mhlw.go.jp)
執筆者プロフィール

児童福祉、発達障害、自閉スペクトラム症(ASD)など、子どもを取り巻く社会課題について執筆を行う。保護者や教育関係者にも伝わりやすい表現を心掛け、一人ひとりの子どもの成長と権利を尊重する視点から情報発信を続けている。