医療情報が「つながる」日、障害のある人の「はい」は本当に「はい」か——電子処方箋・標準型電子カルテ・匿名医療情報の死角を考える

医療情報が「つながる」日、障害のある人の「はい」は本当に「はい」か——電子処方箋・標準型電子カルテ・匿名医療情報の死角を考える

薬局の窓口で起きていること

たとえば、こんな場面を想像してみてほしい。

知的障害のあるAさんが、いつもの薬局で処方薬を受け取る。薬剤師がタブレット端末を差し出して、「こちらに同意のタップをお願いします」と言う。Aさんは少し戸惑いながらも、画面に触れる。——その「タップ」は、本当にAさんの意思だったのだろうか。

医療情報のデジタル化が急速に進んでいる。電子処方箋、標準型電子カルテ、匿名加工医療情報の第三者提供。どれも医療を効率化し、研究を前に進め、私たちの暮らしを良くするための仕組みだ。けれど、その「つながる」仕組みの入口で、障害のある人たちの同意がどう確認されているのか。そこに、まだ十分な光が当たっていない。

電子処方箋——便利さの裏側にある「確認の空白」

電子処方箋は、紙の処方箋を電子データに置き換え、医療機関と薬局の間で処方情報をリアルタイムに共有する仕組みだ。厚生労働省の公表資料によると、2025年5月時点で電子処方箋に対応した医療機関・薬局は全国で約5万施設を超え、対応率はおよそ30%に達している。政府は2025年度中にさらなる普及を目指しており、マイナ保険証との連携も進められている。

この仕組みの最大のメリットは、重複投薬や併用禁忌のチェックが自動化されることだ。複数の医療機関にかかることが多い高齢者や障害のある人にとって、薬の安全管理が向上するのは間違いなく大きな恩恵になる。

しかし、電子処方箋の利用にはマイナ保険証によるオンライン資格確認が前提となる。ここで立ち止まって考えたいのは、「本人確認」と「本人の同意」は別のものだということだ。マイナンバーカードの顔認証や暗証番号入力で「この人は確かにAさんだ」と確認できても、「Aさんがこの処方内容を理解し、自分の情報が共有されることに納得している」かどうかは、システムには分からない。

知的障害のある人、認知機能に波のある精神障害のある人、高次脳機能障害のある人。こうした方々が窓口で求められる「同意」は、しばしば形式的なものになりがちだ。現場の薬剤師も、忙しい調剤業務の中で一人ひとりの理解度を丁寧に確認する余裕があるとは限らない。ここに「確認の空白」が生まれる。

標準型電子カルテ——設計段階で「誰の声」を聴いているか

厚生労働省は、令和8年度(2026年度)の運用開始を目指して「標準型電子カルテ」の設計・開発を進めている。これはクラウドベースで全国の医療機関が共通して使えるカルテシステムで、特に電子カルテの導入が遅れている診療所(導入率は約50%程度にとどまる)への普及を狙ったものだ。医療情報の標準化が進めば、転院や災害時にも患者の情報が途切れずにつながるようになる。

2024年度にはプロダクトワーキンググループが設置され、医療情報の専門家や医師、ITベンダーなどが設計方針を議論している。ここで気になるのは、「障害のある患者がこのカルテとどう出会うか」という視点が、どれほど設計に反映されているかということだ。

たとえば、患者自身が自分のカルテ情報を閲覧できるポータル機能が検討されているが、視覚障害のある人がスクリーンリーダーで読めるアクセシビリティは確保されるだろうか。聴覚障害のある人が診察室で医師とやりとりした内容が、テキストとして正確にカルテに残る仕組みはあるだろうか。そして何より、知的障害のある人が「自分のカルテに何が書かれているか」を知りたいと思ったとき、それを分かりやすく伝えてくれる機能や支援の導線は設計されているだろうか。

WCAG(ウェブコンテンツ・アクセシビリティ・ガイドライン)2.2への準拠は最低限の基盤として必要だが、医療情報のアクセシビリティはそれだけでは足りない。「情報にアクセスできること」と「情報を理解して意思決定できること」の間には、大きな溝がある。その溝を埋めるのは、テクノロジーだけではなく、人の支援だ。

匿名医療情報——「知らないうちに使われている」という不安

次世代医療基盤法(医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報及び仮名加工医療情報に関する法律)は2024年に改正法が施行され、新たに「仮名加工医療情報」の利活用が可能になった。これにより、個人を直接特定できない形に加工された医療データが、製薬企業や研究機関に提供され、新薬開発や疫学研究に活用される道が広がる。

この法律の特徴は、「オプトアウト方式」を採用していることだ。つまり、患者が明示的に「使わないでほしい」と申し出ない限り、情報は提供対象になる。オプトイン(事前同意)ではなくオプトアウト(事後拒否)である理由は、研究に必要なデータ量を確保するためだとされている。

しかし、ここで考えたい。オプトアウトの権利を行使するためには、まず「自分の情報が使われること」を知っていなければならない。次に、「使われたくなければ申し出ればいい」という手続きを理解していなければならない。そして、実際に申し出るための手段にアクセスできなければならない。

この三つのハードルは、障害のある人にとって決して低くない。

医療機関には書面やポスターで通知する義務があるが、その書面は誰にとって読みやすいだろうか。ルビは振られているか。やさしい日本語版はあるか。点字版や音声版は用意されているか。重度の知的障害のある人の場合、そもそも「通知を受け取った」こと自体をどう確認するのか。

匿名加工されていれば個人は特定されないのだから問題ないのでは、という声もあるだろう。たしかに技術的にはそうかもしれない。けれど、「自分のことを自分で決める権利」は、情報が匿名かどうかとは別の次元の話だ。障害者権利条約第12条が保障する「法律の前にひとしく認められる権利」は、医療データの世界でも守られなければならない。

意思決定支援——制度の「つなぎ目」にこそ必要な人の手

障害者総合支援法のもとで、意思決定支援ガイドラインが整備されてきた。2017年に策定された「障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドライン」は、本人の意思を最大限尊重し、支援者が「代わりに決める」のではなく「決めることを支える」ことを原則としている。

この考え方は、医療DXの文脈にもそのまま当てはまる。電子処方箋の同意画面で「はい」をタップする前に、本人が何に同意しているのかを理解できるよう支援すること。電子カルテの情報を本人と一緒に確認し、「この薬はこういう理由で飲んでいるんだよ」と伝えること。匿名医療情報の利用について、「あなたの情報が研究に使われるかもしれないけれど、嫌なら断れるよ」と分かりやすく説明すること。

こうした支援は、システムの外側で、人の手によって行われるものだ。だからこそ、医療DXの制度設計の中に「意思決定支援が必要な人がいる」という前提を組み込んでおく必要がある。

具体的には、以下のような仕組みが考えられるだろう。

  • 電子処方箋・電子カルテの同意プロセスに「支援者同席」の選択肢を設ける:本人が希望すれば、相談支援専門員や家族が同意確認の場に立ち会えるようにする。
  • やさしい日本語・ピクトグラム・動画による説明資材の標準整備:厚生労働省やデジタル庁が、障害特性に応じた説明ツールを開発し、医療機関に配布する。
  • オプトアウト手続きの多様化:書面だけでなく、電話・窓口・代理人による申し出を明確に認め、手続きの簡素化を図る。
  • 意思決定支援の研修を医療従事者にも拡大する:現在は主に福祉職向けの研修だが、医師・薬剤師・看護師にも「意思決定支援」の考え方を共有する場をつくる。

どれも特別なことではない。「この人はちゃんと分かっているかな」と立ち止まる、その一瞬を制度の中に確保するということだ。

海外の視点——イギリスの「意思能力法」から学べること

参考になるのは、イギリスの「意思能力法(Mental Capacity Act 2005)」だ。この法律は、「すべての人には意思決定能力があると推定する」ことを出発点とし、能力がないと判断する前に「あらゆる実行可能な支援」を尽くすことを義務づけている。

日本に持ってくるなら、まず必要なのは「意思決定能力は固定的なものではない」という理解の共有だろう。知的障害があるから同意能力がない、ではない。説明の仕方を変えれば理解できるかもしれない。時間をかければ判断できるかもしれない。体調の良い日なら考えられるかもしれない。そうした柔軟な対応を、デジタルシステムの中にも、その周辺の人的支援の中にも、織り込んでいくことが求められる。

「つながる」ことが、誰かを置き去りにしないために

医療情報がつながることは、多くの人にとって良いことだ。薬の飲み合わせの事故が減る。転院しても情報が引き継がれる。研究が進んで新しい治療法が生まれる。その恩恵は、障害のある人にも等しく届いてほしい。

だからこそ、「つなげる」ことに一生懸命になるあまり、「つながれない人」を見落としてはいけない。同意のボタンを押せない人、押したけれど意味が分かっていない人、そもそもボタンがあることを知らない人。その人たちの存在を、制度の設計図の中に最初から書き込んでおくこと。それが、医療DXを本当の意味で「誰一人取り残さない」ものにする条件だと思う。

Aさんが薬局の窓口で、自分の薬のことを自分の言葉で話せる日。「これ、前と同じ薬だよね」「うん、分かってるよ」——そんな小さなやりとりが当たり前になる未来を、テクノロジーと人の手の両方でつくっていきたい。

医療情報が「つながる」時代に、私たちが本当につなげなければならないのは、データとデータではなく、制度と人の暮らしなのだから。

参照元(出典)

  1. 電子処方箋の導入状況に関するダッシュボードを更新しました(digital.go.jp)
  2. 標準型電子カルテ導入版の設計・開発業務において、令和8年度のプロダクトワーキンググループ構成員の募集を開始しました(digital.go.jp)
  3. 医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報及び仮名加工医療情報に関する法律施行令の一部を改正する政令案に関する御意見の募集について(public-comment.e-gov.go.jp)
  4. 第38回 匿名医療情報等の提供に関する専門委員会(令和8年1月9日書面開催)(wam.go.jp)
  5. 第39回 匿名医療情報等の提供に関する専門委員会(令和8年3月4日開催)(wam.go.jp)

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