5月、あなたの隣にいる人は、誰かとつながっているだろうか。
毎年5月は「孤独・孤立対策強化月間」だ。内閣官房孤独・孤立対策推進室が旗を振り、自治体、民生委員、社会福祉法人、NPOが一斉にキャンペーンを展開する。ポスターが貼られ、相談窓口の案内がSNSで流れ、「あなたは一人じゃない」というメッセージが街に溢れる。だが、その言葉が届かない人がいる。届いても、手を伸ばせない人がいる。この記事は、「届ける手段」が増えた時代に、なお取り残される人たちの話だ。
「孤独」は数字になりにくい——だからこそ見えにくい
2023年に内閣官房が公表した「孤独・孤立の実態把握に関する全国調査」では、「孤独感がある」と回答した人は全体の約4割に上った。約4割——つまり日本の成人人口に当てはめれば、およそ4,000万人規模の人々が何らかの孤独感を抱えている計算になる。
しかし、この数字には注意が必要だ。調査はインターネットモニターを対象としたウェブ調査であり、そもそもインターネットにアクセスできない人、調査に回答する気力や環境がない人は母集団に含まれていない。つまり、最も孤立が深い層ほど、この「4割」の外側にいる可能性がある。
障害のある人の孤立は、さらに見えにくい。2022年の「生活のしづらさなどに関する調査」(厚生労働省)によると、在宅の障害者は推計約964万人。そのうち、日常的に外出が困難な人、意思疎通に支援が必要な人は相当数に上るが、「孤独を感じているか」という問い自体が調査項目に含まれていないケースが多い。孤独の実態を把握する調査と、障害者の生活実態調査が別々に走っているために、「障害のある人の孤独」は制度の視界から抜け落ちやすい構造になっている。
ICTは「届ける手段」を増やした——だが、誰に届いたのか
近年、障害者の情報アクセスを支えるICT活用は確実に広がっている。厚生労働省の「障害者ICTサポート総合推進事業」では、各都道府県に障害者ICTサポートセンターの設置を促し、障害特性に応じたICT機器の紹介や操作支援を行っている。また、デジタル庁は2025年3月に「行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン」を策定し、行政サービスへのAI導入を加速させる方針を打ち出した。
こうした動きは歓迎すべきものだ。視覚障害のある人が音声読み上げソフトで行政情報にアクセスできるようになること、聴覚障害のある人がAI字幕で会議に参加できるようになること——一つひとつの技術が、一人ひとりの「つながり」を支えている。
だが、現場を知る人ほど、こう問いかける。「その技術、誰が使えていますか?」
障害者ICTサポートセンターは、2024年時点で全都道府県への設置が目標とされているが、実際の運営状況には大きな地域差がある。センターが設置されていても、常駐スタッフが1〜2名で、対応できる障害種別が限られている地域は少なくない。ある県のセンター担当者は「年間の相談件数が数十件にとどまっている。存在自体が知られていない」と語る。
問題は広報だけではない。ICT機器を使いこなすには、継続的な伴走支援が必要だ。タブレットを渡して「これで相談窓口にアクセスできますよ」と言っても、操作に慣れるまでの数週間、隣で一緒に触ってくれる人がいなければ、その端末は引き出しの中で眠ることになる。技術の普及と、人による伴走支援は車の両輪であり、片方だけでは回らない。
「届かない人」の輪郭を描く
では、「届かない人」とは具体的に誰なのか。いくつかの層に分けて考えてみたい。
第一に、制度の存在を知らない人。孤独・孤立対策強化月間のキャンペーンは、自治体の広報誌やウェブサイト、SNSで告知される。しかし、広報誌を読まない人、SNSを使わない人、そもそも自治体との接点がない人には届かない。特に、障害者手帳を取得していない「制度の手前」にいる人——たとえば、診断を受けていない発達障害のある人や、精神的な不調を抱えながら受診に至っていない人——は、福祉の窓口との接点そのものがない。
第二に、情報は届いているが、行動に移せない人。相談窓口の電話番号を知っていても、電話をかけること自体が高いハードルになる人がいる。社交不安のある人、過去に相談して嫌な経験をした人、「自分の困りごとは相談するほどのことではない」と感じている人。孤立対策のキャンペーンが「困ったら相談してください」というメッセージに偏ると、この層はすり抜けてしまう。
第三に、つながりはあるが、孤独を感じている人。福祉サービスを利用し、ヘルパーや支援員と定期的に会っている。しかし、それは「支援する人・される人」という関係であり、対等な仲間としてのつながりではない。制度上の「つながり」と、本人が感じる「つながり」は別物だ。サービスの利用件数が増えても、孤独感が解消されるとは限らない。
海外の取り組みから何を学ぶか

イギリスでは2018年に世界初の「孤独担当大臣」が設置され、孤独を公衆衛生上の課題として位置づけた。注目すべきは、その施策が「相談窓口の増設」だけに留まらなかった点だ。社会的処方(ソーシャル・プリスクライビング)の仕組みを通じて、GPの医師が患者を地域の活動——園芸クラブ、料理教室、ウォーキンググループなど——に「紹介」する。医療と地域活動をつなぐリンクワーカーが、その橋渡しを担う。
この仕組みの核心は、「相談に来てください」ではなく、「すでにある接点から、別のつながりに橋を架ける」という発想にある。日本に持ち込むとすれば、たとえば障害福祉サービスの相談支援専門員やサービス管理責任者が、利用者の「制度外のつながり」にも目を配る仕組みが考えられる。だが、現状では相談支援専門員一人あたりの担当件数が多すぎて、制度上の計画作成に追われ、利用者の「暮らし全体」を見る余裕がないという声が現場から上がっている。
仕組みを輸入するだけでは機能しない。人を配置し、その人が動ける時間と裁量を確保する——そこまでセットで設計しなければ、「社会的処方」も絵に描いた餅になる。
「届ける」から「つながる」へ——問いの転換
孤独・孤立対策強化月間は、社会全体がこの問題に目を向ける貴重な機会だ。しかし、月間が終わった6月以降、この問題への関心は急速に薄れる。年に一度のキャンペーンで解決する問題ではない。
本質的な問いは、「どうやって届けるか」ではなく、「届かない構造をどう変えるか」にある。情報を届ける手段を増やすことは必要だが、それだけでは足りない。届かない理由——制度との接点がない、行動に移せない、つながりの質が伴わない——に一つずつ向き合う必要がある。
そのためには、孤独・孤立対策と障害福祉施策の縦割りを超えた連携が不可欠だ。孤独の実態調査に障害当事者の声を反映させること。障害福祉の計画策定に「社会的つながり」の指標を組み込むこと。ICTサポートセンターの評価基準を「設置数」から「実際に届いた人数」に変えること。小さな転換だが、その積み重ねが構造を動かす。
現場で出会った一人の利用者の言葉を思い出す。「相談していいって知らなかった」。この一言に、すべてが詰まっている。届ける側が「届けたつもり」になっていないか。5月のキャンペーンが終わった後も、この問いを手放さずにいたい。
参照元(出典)
- トップ – 地域福祉・ボランティア情報ネットワーク(zcwvc.net)
- ICTの活用等による意思疎通支援|厚生労働省(mhlw.go.jp)
- 「行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン」を策定しました(digital.go.jp)
執筆者プロフィール

主に福祉関連を中心に活動するライター
制度の枠組みから心の機微までを丁寧に言語化する傍ら、暮らしを彩るモノ・コトへの感性も鋭い。専門性の高い記事から、軽やかなエッセイ、実用的なレビューまで、多角的な視点で「日常の価値」を編み直す。