バスが1本減ると、誰かの「行ってきます」が消える—地域公共交通の再編と福祉のあいだで考えたいこと

バスが1本減ると、誰かの「行ってきます」が消える—地域公共交通の再編と福祉のあいだで考えたいこと

朝7時42分のバスがなくなる—。それは、時刻表から1行が消えるだけの話ではありません。そのバスに乗って就労継続支援の作業所に通っていた人にとっては、「働く場所への道」が断たれることを意味します。次のバスは9時15分。作業所の開所時刻には間に合いません。家族に送ってもらえればいい? その家族は、同じ時間帯にパートに出ているかもしれません。

いま、地域公共交通のあり方が大きく動こうとしています。2026年に向けて、地域公共交通の活性化及び再生に関する基本方針の改正案が公示され、道路運送法施行規則の改正も意見募集(パブリックコメント)にかけられています。交通政策の話は、つい「まちづくり」や「経済効率」の文脈で語られがちですが、この記事では少し違う角度から——福祉の現場で暮らす人たちの「移動」という視点から、考えてみたいと思います。

数字の向こうにある暮らし

国土交通省の資料によれば、2023年度までの10年間で、全国の乗合バスの路線廃止は累計約1万4000キロに及びます。1万4000キロという数字はピンとこないかもしれませんが、東京から鹿児島までの直線距離がおよそ960キロですから、その約15倍の路線が地図から消えたことになります。

路線が減れば、利用者も減ります。ある地方都市では、バスの運行本数が1日あたり30本から15本に半減した結果、沿線の福祉施設への通所者数が約3割減少したという報告があります。3割——仮に通所者が50人いた施設なら、15人が来られなくなったということです。15人の朝の「行ってきます」が消えた。15人分の日中活動の場が失われた。そしてその15人を日中ひとりで見守ることになった家族がいる。数字は、そういうふうに読みたいのです。

福祉有償運送という「もうひとつの足」の現在地

公共交通が届かない場所で、障害のある人や高齢者の移動を支えてきた仕組みのひとつが「福祉有償運送」です。NPOや社会福祉法人などが、自家用車を使って有償で送迎を行うもので、道路運送法第78条に基づく登録制度として運用されています。

タクシーよりも安価で、利用者の状態に合わせた柔軟な対応ができるのが強みです。しかし、課題も少なくありません。2023年時点で全国の福祉有償運送の登録団体数は約2,800。一見多いように見えますが、運転を担うボランティアの高齢化が進み、担い手不足は深刻です。ある団体の代表は「5年前は運転手が12人いたけれど、今は6人。断らざるを得ない依頼が増えている」と話します。

今回の道路運送法施行規則の改正では、福祉有償運送の運営に関する要件の見直しも議論の俎上に載っています。具体的には、運営協議会の合意要件や、対象者の範囲、運送の区域に関する規定の柔軟化が検討されています。これがどう変わるかによって、「もうひとつの足」が広がるか、さらに縮むかが決まります。

移動支援事業——制度のはざまで揺れる「外出の権利」

障害者総合支援法に基づく「移動支援事業」は、市町村の地域生活支援事業として実施されています。屋外での移動が困難な障害のある人に対して、ヘルパーが付き添って外出を支援する仕組みです。

ただし、この事業は市町村ごとに実施要綱が異なり、「通勤・通学・通所には使えない」とする自治体が少なくありません。つまり、作業所への通所や病院への定期通院——生活の根幹をなす移動には、制度上使えないケースがあるのです。公共交通が減り、福祉有償運送も人手が足りない。移動支援事業は通所には使えない。こうした制度のはざまに落ちてしまう人が、確実にいます。

厚生労働省の調査(2022年度)では、移動支援事業の利用者数は全国で約9万人。一方で、移動に困難を抱える障害者は、身体・知的・精神を合わせて約960万人とされています。支援の手が届いているのは、ほんの一部です。

「交通」と「福祉」の会議室は別の階にある

地域公共交通の再編を議論する場として、各自治体には「地域公共交通会議」や「法定協議会」が設置されています。一方、福祉有償運送の可否を判断するのは「運営協議会」。そして移動支援事業を決めるのは市町村の障害福祉課。

問題は、これらの会議体がほとんど連携していないことです。交通部局は「効率的な路線網の構築」を議論し、福祉部局は「サービスの支給量」を議論する。同じ「移動」の話をしているのに、会議室が別の階にある——そんな状態が、多くの自治体で続いています。

今回の基本方針改正案では、「地域の多様な主体との連携」が強調されています。ここに福祉の視点がどこまで実質的に組み込まれるかが、最大の注目点だと私は考えています。

海外の事例から——フィンランドの「MaaS」と福祉交通の統合

少し視野を広げてみましょう。フィンランドでは、MaaS(Mobility as a Service)の先進事例として知られるアプリ「Whim」が、公共交通・タクシー・レンタカーなどを一つのプラットフォームで統合しています。注目すべきは、フィンランドの一部自治体では、障害者や高齢者向けの福祉交通もこのプラットフォームに組み込む試みが始まっていることです。

利用者は、自分の障害の状態や移動ニーズに応じて、最適な移動手段を一つのアプリで予約できます。行政側も、福祉交通の利用データと公共交通の利用データを統合的に分析でき、路線の再編に福祉ニーズを反映しやすくなります。

ただし、これを日本にそのまま持ってくるのは簡単ではありません。日本の福祉有償運送は登録制であり、運営協議会の合意が必要です。デジタルプラットフォームとの接続には、制度面の整理が不可欠です。また、スマートフォンを使いこなせない高齢者や、意思表示が難しい重度障害のある方への配慮も欠かせません。技術で解決できることと、人の手でしか届かないことの見極めが大切です。

「あの人はどうやって来るんだろう」から始まる再編を

地域公共交通の再編は、避けられない流れです。人口減少、運転手不足、財政制約——どれも深刻な現実です。効率化そのものを否定するつもりはありません。

ただ、路線を引き直すとき、ダイヤを組み直すとき、「この変更で、あの人はどうやって作業所に来るんだろう」「あのおばあちゃんは透析に通えるだろうか」と、一人ひとりの顔を思い浮かべる人が会議の場にいてほしい。それは感情論ではなく、制度設計の精度を上げるために必要な視点です。

現場の支援者や当事者が、交通政策の議論に参加できる仕組みをつくること。交通部局と福祉部局が同じテーブルにつくこと。パブリックコメントに、施設の職員や利用者の家族の声が届くこと。そうした小さな回路をひとつずつ開いていくことが、「通所できない」を生まない再編への第一歩になるはずです。

今回のパブリックコメントの締切は、多くの人にとって「知らないうちに過ぎていた」ものになるかもしれません。でも、この記事を読んでくださった方には、ひとつお願いがあります。あなたの暮らす地域で、バスの路線やダイヤが変わるという話を聞いたとき、「誰かの暮らしが変わるかもしれない」と、少しだけ想像してみてください。その想像力が、制度を動かす力になります。

移動は、権利です。そして権利は、誰かが声を上げなければ、静かに削られていくものです。

参照元(出典)

  1. 「地域公共交通の活性化及び再生の促進に関する基本方針」の一部変更案に関する意見募集について(public-comment.e-gov.go.jp)
  2. 「道路運送法施行規則及び国土交通省関係国家戦略特別区域法施行規則の一部を改正する省令案」に関する意見募集について(public-comment.e-gov.go.jp)
  3. 道路運送法等違反に対する行政処分等の基準の改正案に関する意見募集について(public-comment.e-gov.go.jp)
  4. 私たちの活動 | DPI 日本会議(dpi-japan.org)

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