ある母親から聞いた話が、ずっと頭に残っている。
「子どものことで相談したいだけなのに、まず『それは福祉の窓口です』『いえ、教育委員会です』『こども家庭センターにも行ってください』と言われて、気づいたら半日が終わっていました」
彼女の子どもは自閉スペクトラム症の診断を受けた小学3年生。放課後等デイサービスを利用しながら通常学級に在籍している。特別なことではない。全国に何万といる家庭のひとつだ。けれど、その「特別ではない暮らし」を支える制度が、いくつもの省庁と法律にまたがっている。それがこの国の現実だった。
2023年6月、こども家庭審議会のもとに「障害児支援部会」が新設された。この動きは、長年分断されてきた障害児施策をひとつの場所で議論しようとする試みだ。まだ始まったばかりの一歩だけれど、あの母親の半日が少しでも短くなる未来につながるかもしれない。そう思いながら、この記事を書いている。
なぜ「分かれていること」が問題だったのか
日本の障害児に関わる制度は、大きく三つの領域に分かれてきた。福祉(旧・厚生労働省)、教育(文部科学省)、子ども政策全般(旧・内閣府、現・こども家庭庁)。それぞれに法律があり、窓口があり、予算がある。
例えば、放課後等デイサービスは児童福祉法に基づく福祉サービスだ。一方、特別支援教育は学校教育法の管轄。そして2023年4月に発足したこども家庭庁は、子どもに関する政策の「司令塔」を掲げたが、障害児支援の具体的な制度設計は依然として複数の法律にまたがっている。
これが保護者の暮らしにどう影響するか。ひとりの子どもについて、受給者証の申請は市区町村の障害福祉課、就学相談は教育委員会、医療的ケアの相談は保健センター、手当の申請はまた別の窓口——という具合に、同じ子どもの話をしているのに、何度も一から説明し直さなければならない。
厚生労働省の統計によれば、放課後等デイサービスの利用児童数は2023年時点で約30万人を超えた。10年前の約3倍だ。児童発達支援の利用者も約15万人に達している。合わせて45万人以上の子どもたちが障害福祉サービスを利用している計算になる。その背後には、同じ数だけの家族がいる。45万の家庭が、分断された制度のあいだを行き来している。
障害児支援部会は何をする場所なのか
こども家庭審議会に設置された障害児支援部会は、障害のある子どもへの支援について専門的に調査・審議する場だ。これまで社会保障審議会(厚労省)の障害者部会で「大人の障害者施策」と一緒に議論されてきた障害児の課題を、子ども政策の文脈のなかで独立して扱うという点に大きな意味がある。
具体的に議論されているテーマをいくつか挙げてみる。
- 放課後等デイサービスの質の確保と報酬改定のあり方
- 児童発達支援センターの地域における中核的な役割の強化
- インクルージョン(障害の有無にかかわらず共に育つ環境づくり)の推進
- 医療的ケア児への支援体制の整備
- 障害児入所施設からの地域移行
どれも、現場では何年も前から声が上がっていたテーマだ。それが「子どもの育ちを真ん中に置いた審議会」で議論されるようになったこと自体が、小さいけれど確かな変化だと思う。
放課後等デイサービスの現場で何が起きているか

放課後等デイサービス(放デイ)は、いま大きな転換期にある。2024年4月の報酬改定では、支援の質に応じた評価体系が導入され、事業所ごとの支援内容の「見える化」が進められた。
ある放デイの管理者はこう話してくれた。
「制度が変わるたびに書類が増えて、子どもと向き合う時間が削られる。それが一番つらい。でも、今回の部会では『現場の声を聞く』と言ってくれている。本当に届くなら、伝えたいことは山ほどあります」
全国の放デイ事業所数は約2万か所。そのなかには、専門性の高い療育を提供する事業所もあれば、残念ながら「預かるだけ」と批判される事業所もある。質のばらつきは長年の課題だ。障害児支援部会では、この質の問題を子どもの発達保障という視点から議論し直すことが期待されている。
一方、保護者の側にも切実な声がある。
「放デイを選ぶとき、情報が少なすぎるんです。口コミか、見学して自分の目で確かめるしかない。自治体の一覧表には事業所名と住所しか載っていない。どんな支援をしているのか、スタッフの専門性はどうか、比較できる情報がほしい」
こうした声は、制度をつくる側にはなかなか届きにくい。だからこそ、部会の場に保護者や当事者が参画できる仕組みが不可欠だ。
「私たちのことを私たち抜きに決めないで」——国際的な潮流と日本の現在地
「Nothing about us without us(私たちのことを私たち抜きに決めないで)」。この言葉は、障害者権利条約の精神を象徴するフレーズとして世界中で使われている。
欧州では、欧州障害者フォーラム(EDF)が政策決定プロセスへの当事者参画を制度的に保障する取り組みを進めてきた。例えばEU指令の策定過程では、障害当事者団体への意見聴取が義務化されている分野もある。北欧諸国では、障害のある子ども自身が年齢に応じた方法で意見を表明できる仕組みが整備されている国もある。
では、日本の障害児支援部会はどうか。委員名簿を見ると、学識経験者、医療関係者、自治体関係者に加え、障害児の保護者団体の代表も含まれている。これは前進だ。ただ、障害のある子ども自身の声をどう反映するかという点では、まだ具体的な仕組みが見えていない。
子どもの権利条約第12条は、子どもが自分に影響を及ぼすすべての事柄について意見を表明する権利を保障している。障害のある子どもも例外ではない。言葉で伝えることが難しい子どもの「声」をどう聴くか——これは制度設計の技術論ではなく、この社会が子どもをどう見ているかという根本的な問いだと思う。
日本にこの原則を根づかせるために必要なのは、特別な仕組みというよりも、「聴こうとする姿勢」を制度のなかに埋め込むことではないだろうか。部会の議事録を公開し、パブリックコメントの結果を丁寧にフィードバックし、地域ごとの意見交換会を定期的に開く。地味だけれど、そうした積み重ねが「参画」の土壌をつくる。
一元化の「その先」にあるもの
制度が一元化に向かうことは、たしかに前進だ。でも、それだけで暮らしが変わるわけではない。
現場の支援者たちが口をそろえて言うのは、「制度が変わっても、人が足りなければ何も変わらない」ということだ。放デイの常勤職員の平均年収は約300万円前後。保育士や介護職と同様、専門性を求められながら処遇が追いついていない。障害児支援部会がどれほど良い方針を打ち出しても、それを現場で実行する人材がいなければ絵に描いた餅になる。
2024年度の障害福祉サービス等報酬改定では、一部の加算が見直されたものの、現場からは「焼け石に水」という声も聞こえてくる。部会での議論が、予算の裏づけを伴う具体的な施策につながるかどうか。ここが最大の注目点だ。
もうひとつ、忘れてはならない視点がある。障害児支援は「18歳で終わり」ではないということだ。放デイを利用していた子どもが高校を卒業したとき、その先の暮らしをどう支えるか。子ども施策と大人の障害福祉施策のあいだに、新たな「分断」が生まれないか。こども家庭庁と厚生労働省の連携が、ここでも問われることになる。
今後の注目ポイント
障害児支援部会の議論を追いかけるうえで、私が注目しているポイントを整理しておきたい。
- 当事者参画の実質化——保護者団体の委員が形式的な参加にとどまらず、議論の方向性に影響を与えられるか。子ども自身の声を聴く仕組みが具体化するか
- 放デイの質の評価基準——「何をもって良い支援とするか」の基準づくりは、子どもの育ちに直結する。現場の実態に即した指標になるか
- インクルージョンの具体策——理念としてのインクルージョンから、保育所・学校・地域での「共に育つ」実践をどう後押しするか
- 予算と人材——議論の成果が、報酬改定や人材確保策として実現するか。次期報酬改定(2027年度予定)に向けた道筋が見えるか
- 18歳の壁——子ども施策から大人の施策への移行期支援が、部会の議論の射程に入るか
小さな一歩を、たしかな一歩に
冒頭の母親の話に戻りたい。
彼女は最後にこう言っていた。「制度が変わるって聞いても、正直あまり期待しないようにしている。でも、『子どものことは子どもの場所で考える』って聞いたとき、少しだけほっとした」
障害児支援部会の設立は、魔法の杖ではない。これひとつで窓口がまとまるわけでも、放デイの質が一夜にして上がるわけでもない。でも、「障害のある子ども」をまず「子ども」として見る。その当たり前の出発点に制度が立ち返ろうとしていること——それは、小さいけれど意味のある一歩だと思う。
45万人の子どもたちの放課後が、少しでも豊かになるように。その家族が、窓口を回る時間の代わりに、子どもと過ごす時間を持てるように。部会の議論を、これからも現場の目線で追いかけていきたい。
参照元(出典)
- 障害児支援部会|こども家庭庁(cfa.go.jp)
- 第20回 こども家庭審議会 障害児支援部会(令和8年7月22日開催)(wam.go.jp)
- こども家庭審議会|こども家庭庁(cfa.go.jp)
- Homepage – European Disability Forum(edf-feph.org)
執筆者プロフィール

児童福祉、発達障害、自閉スペクトラム症(ASD)など、子どもを取り巻く社会課題について執筆を行う。保護者や教育関係者にも伝わりやすい表現を心掛け、一人ひとりの子どもの成長と権利を尊重する視点から情報発信を続けている。