「お金がなくて、明日の食事も不安」——そんな状況に追い込まれたとき、あなたはどこに相談しますか?
日本には、暮らしに困った人を支えるための制度が複数あります。なかでも混同されやすいのが「生活保護」と「生活困窮者自立支援制度」の二つです。名前は似ていますが、目的も仕組みも、利用する入口もかなり違います。
2025年7月17日に開催された第30回社会保障審議会「生活困窮者自立支援及び生活保護部会」でも、この二つの制度の連携と課題が議論されました。今回は、この審議会の動きを入口にしながら、「そもそもこの二つの制度は何が違うのか」を、歴史・海外比較・これからの課題まで含めて整理してみます。
1. この制度って何?——まず、二つの制度の基本を押さえよう
生活保護制度
生活保護は、日本国憲法第25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」を実現するための、いわば最後のセーフティネットです。
- 根拠法:生活保護法(1950年施行)
- 内容:生活扶助(食費・光熱費など)、住宅扶助、医療扶助、教育扶助など8種類の扶助を、現金や現物で給付
- 対象:収入や資産が国の定める最低生活費を下回り、他に利用できる制度や支援がない人
- 受給者数:約202万人(2023年度月平均、厚生労働省「被保護者調査」)
- 支給額の目安:東京都23区・単身世帯の場合、生活扶助と住宅扶助を合わせて月額約13万円前後。地方ではこれより低く、級地制度によって6段階に分かれます
- 財源:国が4分の3、自治体が4分の1を負担。2023年度の生活保護費総額は約3兆8,000億円にのぼります
ポイントは、資産・収入・扶養義務者の援助可能性まで調査されたうえで、要件を満たせば「権利」として受給できるということ。申請主義ではありますが、法律上は「保護を受ける権利」が明記されています。
生活困窮者自立支援制度
一方、生活困窮者自立支援制度は、生活保護に至る手前の段階で支援を届けるための仕組みです。
- 根拠法:生活困窮者自立支援法(2015年4月施行)
- 内容:自立相談支援(必須事業)、住居確保給付金、就労準備支援、家計改善支援、子どもの学習・生活支援など
- 対象:「現に経済的に困窮し、最低限度の生活を維持することができなくなるおそれのある者」——つまり、生活保護を受けるほどではないが、このままだと危ない人
- 相談件数:新規相談は年間約26万件(2022年度、厚生労働省調べ)。コロナ禍の2020年度には約78万件に急増しました
- 特徴:原則として現金給付ではなく、伴走型の相談支援が中心。ただし住居確保給付金(家賃相当額を原則3か月、最大9か月支給)のように、一部金銭的な支援もあります
二つの制度の関係を簡単にまとめると、こうなります。
| 生活保護 | 生活困窮者自立支援 | |
|---|---|---|
| 位置づけ | 最後のセーフティネット | 第2のセーフティネット |
| 主な支援 | 現金・現物給付 | 相談支援・伴走支援 |
| 資産調査 | あり(厳格) | 原則なし |
| 利用のハードル | 高い(心理的にも制度的にも) | 比較的低い |
| 目指すゴール | 最低生活の保障+自立助長 | 困窮状態からの脱却・予防 |
2. なぜこの制度は生まれたのか——歴史的背景を知る
生活保護:戦後の「生存権」から始まった
生活保護法の原型は、終戦直後の1946年に制定された旧生活保護法にさかのぼります。戦災で家も仕事も失った人々の命を守るために、GHQの指導のもとで整備されました。1950年に全面改正され、現在の生活保護法が成立。「無差別平等の原則」「申請保護の原則」「補足性の原則」など、今も続く基本原則がこのとき定められました。
その後、高度経済成長期には受給者が減少しましたが、バブル崩壊後の1990年代後半から再び増加。2008年のリーマンショック後には「年越し派遣村」が社会に衝撃を与え、生活保護の申請が急増しました。
生活困窮者自立支援制度:「保護の手前」の空白を埋めるために
問題は、生活保護の手前にいる人たちへの支援がほとんどなかったことです。
「収入はあるけど、借金で首が回らない」「働けるはずだけど、何年もひきこもっている」「住む場所を失いそうだけど、生活保護の対象にはならない」——こうした人たちは、どこにも相談できないまま、状況がさらに悪化してから生活保護にたどり着くか、あるいはたどり着けないまま孤立していきました。
この「制度の空白」を埋めるために、2013年に生活困窮者自立支援法が成立し、2015年から施行されました。いわば、「困窮の入口で早期にキャッチし、生活保護に至らずに済むよう支える」ための制度です。
ただし、ここで誤解してはいけないのは、この制度は「生活保護を受けさせないための水際作戦」ではないということ。生活保護が必要な人には確実につなぐことも、自立相談支援の重要な役割です。
3. 海外ではどうしているか——「日本の常識」を相対化する

イギリス:ユニバーサル・クレジットへの統合
イギリスでは、かつて日本と同様に複数の社会保障給付(求職者手当、住宅給付、税額控除など)が別々に運用されていました。しかし2013年から段階的に導入されたユニバーサル・クレジット(Universal Credit)によって、6つの給付が一つに統合されました。
申請はオンラインで完結し、就労状況に応じて給付額が自動調整される仕組みです。「制度のはざまに落ちる」問題を構造的に解消しようとする試みとして注目されています。もちろん、給付額の不十分さや手続きの遅延といった批判もありますが、「一つの窓口で、一つの制度で対応する」という発想は、日本の縦割り構造とは対照的です。
また、イギリスでは2018年に孤独担当大臣(Minister for Loneliness)が世界で初めて設置され、経済的困窮と社会的孤立を一体的にとらえる政策が進められています。
フランス:RSA(積極的連帯所得)
フランスのRSA(Revenu de Solidarité Active)は、最低所得保障と就労インセンティブを組み合わせた制度です。一定の所得以下の人に給付を行いつつ、就労による収入が増えても給付が急に打ち切られないよう設計されています。日本の生活保護では「働くと保護費が減る」ことが就労意欲を削ぐ問題が指摘されていますが、RSAはこの課題に正面から取り組んだ制度と言えます。
韓国:国民基礎生活保障制度の改革
韓国では、2015年に国民基礎生活保障制度を改革し、生活・住居・医療・教育の4つの給付を分離しました。以前は「オール・オア・ナッシング」で、基準を少しでも超えると全ての給付を失う仕組みでしたが、改革後は必要な給付だけを受けられるようになりました。日本の生活保護が抱える「崖」の問題——保護を受けているか、いないかで支援の差が大きすぎる——に対する一つの回答と言えるかもしれません。
4. 私たちが考えなくてはいけないこと
「はざま」に落ちる人を、どう支えるか
生活困窮者自立支援制度が生まれたことで、支援の入口は確かに広がりました。しかし、現場からは「自立相談支援員の人手が足りない」「非正規雇用の相談員が多く、専門性の蓄積が難しい」という声が絶えません。2022年度の調査では、自立相談支援事業の相談員一人あたりの新規相談件数は年間約100件を超える自治体もあり、丁寧な伴走支援が物理的に困難な状況があります。
また、生活保護の捕捉率(本来受給資格がある人のうち、実際に受給している人の割合)は、推計で2〜3割程度とされています(厚生労働省の2010年推計に基づく各種研究)。つまり、生活保護を受ける権利があるのに、受けていない人が7〜8割もいるということです。「恥ずかしい」「家族に知られたくない」「窓口で追い返された」——スティグマ(社会的烙印)と水際対策の問題は、制度の設計だけでは解決できません。
「自立」とは何か、を問い直す
生活困窮者自立支援制度の名前にも入っている「自立」という言葉。ここで言う自立とは、単に「経済的に自分で稼げるようになること」だけを意味するのでしょうか。
2004年の社会保障審議会報告書では、自立を3つに整理しています。
- 経済的自立:就労による収入で生活すること
- 日常生活自立:身の回りのことを自分で行い、健康を維持すること
- 社会生活自立:地域とのつながりを持ち、社会に参加すること
高齢や障害、病気によって「経済的自立」が難しい人もいます。そうした人にとっての自立とは、必要な支援を受けながら、自分の暮らしを自分で選べること——依存先を増やすことこそが自立だという考え方も、近年広がっています。
制度を「知っている」ことが、命綱になる
最後に、一つだけ伝えたいことがあります。
制度は、知らなければ使えません。そして、困窮のさなかにある人が自力で情報を探し、適切な窓口にたどり着くのは、想像以上に難しいことです。
だからこそ、今この記事を読んでいるあなたが制度の存在を知っていることには意味があります。自分のためだけでなく、いつか隣にいる誰かに「こんな制度があるよ」と伝えられるかもしれない。それは、制度のはざまに落ちそうな人にとって、最初の——そしてもっとも大切な——つながりになるかもしれません。
もう少し知りたい方へ
- 厚生労働省「生活困窮者自立支援制度」——制度の概要、相談窓口の検索ができます
- 厚生労働省「生活保護制度」——生活保護の仕組み、申請方法、よくある質問がまとまっています
参照元(出典)
- 第30回 社会保障審議会「生活困窮者自立支援及び生活保護部会」(令和8年7月17日開催)(wam.go.jp)
- 第30回 社会保障審議会「生活困窮者自立支援及び生活保護部会」(資料)(mhlw.go.jp)
- 第4回 孤独・孤立対策推進本部(令和8年7月10日開催)(wam.go.jp)
- Department of Health and Social Care – GOV.UK(gov.uk)
執筆者プロフィール

福祉制度・法律分野に詳しく、事業者や支援者、当事者にとって実践的な記事の執筆を行っている。複雑な制度の背景や目的まで丁寧に読み解くことを得意とする。