
ベッドの上で待ち続ける人がいる
退院の許可は出ている。体調も安定している。けれど、帰る場所がない。
療養病床で暮らす人の中には、医療的には「退院可能」とされながら、受け入れ先が見つからないまま何か月もベッドの上で過ごしている人がいる。その人たちのことを、制度の言葉では「社会的入院」と呼ぶ。でも本人にとっては、ただ「家に帰れない日々」だ。
厚生労働省が主導する「療養病床の在り方に関する検討会」が、第7回を迎えた。会議資料には病床数の推移や地域偏在のデータが並ぶ。だが、その数字の一つひとつの裏側に、誰かの暮らしがあることを忘れてはいけない。
今回は、この検討会のこれまでの議論を振り返りながら、「退院後の住まい」という問題を、暮らしの目線から考えてみたい。
約27万床から約13万床へ——数字の向こうにある風景
療養病床の歴史をたどると、その数は大きく変動してきた。2006年時点で医療療養病床と介護療養病床を合わせて約35万床あったものが、介護療養病床の廃止方針(2024年3月末に完全廃止)を経て、現在の医療療養病床は約13万床まで減少している。
この「約22万床の減少」は、単なる数字ではない。22万床分のベッドがなくなったということは、そこで暮らしていた人たちが別のどこかに移ったということだ。介護医療院への転換、特別養護老人ホームへの入所、在宅復帰——行き先はさまざまだが、すべての人がスムーズに次の暮らしの場を見つけられたわけではない。
介護療養病床の廃止に伴い創設された「介護医療院」は、2024年3月時点で約900施設・約4万床まで整備が進んだ。しかし、もともと介護療養病床にいた人の数を考えれば、受け皿として十分とは言いがたい。地域によっては介護医療院が一つもない自治体もある。
検討会の資料には「転換が進んでいる」と記されている。だが、転換先がない地域に暮らす人にとって、その言葉はどう響くだろうか。
「医療的ケアが必要な人」の退院後——三つの壁
療養病床から退院する人が直面する壁は、大きく分けて三つある。
第一の壁は、「受け入れ先の不足」だ。痰の吸引、経管栄養、人工呼吸器の管理——こうした医療的ケアが日常的に必要な人を受け入れられる施設は限られている。特別養護老人ホームでは看護職員の配置基準の問題から、夜間の医療的ケアに対応できないケースが多い。グループホームや有料老人ホームも同様で、「うちでは対応できません」と断られる経験を、当事者の家族は何度も繰り返す。
第二の壁は、「費用の問題」だ。療養病床の入院費用は、医療保険が適用されるため自己負担は月額約5〜15万円程度(所得や年齢による)。一方、介護医療院に移った場合の自己負担は月額約8〜17万円、有料老人ホームでは月額15〜30万円以上かかることも珍しくない。年金収入だけで暮らしている高齢者にとって、月に数万円の差は「住む場所を選べるかどうか」の分かれ目になる。
第三の壁は、「情報の壁」だ。退院後にどんな選択肢があるのか、どんな制度が使えるのか。それを知る機会が、当事者や家族には驚くほど少ない。病院のソーシャルワーカーが丁寧に説明してくれる場合もあるが、人員不足の中でそこまで手が回らない現場も多い。「知っていれば使えた制度」に、退院後何か月も経ってからたどり着く人がいる。
検討会で何が議論されているのか

第7回までの検討会を通じて、いくつかの重要な論点が浮かび上がっている。
まず、療養病床の「機能分化」だ。現在の療養病床には、急性期を脱したばかりでまだ集中的な医療が必要な人と、状態は安定しているが生活の場がないために入院を続けている人が混在している。この二つを同じ「療養病床」として扱い続けることの限界が、繰り返し指摘されている。
次に、地域包括ケアシステムとの接続だ。「病院から地域へ」という大きな流れの中で、療養病床はどんな役割を担うべきか。検討会では、退院前カンファレンスの充実や、地域の訪問看護ステーションとの連携強化が提案されている。しかし、訪問看護ステーション自体が人手不足に悩んでいる現状では、「連携強化」の掛け声だけでは実効性に疑問が残る。
さらに、精神科療養病床との関連も見逃せない。精神科病院の長期入院者の地域移行は、何十年も前から課題とされてきた。精神保健医療福祉の施策と、この検討会の議論がどう交差するのか。「身体の療養」と「心の療養」を別々の会議体で議論し続けることで、制度の谷間に落ちてしまう人がいないか。その視点が求められている。
ある家族の話——制度の「すき間」に立つ人たち
以前、取材で出会った60代の女性のことを思い出す。彼女の母親は90代で、療養病床に3年以上入院していた。状態は安定していたが、痰の吸引が必要で、地元の特別養護老人ホームには断られた。介護医療院は県内に数か所しかなく、いずれも満床。有料老人ホームは月額20万円以上で、母親の年金では到底まかなえない。
「母は病院にいたいわけじゃないんです。でも、行ける場所がないんです」
彼女の言葉は、制度の「すき間」に立たされた家族の声そのものだった。
こうした声が、検討会の議論にどれだけ届いているだろうか。委員の中には医療・介護の専門家や自治体関係者が名を連ねているが、当事者や家族の代表が十分に参加しているかは、常に問い直されるべきだ。
2025年、そしてその先へ
2025年、団塊の世代が全員75歳以上になる。厚生労働省の推計では、75歳以上の後期高齢者は約2,180万人に達する。医療的ケアを必要とする高齢者の数は今後さらに増え、療養病床の在り方はますます切実な問題になっていく。
検討会に求められているのは、病床数の帳尻を合わせることではない。「退院した後、その人はどこで、誰と、どんなふうに暮らすのか」——その問いに正面から向き合うことだ。
地域で暮らし続けるための訪問診療や訪問看護の充実、医療的ケアに対応できる住まいの整備、家族の負担を軽減するレスパイトケアの拡充。やるべきことのリストは、実はもう見えている。足りないのは、それを実行に移す覚悟と予算だ。
会議室の外にある暮らしを想像すること
検討会の議事録を読んでいると、「効率的な病床運営」「医療資源の適正配分」といった言葉が並ぶ。どれも大切な視点だ。でも、その言葉の先に一人ひとりの顔を思い浮かべているだろうか。
ベッドの上で天井を見つめている人。「お母さんを連れて帰りたい」と泣いている家族。夜勤明けに退院調整の電話をかけ続けるソーシャルワーカー。
検討会が8回、9回と回を重ねていく中で、会議室の外にある暮らしの手触りが、議論の中に少しでも多く持ち込まれることを願っている。制度は人のためにある。その順番を間違えなければ、きっと、小さな変化は生まれる。
「行き場のない人」をつくらない社会は、まだ遠いかもしれない。でも、その方角を見失わないことが、今いちばん大切なことだと思う。
参照元(出典)
- 第1回療養病床の在り方等に関する検討会(mhlw.go.jp)
- 第2回療養病床の在り方等に関する検討会の開催について(mhlw.go.jp)
- 第5回療養病床の在り方等に関する検討会の開催について(mhlw.go.jp)
- 第7回療養病床の在り方等に関する検討会(mhlw.go.jp)
- 第260回 社会保障審議会 介護給付費分科会(令和8年7月9日開催)(wam.go.jp)
- 第14回 精神保健医療福祉の今後の施策推進に関する検討会(令和8年7月6日開催)(wam.go.jp)
執筆者プロフィール

主に福祉関連を中心に活動するライター
制度の枠組みから心の機微までを丁寧に言語化する傍ら、暮らしを彩るモノ・コトへの感性も鋭い。専門性の高い記事から、軽やかなエッセイ、実用的なレビューまで、多角的な視点で「日常の価値」を編み直す。