生活保護を受けながら、障害や難病とともに暮らしている人がいる。医療費の自己負担はゼロ。制度上は「守られている」はずの人たちだ。けれど、その人たちは本当に安心して生活しているだろうか。
厚生労働省の「医療扶助に関する検討会」では、被保護者の健康管理支援事業のあり方が繰り返し議論されている。頻回受診の適正化、後発医薬品の使用促進、データに基づく健康管理——。どれも財政の持続可能性という視点からは合理的な論点だ。一方、指定難病検討委員会では対象疾病の見直しが続けられ、医療費助成の「線引き」が更新されようとしている。この二つの議論は、別々の会議室で進んでいる。だが、その両方の制度に同時にまたがって立っている人たちがいる。制度の「谷間」ではなく「交差点」——そこに立つ人の暮らしから、見えてくるものがある。
「自己負担ゼロ」の内側にある見えない壁
生活保護の医療扶助は、原則として自己負担がない。だからこそ「恵まれている」と見られがちだ。しかし現場で支援にあたるケースワーカーや相談支援専門員が口をそろえるのは、「自己負担ゼロであっても、医療にたどり着けない人がいる」という事実である。
まず、医療機関の選択肢の問題がある。医療扶助の指定医療機関は全国に約4万5,000ヵ所あるとされるが、そのすべてが生活保護受給者を積極的に受け入れているわけではない。福祉事務所が発行する医療券の仕組みに不慣れな医療機関もあれば、事務負担を理由にやんわりと断るケースも報告されている。障害特性に応じた合理的配慮——たとえば知的障害のある人への分かりやすい説明、精神障害のある人が安心できる待合環境——を提供できる医療機関となると、選択肢はさらに狭まる。
加えて、通院そのものの困難がある。移動支援や同行援護といった障害福祉サービスは通院にも使えるが、地域によってはサービスの支給量が限られ、月に何度も通院が必要な慢性疾患や難病を抱える人にとっては十分とは言えない。生活保護の移送費(通院交通費)は申請すれば支給される建前だが、福祉事務所ごとの運用にばらつきがあり、「申請しても認められなかった」「そもそも申請できることを知らなかった」という声は少なくない。
2022年度の被保護者調査によれば、生活保護受給者約202万人のうち、障害者加算を受けている人は約27万人にのぼる。この27万人は、医療扶助と障害福祉の両方の制度にまたがって暮らしている人たちだ。一人ひとりに、薬を飲み、病院に行き、帰ってきて暮らす——その一日がある。制度を設計する側が見ているのは「医療費の適正化」かもしれないが、当事者が見ているのは「今日、病院に行けるかどうか」である。
健康管理支援事業が問いかけるもの
2021年から本格実施された「被保護者健康管理支援事業」は、生活保護受給者の健康状態を把握し、必要な支援につなげることを目的としている。レセプトデータや健診データを活用して、生活習慣病の重症化予防や頻回受診への対応を行う仕組みだ。
この事業自体は、予防的な健康支援という意味で重要な取り組みである。しかし、障害や難病を抱える受給者にとっては、制度の意図と実感のあいだにずれが生じることがある。
たとえば、精神障害のある人が複数の医療機関を受診しているケースを考えてみよう。精神科と内科、場合によっては整形外科——。データ上は「頻回受診」や「重複受診」に見えるかもしれない。だが、精神障害のある人にとって、信頼できる医師を見つけること自体が大きなハードルであり、転院を繰り返した結果として複数の医療機関にかかっていることもある。数字の背後にある文脈を読まなければ、「適正化」の名のもとに必要な受診まで抑制してしまう危険がある。
検討会の議論の中でも、データ活用と個別支援のバランスについては慎重な意見が出されている。だが、その「慎重さ」が実際の運用にどこまで反映されるかは、各自治体の福祉事務所の体制と意識にかかっている。ケースワーカー一人あたりの担当世帯数は標準で80世帯とされているが、都市部では120世帯を超えることも珍しくない。一人ひとりの健康状態の背景にある障害特性や生活環境まで丁寧に把握する余裕があるかと問われれば、現場からは苦しい声が聞こえてくる。
指定難病の「線引き」が暮らしを分ける
指定難病検討委員会では、医療費助成の対象となる疾病の見直しが継続的に行われている。2024年4月時点で指定難病は341疾病。対象に認定されれば、所得に応じた自己負担上限額が設定され、高額な医療費の負担が軽減される。
しかし、生活保護受給者にとっては、指定難病に認定されるかどうかの意味合いが、一般の患者とは異なる側面がある。医療費の自己負担はもともとゼロだからだ。では関係ないのかといえば、そうではない。指定難病の認定は、医療費だけでなく、専門医療機関へのアクセスルートや、福祉サービスの利用、障害認定の根拠にも関わってくる。認定されていない難治性疾患を抱える人は、「制度上は障害者でも難病患者でもない」という宙ぶらりんの状態に置かれることがある。
たとえば、線維筋痛症のように、強い痛みがあっても客観的な検査所見が出にくい疾患を抱える人は、障害年金の認定でも、障害福祉サービスの利用でも、「証明」の壁にぶつかりやすい。生活保護を受けていれば最低限の生活は保障されるが、「最低限」の中で痛みと向き合い続ける日々がどれほど過酷か、制度の数字からは見えてこない。
指定難病の対象疾病が一つ増えるたびに、救われる人がいる。同時に、ボーダーライン上で対象外となった人が、より深い孤立に追いやられることもある。検討委員会の議論は医学的・疫学的な基準に基づいて行われるべきものだが、その「線」の向こう側に誰が立っているのかを、私たちは想像し続ける必要がある。
「交差点」に必要な交通整理
生活保護、障害福祉、難病対策——。それぞれの制度は、それぞれの審議会や検討会で議論されている。だが、一人の人間の暮らしは、制度ごとに分割できない。起きて、薬を飲んで、ヘルパーに来てもらって、病院に行って、帰ってきて、また明日を迎える。その一日の中に、複数の制度が折り重なっている。
いま必要なのは、この「交差点」における交通整理だろう。具体的には、いくつかの方向性が考えられる。
第一に、健康管理支援事業のデータ活用において、障害特性や難病の影響を考慮した分析軸を組み込むこと。頻回受診や多剤処方の背景に障害や難病があるケースを、「適正化」の対象として一律に扱わない仕組みが求められる。
第二に、福祉事務所と障害福祉の相談支援事業所、難病相談支援センターとの連携を制度的に担保すること。現状では、連携は個々の支援者の努力と人間関係に依存している部分が大きい。人が変われば途切れる連携では、制度の交差点に立つ人の暮らしは守れない。
第三に、当事者の声を政策形成に反映する回路を確保すること。医療扶助の検討会にも、指定難病の検討委員会にも、「生活保護を受けながら障害や難病とともに暮らしている当事者」の声が直接届く仕組みは、現時点では十分とは言えない。
小さな交差点から見える希望
制度の課題を並べると、暗い話ばかりに見えるかもしれない。けれど、現場には小さな希望の芽もある。
一部の自治体では、福祉事務所に保健師や精神保健福祉士を配置し、ケースワーカーと協働して被保護者の健康支援にあたる体制が整いつつある。障害福祉の相談支援専門員が、生活保護のケース会議に参加する取り組みも広がり始めている。制度の壁を、人の連携で乗り越えようとする動きだ。
また、被保護者健康管理支援事業の中で、受給者本人が自分の健康データを確認し、支援者と一緒に健康目標を立てるという実践も生まれている。「管理される健康」ではなく「自分で選ぶ健康」へ——。その転換は、障害のある人の自己決定を尊重するという理念とも重なる。
制度の交差点は、たしかに複雑で、立ち止まってしまいそうになる場所だ。でも、交差点は「行き止まり」ではない。どの方向にも道が続いている。その道を、当事者が自分の足で選んで歩けるように——。制度を設計する人も、現場で支援する人も、そしてこの記事を読んでいるあなたも、その交差点に少しだけ目を向けてほしい。
参照元(出典)
- 第5回 医療扶助・健康管理支援等に関する検討会 議事録(mhlw.go.jp)
- 第65回厚生科学審議会疾病対策部会指定難病検討委員会 議事録(mhlw.go.jp)
- 第66回 厚生科学審議会疾病対策部会 指定難病検討委員会(持ち回り)を開催します(mhlw.go.jp)
- 第66回 厚生科学審議会 疾病対策部会 指定難病検討委員会(令和8年6月10日開催)(wam.go.jp)
執筆者プロフィール

福祉制度・法律分野に詳しく、事業者や支援者、当事者にとって実践的な記事の執筆を行っている。複雑な制度の背景や目的まで丁寧に読み解くことを得意とする。