「時給67円」の意味を考える——B型事業所の工賃月1.6万円を、施設調査の数字から読み解く

「時給67円」の意味を考える——B型事業所の工賃月1.6万円を、施設調査の数字から読み解く

あなたの隣の人が「時給67円」で働いていたら

朝9時に作業場に入り、昼休みを挟んで午後3時まで。袋詰め、部品の組み立て、農作業——。就労継続支援B型事業所で働く障害のある人たちの1日は、私たちの「仕事」と何も変わらない。違うのは、その対価だ。

厚生労働省が公表する工賃(賃金)の実績によれば、B型事業所の月額平均工賃は約1万6,000円。仮に月20日・1日6時間の作業だとすると、日給は約800円、時給に換算すれば約133円になる。実際にはもっと短い作業時間の事業所も多く、月15日・1日4時間程度という現場では日給約1,067円、時給は約267円。いずれにしても、2024年度の全国加重平均最低賃金1,055円とは比較にならない水準だ。

なぜこの数字は「最低賃金」の外側に置かれているのか。そしてこの構造は、変えられるものなのか。令和5年社会福祉施設等調査の施設数・定員データと、NHKハートネットTVの福祉的就労特集が伝える現場の声を重ね合わせながら、「工賃月1.6万円」の骨格を解剖してみたい。

B型事業所は「雇用契約のない働き方」という制度設計

まず押さえておきたいのは、B型事業所が法的にどういう位置づけにあるか、という点だ。就労継続支援にはA型とB型がある。A型は事業所と利用者が雇用契約を結ぶため、最低賃金法が適用される。一方、B型は雇用契約を結ばない。利用者は「労働者」ではなく「福祉サービスの利用者」であり、作業の対価は「賃金」ではなく「工賃」と呼ばれる。

この区分は、障害の重さや体調の波によって毎日決まった時間働くことが難しい人にも「働く場」を保障するために設けられた。週1日・1時間だけの利用でもいい。それ自体は、柔軟で大切な仕組みだ。しかし、この「雇用契約がない」という設計が、工賃を最低賃金の圏外に置く構造的な要因になっている。

令和5年社会福祉施設等調査によれば、就労継続支援B型の事業所数は全国で約15,000か所を超え、在所者数は約30万人に達する。A型事業所の約4,000か所・在所者約8万人と比べると、B型はおよそ4倍の規模だ。つまり、福祉的就労の「主戦場」はB型であり、30万人がこの工賃水準のもとで日々を送っている

工賃を決めているのは何か——事業所の収支を分解する

工賃が低い理由を「事業所の努力不足」で片づけるのは簡単だが、現実はもっと複雑だ。B型事業所の収入は大きく二つに分かれる。

① 訓練等給付費(自立支援給付):国と自治体から事業所に支払われる報酬。利用者1人あたりの基本報酬は、平均工賃月額に応じた段階的な単価設定になっている。2024年度の報酬改定では、工賃向上へのインセンティブを強化するため、平均工賃月額が高い事業所ほど高い報酬単価が設定された。逆に言えば、工賃が低い事業所は報酬も低く、改善のための投資資金が乏しいという「負のループ」に入りやすい。

② 生産活動収入:利用者が作業によって生み出した製品・サービスの売上。ここから材料費などの経費を差し引いた残りが、工賃の原資になる。

NHKハートネットTVの特集では、ある事業所の職員がこう語っていた。「クッキーを焼いて売っても、材料費と光熱費を引くとほとんど残らない。工賃を上げたいけれど、原資がない」。多くのB型事業所が手がけるのは、内職的な軽作業や小規模な食品製造だ。単価の低い下請け作業では、1個あたり数円という世界もある。月間の生産活動収入が100万円の事業所で、利用者が30人いれば、1人あたりの工賃原資は月3.3万円。ここから材料費・経費を引けば、手元に残るのは1万円台——という計算は、残念ながら珍しくない。

一方で、独自ブランドの商品開発やIT・デザイン分野の業務受託に取り組み、月額平均工賃を3万円以上に引き上げている事業所も存在する。しかしそうした事業所は全体のごく一部であり、施設調査のデータが示す30万人の「平均」を大きく動かすには至っていない。

「1.6万円」で暮らすということ——当事者の家計から見る

では、月1.6万円という工賃は、当事者の暮らしの中でどんな重さを持つのだろうか。

B型事業所を利用する多くの人は、障害基礎年金を受給している。1級で月約8.3万円、2級で月約6.6万円(2024年度)。ここに工賃1.6万円を足すと、2級の場合で月収は約8.2万円。グループホームの家賃が月3〜5万円、食費が月2〜3万円とすると、手元に残るのは数千円から1万円程度だ。携帯電話代、日用品、たまの外出——そうした「ささやかな自由」のための予算は、ほとんど残らない

当事者のある男性は、NHKの取材にこう答えている。「友達と映画に行きたいけど、月に1回が限界。交通費もかかるから」。工賃が月に5,000円上がれば、映画にもう1回行ける。1万円上がれば、新しい靴が買える。私たちにとっては小さな金額の変化が、彼らの「選べる暮らし」の幅を大きく左右する

制度は動き始めている——だが「誰のための改革か」を問い続ける必要がある

2024年度の障害福祉サービス等報酬改定では、B型事業所の報酬体系が見直された。平均工賃月額に応じた報酬区分がより細分化され、工賃向上に取り組む事業所へのインセンティブが強化されている。また、「就労選択支援」という新たなサービス類型が創設され、障害のある人が自分に合った働き方を選ぶためのアセスメントを受けられる仕組みも動き始めた。

これらは前進だ。しかし、注意すべき点もある。報酬体系が「平均工賃月額」をものさしにする以上、事業所には「工賃を上げやすい利用者」を優先的に受け入れるインセンティブが生まれかねない。重度の障害がある人、体調の波が大きい人、週に1〜2日しか通えない人——そうした人たちが「工賃平均を下げる存在」として排除されるようなことがあれば、本末転倒だ。

社会福祉施設等調査の定員充足率を見ると、B型事業所の充足率は全体として8割台で推移している。空きがあるのに利用につながらない人がいる、という現実も見えてくる。制度改革の効果を測るとき、「平均工賃が上がったか」だけでなく、「誰が取り残されていないか」を同時に検証する視点が欠かせない。

海外の視点——「最低賃金の適用」という選択肢

海外に目を向けると、福祉的就労と最低賃金の関係は国によって大きく異なる。

オーストラリアでは、障害のある人が一般企業の「支援付き雇用(Supported Employment)」で働く場合、生産性に応じた割合で最低賃金が適用される「Supported Wage System」がある。たとえば生産性が一般労働者の50%と評価されれば、最低賃金の50%が保障される。完全な最低賃金ではないが、「ゼロか100か」ではない段階的な仕組みだ。

ドイツでは、障害者作業所(Werkstatt)の工賃の低さが長年批判されてきたが、2025年から段階的に最低賃金を適用する方向での制度改革が議論されている。

日本にこれらの仕組みをそのまま持ち込むことは難しい。B型事業所の「雇用契約なし」という前提を変えれば、事業所の経営が立ち行かなくなるリスクもある。しかし、「最低賃金の適用外だから仕方ない」で思考を止めるのではなく、「雇用契約がなくても、一定の所得保障をどう実現するか」という問いの立て方は、日本でも検討に値するはずだ。

今後の注目ポイント——数字の裏にある「30万人の朝」

令和5年社会福祉施設等調査は、全国の福祉施設の「いま」を数字で映し出す定点観測だ。事業所数が増えているのか、定員は充足しているのか、地域による偏りはないか——こうしたデータは、制度設計の土台になる。

しかし、数字だけでは見えないものがある。毎朝、グループホームを出てバスに乗り、事業所に向かう人がいる。作業場で隣の人と「おはよう」と言い合う瞬間がある。工賃袋を受け取って、今月はコンビニでちょっといいスイーツを買おうか迷う夜がある。30万人分の、そういう朝と夜がある。

工賃月1.6万円という数字を「構造の問題」として分析することは大切だ。でも同時に、その構造の中で暮らしている一人ひとりの顔を想像することを、私たちは忘れたくない。

制度が変わるとき、あの人の朝は少しだけ変わるだろうか。その問いを持ち続けることが、この数字を動かす最初の一歩になると信じている。

【今後のウォッチポイント】

  • 2024年度報酬改定後のB型事業所の工賃実績(次回公表時に改定前後の変化を検証)
  • 就労選択支援の施行状況と利用者数の推移
  • 社会福祉施設等調査の次回結果における事業所数・定員充足率の変動
  • 障害者部会における工賃向上策・所得保障の議論の行方

参照元(出典)

  1. 社会福祉施設等調査 | 政府統計の総合窓口(e-stat.go.jp)
  2. ハートネット | NHK(heart-net.nhk.or.jp)

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